「想像力が枯渇して死ぬかもしれないから、今すぐ会いに来て欲しい」
俺はそう、恋人に電話した。
携帯の向こう口では誰か知らん女が喋っていた。
「お掛けになった電話番号は現在使われておりません。ピーっと鳴った発信音の後にメッセージをお入れください」
俺は「どっちやねん」と言ってすぐに電話を切った。
しかたがないから、俺は声に出して言った。
「創造力が枯渇して今すぐ死ぬかもしれないから、会いに来てくれないか」
ドアの向こう、赤ん坊が寝息を立てているみたいに静かだった。
それもそのはず、俺には恋人なんておった試しがない。
なにもない夕方が過ぎ、宵を生きたが、夜は来なかった。
非日常の貝殻をあつめて、波打ち際で俺の脚に藻が絡まった。
「限界だ」俺は胸に十字を切ってアーメンと呟くと仰向けに海辺に突っ伏した。
藻は俺の顔面に突っ伏して息ができなくなった。
「SとOとS。エスとオーとエス。グレートマザーよ。何故わたしを御見捨てになったのでございますか」
「エスとゼロとエス。エスゼロエス。それがわたしの名前です。グレートマザーよ。わたしを呼んでください」
携帯の向こうで、波のノイズのなかに輪郭が浮かびだした。
一寸先は、ちょっと闇。では二寸先は?もうちょっと闇。では三寸先は。けっこう闇。四寸先。かなりの闇。
五寸先。見えない闇。六寸先。もうほぼ闇。七寸先。全体的な闇。八寸先。どこまでも闇。九寸先。闇も見えない。
な、あほな。な、あほな。な、あほな。ほな、あな。けつの穴から水が流れてきて川をつくった。
これが三途の川か。「とにかく美しい川だから、みんな泳ぎに来て欲しい」
そう言って俺は電話を切った。
俺は三途の川で海苔を捕って乾燥してその上で寝た。
磯の香り。これが磯の香りというものなんだね。グレートマザーよ。
愛しているから会いに来て欲しい。
グレートマザーよ。あなたは巻き寿司を食べたことがありますか?
わたしを巻いてください。グレートマザーよ。あなたに、巻かれたいのです。
あなたの右手巻きはわたしで、あなたの左手巻きは秩序の喪失。
あなたは膣と女を喪い、処女喪失す。わたしを巻くことによって。
無期限の大鋸屑(おがくず)でわたしの御腹を洗ってください。
性と布糊(ふのり)、その重さは同等である。
性と布糊(ふのり)、その価値は対等である。
性と布糊(ふのり)、その恍惚は比類してる。
だからあなたはわたしを喪ったんだ。
グレートマザーよ。その道程(みちのり)において。
連結するザーメンの瞳孔を開き給え。それが熟成の町に至り、背中が透通るように。
地に広がった散らし寿司も、上から見れば万華鏡に見えるのであります。
グレートマザーよ。
四面鏡の奥に、あなたが確か見えたのです。
グレートマザーよ。
四面鏡の奥に、散らし寿司は広がっていた。
グレートマザーよ。
四面鏡の奥に、わたしが確か見えたのです。
夜空に広がった星たちも、下から見ればあなたの御顔に見えるのです。
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