魔王は僕の友達

幾島溫

小説

38,673文字

親友が魔王になって、すべての「豆」という文字が「クリトリス」に変換される世界を作ってくれた話。舞台は廃ショッピングモール。岐阜県大垣市。中2の夏休み。2014年に書きました。

(6)9月以降のぼくら
悠一郎の魔力が消えると、街はすっかり元通りになった。ホールケーキの姿が街に戻り、ケーキ屋さんが華やかになる。それと同時に「クリトリス」の文字も街から消えた。潤いの消えた街はまるで砂漠だ。けどいいや。ぼくの頭の中にはいつだってオアシスがある。
千晴の撮影した動画には、結局何も映っておらず、悠一郎曰く「そういう結界を張っていた」ということだ。その伝言を塾で会った時に伝えると、悔しがったのは「も〜!」と言う間だけで、すぐに「しょーがないよね。楽しかったしまぁいいや」と笑った。意外だった。
悠一郎の方は、家族と上手くやっているみたいで、彼が「本当は絵をやりたい」ということを親に打ち明けると「早く言いなさいよ−!」と笑われたそうだ。そうして今は、美術科のある高校への受験を目指して美術の塾へ通い始めている。ぼくも嬉しい。
そして千晴はあれからぼくに気がある素振りを見せていたけど、ぼくの方は何とも言えなくて、嫌いじゃないし面白いし、よく見たらおっぱいがエロいから、もし千晴が告ってきたら、その時は付き合ってやらんでもないって思っていたけれど、悠一郎が「僕、春日井さんのこと好きになってまったわ。連絡先交換してくれんかな」と言って来たから、ぼくは千晴に悠一郎のLINE IDを伝えてやった。その後二人は時々やりとりをしていたようで、まず変わったのは悠一郎がRADWIMPSとかSEKAI NO OWARIなんかを聞き始める。今までボカロPの話しかしなかったやつが、だ! それで悠一郎は急に「日本語ロックの可能性」とか語り初めちゃうんだけど、ぼくとしては音楽の話が出来るやつが身近にできてとても嬉しい。
一方千晴からは時々謎のスタンプと共に「あほ〜!」とか「しね♡♡」とかの言葉が届く。彼女曰く「しね♡♡」とは「しあわせになってね♡♡」の略だそうだけど、ぼくはちょっと何て答えたら良いか解らなくて、というよりも彼女の感情の激しさを受け止めきれなくて、限りなく既読スルーに近い時差を経て「てへぺろ」なスタンプで返事をしたりとそんな日々が繰り返される。
その間、千晴はぼくにサカナクションを含む色んなアーティストのDVDやあいつの好きな少女漫画なんかを一方的に貸して来たけど、彼女がピンクのカーディガンを着始めた辺りからその習慣は終わってしまう。
10月を過ぎると千晴は塾に新しく入って来た23歳の黒縁メガネの男の先生にべったりで授業が終わると二人でしょっちゅう話し込むようになっていた。
「なー、千晴、鈴木先生と仲良いんやなぁ」なんて一度聞いてみると、「うん。先生ね、音楽とか映画とかでーら詳しいでさ、そんで色々教えてもらっとる」と、千晴はぼくの知らない洋楽バンドの名前や、外国の映画監督の名前を挙げ出す。そんなこと言われても困るから「なー、それってエロいのある?」ぼくは自分のフィールドへ持って行こうとするけれど「ないわ! あほ」千晴はぼくの頭を軽くはたいた。懐かしい痛みだった。
そうして霜月はじめのある土曜、ぼくは悠一郎とイオンのフードコートでマクドナルドでグラコロバーガーを食べている。毎年この時期になるとぼくらはCMに踊らされてしまうのだ。
グラコロを綺麗さっぱり食べ終わると、食後のアイスティーをすする悠一郎にぼくは聞きたかった話を切り出す。
「なーお前最近、春日井千晴と連絡取っとる?」
「いや、全然。3回既読スルーされて折れたわ」
悠一郎は苦笑いを見せる。
「あー……つらいな!」「うん。まぁな。……春日井さん、元気にしとる?」「うん。元気やなぁ。俺も最近そんなに喋らんけど」「そっか。まぁ、元気ならえぇわ」
悠一郎は寂しそうに笑うと、またストローを咥えてアイスティーをちゅーっと飲んだ。
「つか、あいつのどこが良かった?」「かわいいやん」「そっか!?」「服も好みだったし」「あ〜なる……ほど」「それに色んなこと知っとるつか、考えとるって言うかさ。あの子と居ったら、世界が拡がる気がしたんやて」「そっか〜。あーなる」「……おめー、『アナル』って言いたいだけやろ」「ばれたか」
ぼくらは笑い合う。
「京輔、お前さ、僕の魔法の力がなくなった理由って気付いたか?」「ううん、何やろ。家族への気持ちに整理がついたからとかか?」「違う。今思うと、春日井さんのこと好きになった瞬間、あの力が消えてまったわ」「そうなんや!?」「あぁ。そん時は気付かんかったけどな。あのタイミングやったわ」「はぁ〜。お前割とそっこー好きになっとったんやな」
失い続ける子供特有の衝動と、日増しに増える大人の身体性の狭間で、恋愛感情や性的衝動は揺り動かされて、時にぼくらを飲み込むほどの波となる。それは生への渇望と言い換えられるのかもしれない。悠一郎は生きる力の総てでもって、己の生を呪っていたということだろうか。
「はぁ〜。もう春日井さんのことは諦めて忘れようと思っとるんやけどさー、やっぱツラいわー」
悠一郎は苦笑いする。前髪が伸びていて、もうすっかり剣道少年じゃなくて絵描きのたまごといった風貌だ。
「そういうもんなんやな〜」
ぼくには童貞を奪って欲しいお姉さんは沢山いるけれど、付き合いたいとかそういう気持ちは今はまだよくわからない。
「まーでも、僕がどんだけ好きでも、春日井さんが僕に興味なかったらどうにもならんもんなー。自分で折り合いつけて諦めんとなぁ−。もうこっから先は僕自身の問題やわ」
悠一郎は大きな溜息を吐いた。
この大きさが千晴の存在という訳か。
悠一郎のことを何も思っていない千晴が、悠一郎を救っただなんて。そのことを思い知らされる。
悠一郎がミルクシティに閉じこもっている間、ぼくはこいつが自分で答えを出さない限り意味がないし、ぼくがどうこう言う問題でもないと、見守っていたつもりだったけど、でもそれって本当は冷たかったんじゃないだろうか。「見守る」と言うと、体裁が良いけれど、それってただの傍観じゃなかったのかな。プレイでもなくただの放置。
ぼくはひょっとして、悠一郎と深く関わることから「保留」の態度で逃げ続けていたのかもしれない。春日井の気持ちに関しても、悠一郎のことに関しても、ぼくには他人と向きあう覚悟が足りていない。答えを出すのが面倒で、保留して、逃げ続けて。そして保留しているだけの筈が、いつの間にか「逃げた」という答えになっている。
将来のことだってそうだ。
今はまだ保留出来るけど、来年は受験だしその先には大学も就職もあるし。
なんて、自分と向き合う覚悟が出来ないぼくに、他人と向き合う覚悟なんて決められるわけないか。
自分と向き合って、他人と向き合って、それでぼくは、悠一郎とかぼくがイイネ! と思うヤツを大事にしたいと思っている。けれど本当の意味で「大事にする」ってどういう事なのだろう。
思考が迷路へ入りそうになる。ぼくはコーラをごくごく飲んで、五臓六腑を消毒した。
「京輔さー。なんか、色々ありがとな」
「は?」
「お前がおらんかったら、僕8月31日まで持たんかったと思うわ」
「そうなん?」
「まー、お前がちょいちょい来てくれたで、僕、ギリギリのところで踏みとどまれてた気ぃするわ。それに、あんな解りにくい短縮ルートを一発で見付けるって、お前ちょっとおかしいやろ」
「はははは」
「まー何だかんだで、似てるトコあるんかもしれんよな。そやで友達なんかな」
「一緒にすんなて! おれの方が変態や!」
少し照れくさくなったぼくは、カバンの中から持ってきたおやつを出す。家で見付けてちょっと面白くて、持ってきてしまったのだ。
「おめーはこれでも食べて、失恋を癒やせ〜!」
ぼくは「春日井のグリーン豆」をテーブルの上に出した。
「ちょっ、もう。思い出してまうやろ、あほ!」
「全部食べたらうんこになって出て行くから忘れてまうわ」
ぼくは袋を開けて、グリーン豆を拡げる。
悠一郎は「まーえぇけど」と言いながら、豆をひとつ、ふたつと口にした。
「でもさー、残念やで」「何が?」「このグリーン豆もさ、夏の間はアレになっとったんやで。春日井のグリーン」「わー! もうやめろや! あほ! 人いっぱいおるし!」「でもえぇやん。あれ、すげー面白かったんやで。お前、一回も見とらへんやろ?」「そやな」「勿体な〜。スーパーとかコンビニとか行くだけで、めっちゃ笑ったで。豆乳がおれのベストや。あと伊豆とかヤバかったらしいで」「あ〜」と言って悠一郎は視線を斜め上に上げると「ぷっ」と吹き出した。
そうだよね、笑うよね。少しだけだけど。それでも笑わないよりはずっとマシだ。
ぼくは誰かを救ったり大事にすることなんて、今はまだ出来ないのかも知れないけれど、下ネタは少しだけ世界を救う。
ぼくは今日もエロいことを考え続ける。
「久し振りに食べたけど、これ上手いなー」
悠一郎がポリポリ食べる。
「そやな。止まらへんよな、春日井のお豆」
ぼくもポリポリポリポリ緑の豆を食べる。

 

 

2024年7月19日公開 (初出 2014/9/2 個人ブログ(現存せず))

© 2024 幾島溫

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"魔王は僕の友達"へのコメント 2

  • 投稿者 | 2024-07-28 11:11

    めちゃくちゃ面白かったです。中2でこれ書くとは凄すぎる。キャラ立ちもいいし、読後感も爽やかで最高。
    ところで、もうだいぶ昔「笑っていいとも」という昼の生放送バラエティ番組で、クリスマスゲストの徳田ホキが、タモリに向かって「メリークリトリス」ってはっきり言ったの、リアルタイムで観てました。
    「今すごいこと言いましたね」と小堺一機が固まってたの思い出しました。

    • 投稿者 | 2024-07-29 15:08

      めちゃくちゃ嬉しいコメントありがとうございます!当時、確か3週間位で書いたので、その頃の頑張りが報われます…!
      そして自分の説明文が悪かったのですが、「中2の夏休みの物語」という意味で、中2で書いた訳じゃなかったです。すみません。しっかり大人になってから書きました笑

      いいとものメリークリトリス事件は知らなかったですが、すごいですね。そんなことがあったとは。小堺さんも災難でしたね笑

      著者
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