あの色鮮やかな鳥を、浅野凛々子はどうやって学校に連れてきたんだろう。
いつもの黒いリムジンに乗せてきたのかもしれないし、中で自由に飛び回れる鳥専用の移送車をつくらせたのかもしれない。
「家でお留守番はかわいそうでしょ。だから今日から一緒に学校に来ることにしたの。極楽鳥という鳥で、名前はマナ。おとなしい子だからよろしくね。
教卓の前に立った浅野さんは、転校生を紹介するかのようにそう言った。
みんな困惑したけれど、文句は言わなかった。
ほとんどの女子は浅野さんから高価なプレゼントをもらったことがある。カバン、財布、香水。お城のような浅野家に行けば必ずお土産がもらえて、浅野さんの持ち物をほめれば次に日には同じものをもらうことができる。
僕みたいなプレゼントをもらったことのない男子は、財力で潰されることを恐れた。浅野さんが黄緑色のキャスケットを被り、髪も同じ色に染めたことを注意した生活指導の先生や、昼食に寿司職人を呼んだことを怒った先生が、翌日にいなくなったことはみんな知っている。
浅野さんはポニーテールを揺らしながら自分の席へ歩いている。その後をゆっくりと飛ぶ極楽鳥の長い尾も、ポニーテールと同じ揺れ方をしている。全長は一メートルくらい。胴体や頭はクリーム色で、翼や尾が青、黄、緑、白、ピンク、水色と鮮やかだ。浅野さんも極楽鳥に合わせて明るい金髪にカラフルなメッシュを入れている。
浅野さんが僕の右隣の席に座ると、極楽鳥は浅野さんの頭上を旋回しはじめた。
続いて担任の加藤が入って来た。加藤は優雅に羽ばたく鳥に目を見開きながらも、「ホームルームをはじめましょう」といつものように言った。浅野さんへ視線を向けていたから、察してはいるらしい。
出欠を取り終わると、加藤は「その鳥を連れてきたのは誰ですか」と聞いた。
浅野さんは真っすぐ手を挙げ、微笑んだ。「私です」
「きれいな鳥ですね。ですけど授業中はケージに入れて止まり木で休ませてあげた方がいいんじゃないですか。鳥さんも疲れてしまいますよ」
「先生、よく見てください。この子には脚が無いんです。風に乗って一生を過ごすから、天国の鳥、極楽鳥と呼ばれるようになったんですよ」
浅野さんの言う通り、極楽鳥にはどこかで休むための脚が、正確には指の部分がない。小枝のように短く、役に立ちそうもない脚が胴体からぶら下がっているだけだ。生まれつきというより、切り落とされたようにみえる。
「そうなんですね」とあきらめたようにつぶやくと、一時間目は担当する物理の授業なのに、加藤は教室から出て行ってしまった。職員室に報告して、対策を話し合うのかもしれない。
いつもは浅野さんの周りに集まる女子たちも、今日は近づいて来ない。あこがれの浅野さんと話すチャンスだ。僕は勇気を出して「その、極楽鳥はどこで手に入れたの」と聞いてみた。
「お父様が友人から譲り受けたらしいの。でも詳しいことはわからなくて。ごめんなさい」
ほとんど話したことのない僕にも浅野さんは優しく答えてくれた。
「エサは何を食べるの」
「なんと、風です」
「ウソでしょ」
「本当に本当。水も飲まないの」
「そうなんだ」と僕がつぶやくと、浅野さんは「ごめんなさい」と言ってから極楽鳥を見上げた。「最近はこの子が飛んでいる姿を見ていないと落ち着かなくて」
加藤が戻ってきて、五分遅れで一時間目がはじまった。極楽鳥のことは気にせず、いつも通り授業が進む。先生がぼそぼそしゃべり、誰も聞かない。
極楽鳥は授業中も教室を旋回している。滑るように飛んで、鳴くこともない。気になるのは、長くてカラフルな尾がたまにチラつくことくらいだ。
席が窓側の僕は、外をながめて時間を潰した。学校が高台に建っていて、僕たちの教室は四階にあるから、今日みたいな天気がいい日は遠くまで見通すことができる。グラウンドの防球ネットの支柱から飛び立つカラスは、日光が当たり輝いて見えた。窓から入る風が生暖かい。
二時間目の先生も鳥について何も言わなかった。浅野さんは教科書さえ出さずに、極楽鳥を目でずっと追っている。そんな浅野さんをみんなは少し気味悪く思っているみたいだ。休み時間になっても、誰も浅野さんに話しかけない。
でも僕は、浅野さんの横顔にみとれていた。今日の浅野さんはいつもよりきれいだと思った。羽ばたきがつくる微風で前髪が揺れる。白い肌に尾の色が映える。極楽鳥だけを見ている目が輝いている。極楽鳥の方にも浅野さんが夢中になるのにふさわしい美しさがあって、お互いが美しさを引き立て合っている。普段なら浅野さんの顔をじっくり見ることなんてできないけど、今の浅野さんは僕に見られていることなんて気づいていない。
昼が近づくにつれて気温が上がった。四時間目の日本史の授業になると、窓から入る風が蒸し暑く、汗が止まらなくなってきた。エアコンを使うには先生の許可が必要だけど、まだ四月だからと須崎先生は渋っている。暑さに強いはずの野球部のヤツらがわざとらしく机に突っ伏して、「暑くて死にそう」と訴えはじめた。
「凛々子も暑いでしょ」と誰かに聞かれ、浅野さんは「え、そうだね」と言った。暑さなんてどうでもよさそうだ。それでも浅野さんもエアコンをつけて欲しがっているということで話が進み、先生も逆らえずに許可を出した。
次々に窓が閉められていく。僕も真横にある窓を閉めようとすると、「どこに行くの」という声が聞こえた。振り向くと、極楽鳥が旋回していたコースから外れ、僕の方へ向かってきた。
「待って」浅野さんが席を立った。
止めないと。そう思った瞬間、極楽鳥と目が合った。透き通った目をしている。僕なんかが触れていいのかと迷っているうちに、極楽鳥は僕の前を通り過ぎた。長い尾から香水のような甘い香りがした。南中した太陽の光を浴びた体が輝いた。
汗のニオイがした。浅野さんの体からは汗が吹き出し、前髪がおでこにはりついている。
「しょうがない子ね」
極楽鳥を追い、浅野さんはためらいなく窓の外へ飛び出した。鈍い音がした。見下ろすと、コンクリートに叩きつけられて血まみれになった浅野さんがいた。
みんなも窓を開け、状況を見て、騒いだり泣いたりしている。一番動揺しているのは須崎先生で、座り込んだまま立てなくなってしまった。
カラスの鳴き声がかすれたような音が聞こえてきた。飛び去ったはずの極楽鳥が戻って、さっきまでのように浅野さんの頭上を旋回はじめた。飼い主の死を悼むかのように、汚い鳴き声がまた聞こえた。
感動的な光景だと思いながら眺めていたら、極楽鳥が勢いつけて降下し、鋭いくちばしを浅野さんの頭に突き刺した。何度もくちばしを刺し、極楽鳥の体が血まみれになっていく。頭蓋骨の割れ目から脳を引き出し、食べているのが見えた。「ヤバ」という声や悲鳴が教室に響く。やっぱり風だけで生きていけるわけがないんだ、と僕は納得した気持ちになった。
脳を食べ終えると、極楽鳥は舞い上がり、教室の方を向いた。半日を一緒に過ごしたことに対するお礼のように、頭を少し下げた。長いくちばしの先から血が一滴落ちた。
色鮮やかな極楽鳥に濃い赤や黒が使われていなかったことに、僕はやっと気づいた。だけど血の色が加わり、美しさが完璧なものになった。しかも、染めたのは浅野さんの血だ。
僕は極楽鳥を見ていたかったのに、誰かが消しゴムを投げたせいで飛び去ってしまった。追いかけたい気持ちはあったけれど、極楽鳥が求めているのは僕ではないと思いとどまった。
僕の机の上に極楽鳥の羽が一枚あった。浅野さんの上に舞い降りてくれるように、窓からそっと落としたけれど、風に流されてどこかに消えてしまった。
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