魔王は僕の友達

幾島溫

小説

38,673文字

親友が魔王になって、すべての「豆」という文字が「クリトリス」に変換される世界を作ってくれた話。舞台は廃ショッピングモール。岐阜県大垣市。中2の夏休み。2014年に書きました。

(4)8月29日(金)
生おっぱいの感触は強烈で、あの日の夜ぼくは「むにゅっ」を思い出しているうちについ一発抜いてしまった。だけど、春日井千晴で抜いたら負けな気がしてぼくはフィニッシュで「童貞奪われたいランキング」第一位の倉持梓織ちゃんの顔を思い浮かべる。ギリギリセーフ。

それから一日挟んで金曜日。この日は一週間のうちで最も多忙で、午後は書道部の活動で部室へ行って三時間ほど「花弁」や「蜜壺」や「剛直」などの文字を練習して、家に帰ってペヤング食べたら夜は塾だ。
塾へ行くと、教室では千晴が既にRADWIMPSのTシャツを着て座っていた。新しいやつだった。そもそもぼくらが話すようになったきっかけも千晴の着ていたTシャツで、こいつは中二病などではなくて音楽系のオタクである。
千晴に声を掛ける間もなく授業が始まるけれど、ぼくの視線はずっとラッドのTシャツに吸い寄せられてしまう。するとプリントを回している時や、千晴がカバンから目薬を取り出す時に目が合ってしまい、何か普通の反応をすれば良いのにあいつが「あっ」って感じで目を反らすからぼくは何だか釈然としない気分になる。違うんだよ、お前じゃなくてそのTシャツを見ているんだっ。

授業が終わってカバンにノートや教科書をしまっていると、帰り支度を整えた千晴がぼくの所にやってきた。
「ねー、京輔くん、明日ひま?」
生徒達は教室から次々と出て行く中、千晴がぼくの顔を覗く。
「何で?」
「あのね、も一度行きたい、ミルクシティ♡」
「えー」
「夏休みももう終わってまうし、その前に」
「でも危ないやん。この前はたまたま帰れたから良かったようなものの」
「そうなんやて。だから京輔くんにお願いしとるんやん。この前だって私一人じゃ絶対アカンかったやん? 京輔くんがおったで、助かったんやで。だから、また一緒に来てくれん?」
「うーん……。そんじゃ、もしおれが行かんって言ったらどうする?」
「そん時は一人で行くしかないやん。それか、誰か学校の友達誘うとか」
わー。それはまずい。千晴の学校の連中がどんなやつらか知らないけれど、知らないだけにそれは避けなくちゃならないと思う。
「でもさー、危ないて。学校の友達とかと一緒に遭難したらシャレにならんやろ?」
「う〜。でもさーだってさー、この前の動画、家帰って見たら、何も映っとらへんかったんやよ。私あんなに頑張ったのに悔しいやん。タイトルロゴだって作ってあるのに」
「え。どんなタイトル?」
「『もしも中二病のJCが魔王に会いに行ったら』」
「ベタやなぁ」
「こういうのは分かりやすいのがえぇんやって。ねぇ、だからもう一回♡ 動画UPして広告収入ゲットして、一緒においしいもの食べようよ♡ ね?」
千晴に拝まれながら、ぼくはなんとかこいつを諦めさせる言葉と理屈はないかと頭の中を懸命に探るけど、この満面の笑みを一発で収めるようなパンチの効いた理由は何処にもなくて、結局一昨日と同じ戦略しかなさそうだってことでぼくは諦める。
「あーもう。仕方ねぇで一緒に行ったるわ」
「わーい。やった!」
千晴は両手を挙げて喜んだ。

2024年7月19日公開 (初出 2014/9/2 個人ブログ(現存せず))

© 2024 幾島溫

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"魔王は僕の友達"へのコメント 2

  • 投稿者 | 2024-07-28 11:11

    めちゃくちゃ面白かったです。中2でこれ書くとは凄すぎる。キャラ立ちもいいし、読後感も爽やかで最高。
    ところで、もうだいぶ昔「笑っていいとも」という昼の生放送バラエティ番組で、クリスマスゲストの徳田ホキが、タモリに向かって「メリークリトリス」ってはっきり言ったの、リアルタイムで観てました。
    「今すごいこと言いましたね」と小堺一機が固まってたの思い出しました。

    • 投稿者 | 2024-07-29 15:08

      めちゃくちゃ嬉しいコメントありがとうございます!当時、確か3週間位で書いたので、その頃の頑張りが報われます…!
      そして自分の説明文が悪かったのですが、「中2の夏休みの物語」という意味で、中2で書いた訳じゃなかったです。すみません。しっかり大人になってから書きました笑

      いいとものメリークリトリス事件は知らなかったですが、すごいですね。そんなことがあったとは。小堺さんも災難でしたね笑

      著者
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