匿名。郵便受けに届いていた一通の速達。
君に手を出すな、数度目の警告に苛立つ。
◇六月八日(水曜。赤口)
昼下がりに疎水付近を散歩。はるか遠く
木立の頂上を舞っている珍しい単独の
イシダテハヤブサを発見、仕事道具の
一眼レフを取り出して何とか把捉。
疎水に浮かんだ一艘のハイヒール
にふとあらぬ物語など夢想してみる。
大祭の露天が並び始める。木内少年(兄)
が石畳に落書きの真っ最中、その背後に
大きな垂幕が揺れている。気付かれる前に
角度を変えて数枚。境内では昔ながらの鬼
ごっこ、少年達が色違いの面を手に石段か
ら駆け下りてくる。私まで審判役で参加。
夜に君からの電話。「今の映像は衝撃的」
今日もハイジャック。容赦のない虐殺劇。
画面に自称テロ評論家が登場、「敵意
には敵意、悪意には悪意が本当の今世紀。
たとえ「使徒たち」を一掃しようが
途絶えることない死都の肖像画」
◇六月九日(木曜。先勝)
先週、母の遺品を整理中に段ボールの奥
から相当量の原稿を発見、今週の月‐木
にかけ仕事の合間に目を通していく。
「そして台風の後に」で始まるエピローグ、
行間に透けている母の倦怠感や孤独
感に思いを馳せつつ珈琲を手に一服。
◇六月十日(金曜。友引)
久し振りに街に向かう。駅前の正面広場、
ありえない雑踏を抜けて立看板NOVA
前で金沢氏に合流。「ご足労様です」とは
写真を受け取った編集長金沢氏の言葉。
ハイジャック事件の感想を交わしながら
構図の打ち合わせ、表紙は二色カラー。
市長選の街頭演説。白手袋に格子柄の襟、
女性候補が台に立って繁華街、買物帰り
の主婦に挨拶中。バスで少女達のお喋り
に耳を傾け、風景を眺めるはずが一眠り。
いつのまにか届いていた君からのメール、
連絡を入れ明日の約束を一時間早める。
◇六月十一日(土曜。先負)
神社大祭は三日目。夜六時、鼈甲飴に綿
飴、風船売りに金魚掬い。出店で買った
団扇を手に本社参り、かなりのご無沙汰。
小銭を放って縁固め、その後浴衣から肩
を露出させた君の艶姿を特別に二、三枚。
「これって写真家の病?」に思わず苦笑い。
◇六月十二日(日曜。大安)
朝、木の椅子に垂れている花模様の帯。
二人分のパンと珈琲をベッド脇まで運び
寝息を立てている君の隣に腰掛けて首
筋に指を這わせていく。君は一度背伸び、
寝惚け顔で首を振ると「何だか現実逃避」。
気怠い雰囲気で始まったこの日曜日。
写真機の手入れ。数度シャッターの空押
し、蓋を閉じる。レンズ越しに君の思案顔、
机に散らばった母の遺稿。「不思議な力を
感じるな」等々お互いの印象を交換。花押
入りの箱に原稿を片付け、息抜きに散
歩がてら疎水まで歩く。抱擁の後に解散。
境内前に停まっている十数台のトラック。
木内兄弟に両腕を掴まれ私も否応無く
後片付けのお手伝い。青竜・玄武・朱雀・
白虎を刺繍した天幕は室町に遡る傑作。
家にカメラを忘れたことに気付いたが
今更手遅れ。目に焼きつく鮮烈な赤。
◇ 六月十三日(月曜、仏滅)
郵送で届いた「新写真」、見開きで掲載
の自作。君に頼って日々をパラサイ
トの身分だけに気分的に拍手喝采。
東武線の脱線事故を撮った一枚。最
終的に写真家は無力とはいえ、せめて
もの気持ちでつけた題:「機械を止めて」
ニュース速報。紛争、国連軍による武力介
入、国境封鎖、爆撃続行、都心部の被害
報告、情報工作。悪化する現状を打開
するためジュネーヴで開催中の和平会
議が決裂。溜息が漏れる。そして予想外
の連絡。帰宅途中の君が刺されて重態。
鍵を閉める。自問し続ける無数の「if」、
背後から「彼女に触るな」、一瞬のナイフ。
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