魔王は僕の友達

幾島溫

小説

38,673文字

親友が魔王になって、すべての「豆」という文字が「クリトリス」に変換される世界を作ってくれた話。舞台は廃ショッピングモール。岐阜県大垣市。中2の夏休み。2014年に書きました。

(2)8月27日(水)
もう少しで夏休みが終わることを信じたくないぼくは二度寝をキメて11時半の起床に成功する。その後はラーメン食べたり、パズルゲームでアメ玉消しまくりながらなんとなく悠一郎のことを考えているといつの間にかもう2時で、時間を無駄に過ごした気がしなくもなくて一瞬落ち込むけれど、天啓のように閃いた「コーラ飲みたい!」という衝動に突き動かされてようやく家を出た。向かう先はコンビ二で自転車に乗ってペダルを漕いで5分弱。最寄りのローソンに着いた。腕を刺す日差しが柔らかい。秋はもうすぐそこまで来ているんだとセンチメンタルな気持ちになりながら、店の前に自転車を止めて中に入るとまずは雑誌をチェック、だけど読みたいものは特になくてぼくはそのまま冷蔵庫の前に流れ着くけど、コーラを取るのは最後にしよう。美味しそうなものとか食べたいものがあるかどうかを確かめてからだ。と、紙パックの飲み物やパンやお弁当が売っているコーナーへ足を運ぶ。すると、パック詰めの枝豆があったから、期待に胸を高鳴らせて手に取ってみるとラベルには金縁の毛筆体で「枝クリトリス」の文字がある。予想はしていたけれど実際目の当たりにすると笑いがこみあげる。この語感にこのフォントなんだよこれ、と脳内で突っ込んだのが自爆行為だったようでぼくは一人肩を震わせる。ヤバい、ツボに入った。あーヤバいヤバい。一人で笑ってるってだけでもキモいのに、枝豆見てるってことが他人にバレたら益々ぼくキモいじゃん。と思った矢先にまたラベルが目に入ってツボに入ってしまう。ぼくは口元を抑えながら、枝豆を売り場に戻した。すると、
「きっも〜い」
背後から女子の声が聞こえて驚いたぼくが振り返ると、同じ塾に通う春日井千晴がそこにいた。
「春日井! 何でここにおるんやて」
春日井は背が低い。ショートボブの頭の上に白い大きなリボンが見える。
「岡田くん、一人で笑っとったやろ」「うっさいわ。笑ってへん」「うそやろ。あの枝豆見て笑っとったやろ?」春日井が呆れた顔をする。「そうやわ、笑っとったわ。てか、春日井も見たら絶対笑うて」ぼくは棚からもう一度枝豆のパックを取ると、春日井に差し出す。そこにはでかでかと金縁の毛筆体で書かれた「枝クリトリス」の文字。
「ちょっ……あんたまだこんなんで笑っとんの?」「うん。だっておかしいやん。枝クリ……ぶっ!」ぼくはまた吹き出してしまう。「あほやろ」「そういう春日井は平気なん?」「うん、平気。もう見慣れたわ」「へー、じゃあ読んでみ?」「読みません♡」春日井はにっこり笑う。「いいやん、読めて」「いややわ」「おれも手伝うで。せーの、枝ク……って、おいちゃんと言えて」「あの、岡田くん?」「何?」「変態やね」「ありがと」「褒めとらへんて!」
と言うと春日井の右足が上がって硬い爪先がぼくのケツの割れ目にヒット。スカートが翻って内側の白いレースが見えた。
「いった〜」ぼくは少し大袈裟に言ってみるけど、彼女はへへっと笑っているだけだ。
「てか何それ、スカートの中、何履いとんの?」「ドロワーズ」「何やそれ。てか暑くないんかて!?」「でーらくっそ暑い」
よく見ると、春日井の服装は上はレースのついた白いブラウスで、全体にゴスロリっぽい雰囲気だった。
「今日の格好何なん?」「中二病〜♡」「はぁ?」「今って、私ら中二やんか」「うん」「だから中二病ど真ん中な格好しようと思ったんだわ」「ははぁ……」「なー私、中二っぽいやろか?」「うーん、かなり中二っぽい。でもそれやったら、眼帯付けなアカンやろ」「眼帯かぁ。う〜ん、あれ暑いやん?」「アカンて、真性の中二病はそんなこと言わへんで」「そやけどさぁ」「あーあ。これだからニワカは嫌やわ。ふぁーっしょん、ふぇーいく!」枝豆のパックを持ったまま春日井をはやし立てると彼女はぼくのケツに回し蹴りをキメた。「いって〜わ」「うるせーフェイクで何が悪い−! そゆこといったら、もうサカナクションのDVD貸したらへんよ!」「わー、ごめんごめん、春日井破壊神。血の雨を降らせたもうれ!」精一杯の中二っぽさでぼくは春日井を拝む。手と手の間に枝豆のパックを挟んだままで。「うん、まぁ、そやね。えぇよ、許したるわ」顔を上げた彼女は、満足そうに笑っていた。
「てか岡田くん、その枝豆買うの?」「いやいらん」「じゃあ何しに来たん?」「コーラ買いに。てか春日井は? お前んち、こっから遠くね?」「うん♡ あのね、私これから冒険に行くところなのっ」「その格好で?」「そう!」「てかこの辺りって何かあった?」「ミルクシティだよっ!」「え? もう潰れとるやん」「知っとるわ。ちょっと、やりたいことがあるんやて」春日井千晴は含みのある笑い方をする。ミルクシティは去年潰れたショッピングモールで、この街にあと五店舗ある大型ショッピングモールとの抗争に真っ先に敗れてしまったのだ。
「やめとけや。危ねーやろ、あそこ」「心配しとるん?」「違うわ。ふつーに危ないやろ? 廃墟やし」「うん、そやけど」「あそこ携帯の電波も通じへんって噂あるし、野良犬とか棲み着いとるかも知れんし、マジ危ないで」「ふぅん……。岡田くん、詳しいんやね。……もしかして、岡田くんもミルクシティが怪しいって思っとる?」「はぁ?」ぼくは春日井が興味を失うように、わざと突き放した言い方をする。
「魔王の話。……知っとるよね?」「あぁ、うん」「どこまで知っとる?」「あんまよく知らん」嘘だ。ぼくはほとんどちゃんと把握している。「まじでー。この大瀧市の一大事に。ってまぁ、しょうがないか。中学生やもんね」自分も中学生のくせに、とぼくはちらと春日井に視線で不満を訴えるが春日井は天井の方を見ていて、何かを考えているようだった。
「あのね、7月の初めくらいから、街中のホールケーキがみんなクラッシュするようになったやん?」
春日井が話し始めたのは「魔王」を名乗る何者かが、この街にあるホールケーキを一つ残らず破壊し続ける「ホールケーキクラッシュ事件」のことだった。ケーキ屋さんのショーケースのケーキはいつの間にか粉々に砕け、よその街からケーキを運んでも、大瀧市に入った途端砕けてしまう。ならば、と個人が家庭でケーキを作るもそれも食べる直前になると粉々に砕け散る。そんなわけでこの街でホールケーキを見ることは不可能になってしまった。三角形のショートケーキや長方形のガトーショコラなど一人で食べる用のケーキなら大丈夫だけど。でもその三角形のケーキを集めて丸い形を作るとその途端すべては砕け散るらしい。ケーキ屋さん等は警察に通報しているそうなのだけど、犯人の手がかりや証拠がないと言う事で、人が死んでいる訳でもないし、捜査はずっと保留のようだ。尚、新聞では「悪質な悪戯」などと書かれていて、公的にはそう扱われている模様。
「でさ、ケーキが砕けると、その形が魔王からのメッセージになってるんやって」「へぇ」「私も全部見たわけやないけど……何かね……」と春日井は自分のスマホを出すと人差し指を画面で撫でて叩いて、ぼくに砕けたケーキの写真を見せる。
「こんなのが多いみたいなんだけどさ。わかるかな? これ、よくみたら丸の中に831の数字が書いてあるように見えない?」
「……たしかに」ぼくは苦笑いする。
「あとはこっちパターン」春日井はまた画面を人差し指で撫でると、別の写真をぼくに見せた。
「カタカナで『マオウ』」って書いてあるやん?」「うん」「それと最後にもう一枚」と、春日井が次に出した写真は砕けたケーキで「ツネ!!」と書かれてあるものだった。
「ねぇねぇ、岡田くんなら分かる? 『ツネ!!』って何やろね? 『いつも』の意味の『常』かなぁ? それとも何か別の意味があるとか」
それを見た瞬間、ぼくは笑いをこらえる。心の中で悠一郎に詫びながら。でもこれは流石に酷いと思うぜ。
「あーそれ、わかってまったわ。……多分、魔王は『シネ』って書きたかったんやろ? 」
「えっ、うそっ!? あっ、ほんとだっ。たしかにそうかも!」
春日井は驚いた顔で写真を見る。
「『ツ』と『シ』が上手く書き分けられへんやつっておるやん?」
「魔王もそうなんやろか?」
「そうなんやろうな」
「ちょっとかわいいな」
春日井は小さく笑うと、スマホを白いハート型のカバンにしまった。
「そんでね、こういうのと同じようなのが、最近ミルクシティの壁とかに書かれとるんやって〜!」
「マジか」
「うん、マジ。だからね、私あそこが魔王のアジトだと思うんだよね」
「そうやろか。誰かヤンキーとかが面白がって悪戯書きしたんやないの?」
「うーん、でもさ〜、そしたら何のために?」
「そんなもんわからんわ」
「そやろ? やでさ、行ってみーへんとわからんやん! だからね、私、魔王のアジトに潜入して動画を撮ろうと思うの! そいで上手く出来たらユーチューブにアップするつもりなんやて」
「うっわ、それマジで言っとる?」
「うん、マジで。だってもし魔王がいたら絶対面白いくなるやん。それにおらんくてもあの中映すだけでも、面白くなりそうやし」
「えー、やめたりゃー。魔王にもプライバシーがあるやろ?」
「そんなん知らんて! だいたい魔王なんて街中のケーキ破壊しまくって器物損壊しまくりやんか−! あいつのせいで私、今年の誕生日は小さいケーキにローソク14本差すはめになったんやでね!」
春日井千晴は早口になる。
「……そやでね、魔王を撮って動画UPして、つべの広告収入で私はお金を稼いで、出来たらそのまま起業してだいたい遊んで暮らしたいんやわ〜」
「広告収入かぁ……。えぇなぁ」
「そやろ!? もし手伝ってくれたら、お金入った時に美味しいご飯おごってあげるでね。だから一緒に行こうや」
「えー……」
ぼくは渋る。だってあそこは悠一郎の隠れ家だから、春日井の侵入を許したらあいつが可愛そうだ。
「行かへんのならええわ。私一人で行くで」
春日井の好奇心と熱意は止められそうにもない。それならせめてぼくが一緒に行ってこいつから悠一郎を守ってやる方がいいだろう。
「もうええて、わかったわ。おれも一緒に行ったるわ。中二病患者を野に放つと危険やでな」
「やった〜。わーいありがと! 岡田くんだいすき!」
春日井は満面の笑みでバンザイする。ってあれ、今ぼくなんかさりげに告られてない?  いやいやいやいや、自意識過剰。
ぼくは冷蔵庫の方へ行ってコーラを取ると、そしてもう戻すのがめんどくさかったから「枝クリトリス」も一緒にレジへ持って行く。ぼくが財布を出す頃に後ろに並んだ春日井は、ウーロン茶とミルクティー、それから菓子パンにシュークリームにおにぎりと大量に抱えて持って居て、うわー張り切りすぎと思ったぼくに小さくピースする。

2024年7月19日公開 (初出 2014/9/2 個人ブログ(現存せず))

© 2024 幾島溫

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"魔王は僕の友達"へのコメント 2

  • 投稿者 | 2024-07-28 11:11

    めちゃくちゃ面白かったです。中2でこれ書くとは凄すぎる。キャラ立ちもいいし、読後感も爽やかで最高。
    ところで、もうだいぶ昔「笑っていいとも」という昼の生放送バラエティ番組で、クリスマスゲストの徳田ホキが、タモリに向かって「メリークリトリス」ってはっきり言ったの、リアルタイムで観てました。
    「今すごいこと言いましたね」と小堺一機が固まってたの思い出しました。

    • 投稿者 | 2024-07-29 15:08

      めちゃくちゃ嬉しいコメントありがとうございます!当時、確か3週間位で書いたので、その頃の頑張りが報われます…!
      そして自分の説明文が悪かったのですが、「中2の夏休みの物語」という意味で、中2で書いた訳じゃなかったです。すみません。しっかり大人になってから書きました笑

      いいとものメリークリトリス事件は知らなかったですが、すごいですね。そんなことがあったとは。小堺さんも災難でしたね笑

      著者
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