人間社会は失意によって支えられていた。
人間が傷付き、絶望し、全てが嫌になった時、その脳から微弱なエネルギーが放出される。それが重力に従うかの如く地面に落ちて染み込み、地脈の様に貯蓄されていった。一人一人の失意は矮小だが、数十億ともなると膨大な力となる。科学の発展により、人類はこのエネルギーを自覚した。新世紀の科学者が、この力を失意力と名付けた。
人類の歴史は間違いと訂正の積み重なりでもある。失意からエネルギーを生み出せると解ってから、ありとあらゆる手段で他人に苦痛を味わわせようとする者達が続出した。ある者は個人で、またある者は組織的に、肉体的、精神的に苦しみを与えていった。
失意力の充実と共に科学も進歩していく。生活に余裕が生まれる頃、恣意的失意の線引きを問う者達も出てきた。無造作で無制限な失意により人類の数が減れば、最終的に自分で自分の首を締める事となる。失意はコントロールされねばならないと考えられる様になった。
各国が組織的、制度的に国民に失意を与えた。これらの機関は俗にサッドネス・システムなどと呼ばれた。
人々が傷付き、苦悩し、絶望すればするほど科学が発展し生活が豊かになる。それによりさらに効率的に苦悩が与えられる。失意すればするほど我々は先に進み新たな段階へ至る。それに対して何を苦悩することがあるのか。人類全体が一個体として矛盾している事に、知識人でなくても気付き始めた。その思想が世界中に広まる頃、人々の脳が希望を生み出し始めた。
日常的に与えられる屈辱や痛みに慣れ切って、この先にさらなる幸福があると認識し、もはや誰も失意しなくなった。とうとう地からその力が失せて、数多の文明が失われた時、人々は失意のどん底に落ちた。しかしもはやそれに何の意味も無かった。
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