あなたはとても賢くて、この世界の何倍も広い場所を頭の中に持っています。見たことのない大きな建物に暮らし、私の知らぬ本を読み、私のわからぬ話し合いをするのでしょう。都会で育ったあなたの部屋に、たくさんの人が入れ替わり立ち替わり、訪ねてきては懐かしむ。
それからあなたは旅をします。ビルの鏡面の煌めきを。歩道の隅の草の根を。時には歩いて川を上り、慣れぬ自然に睫毛を震わせる。あなたの見た光は波形を描いて、雲の一粒々々まで照らすでしょう。
あなたは考え考え歩くでしょう。私はなんにも言わないで、その背中を見て一緒に歩きたい。それで時々綺麗なものを見つけて、立ち止まったら私もそれを眺めてみたい。全部教えてなんて言いません。ただ隣で同じ景色を見ていたい。
私なるたけ黙っています。でもたまに無責任なこと言うかもしれない。そしたら優しく流してね。もしも余裕があったなら、形のないものの輪郭を一緒になぞって欲しいの。それは絵でも言葉でも。
私ひとりで博物館に行きました。あなたの世界に近づくために。あなたに話せる何かを詰め込もうと、漆塗りの器を見ながら、見ているのはガラスの向こうの届かないあなたです。なんて空っぽな私!私には何もない、あなたを魅せられる何ものもない。私の頭に入っているのはあなたのことだけ。馬鹿で浅いつまらない女だと、あなたは軽蔑するでしょうか。せめてその空っぽな器が、この漆器のように美しかったらよかったのに。
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