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「それで三位一體のカタルシスってどういうこと?」
「來るべきカタストロフィーに向けて我々は今何をすべき?」
「結局のところ生命力がすべてだと思うの。執着心こそが生きる力、ねぇそう思わない?」
ゆうかに連れられて、僕とあさひは今カフェのソファの上に座っている。店內にはBGMなど一切なく、隣の客や斜め向こうの客の會話が丸聞こえだ。しかしまあ何ですか。この店の中、このカンジ……なんというか。
「ちょっと世紀末なかんじだねっ」
あさひがティーカップを右手と左手で包み込んでこう言った。成る程たしかに。これは終末思想の色合いだな。疫病が流行り、地球に隕石が衝突して滅びそうなあのカンジ。店は地下にあるため、晝閒でも薄暗い。首をぐるりと回して店の中を一望すれば、ところどころにローソクの明かりに照らされた髑髏が浮かび上がっていた。
「ごめんなさい。こういうのお嫌いでしたか?」
「そんなことないよ!こんなお店餘り來ないからワクワクしてる」
僕は身を乘り出して向いに座っているゆうかちゃんに笑顏を見せた。
「そうだね、結構面白いよね。マニアックでかっこいいな。あたしこういうの結構好きだよ」
「ホントですか?やだっ、嬉しいっ」
ゆうかの顏に笑顏が浮かんだ。そのキラキラした笑みは今、彼女の隣に座っているあさひのためだけにある。違うだろ、キミが微笑みを返すべき相手はこの僕じゃないの?こっち向いてよ。
「それで、今日は二人で何してたんですか?もしかしてデートとか?」
「え!」
ぼくの聲とあさひの聲が重なった。
「そんなことあるわけないじゃんっ。今日はね、あさひの買物に付き合わされてるだけなの」
「そうそう。ルリヲは只の荷物持ち」
あさひがにやりと笑う。
「えーそうなんですかあ。二人とも仲良いから付き合ってるのかなーって思ってたんですけど……」
ゆうかが僕の顏を濡れた瞳で覗き込んだ。そして更に言葉を續ける。
「ルリヲさんは彼女とか居ないんですか?」
「あー、殘念だけど居ないよ」
「えー、ほんとですか?モテそうなのに」
「マジで?おれ全然モテないよ」
ゴクリッ。水分が欲しくなるのは動搖している證據なのか?慌ててぼくはミルクティーを喉の奧に流し込む。
「あさひさんは付き合ってる人とか居ないんですか?」
ゆうかちゃんの今の質問どういう意味なんだろう。どうして僕の戀人の有無を氣にするのかな。
「いないよー」
それに『モテそう』ってどういう意味だよ、オイ。こちとら生れ落ちてからというもの一度もモテたことないっつーの。
「えー、そうなんですか?見えないー。あさひさん超可愛いのに!」
待てよ、僕は一度もモテた事がないけれどゆうかちゃんの目にはモテそうだと映ったって事だろう?という事は、ゆうかちゃんは僕の事を多少は恰好良いと思ったってことなのだろうか。
「そうかなあ。別に可愛くないよ」
恰好イイとかモテそうだとか、それって僕は彼女の戀愛射程圈內って事だよね。という事は……
「えー、私が男だったら絕對付き合いたいって思いますよ!ルリヲさんもそう思いますよね?」
「んぁえっ。おれ?あ、うん!當たり前じゃん。付き合いたいに決まってんじゃん!」
「ですよね、ホラやっぱり。あさひさんは可愛いんだからもっと自信持っていいんですよ」
「って、えっ?何の話?」
「だから、あさひさんは可愛いから男子が放って置かない、っていう話ですよ」
「え。……そういうことか。いやあ、どうかな。付き合わないでしょ、これは」
「えー、何で!」
あさひがへの字口で僕を睨む。
「だってさ、ゆうかちゃん、こいつの前髮ぎざぎざじゃん。それに安全ピンばっかり服につけるしさ。女の子なんだからもっとピンク色着たり、お花つければいいものをさ」
「何言ってるんですか!この前髮はアンシンメトリーって言ってちょーオシャレな人にしか出來ないんですよ!それに服だってパンクで決めてるのが、似合ってて超カワイイじゃないですか!」
「あぁ……そうなんだ」
「もう、ルリヲさんって何も解ってないんですね」
「ゴメン」
怒られたら謝るのが僕の修正。たとえ理由が解らなくたってね。僕はスプーンでミルクティーに渦を作る。
「そうだ、ゆうかちゃんには彼氏居ないの?」
「いません」
彼女はさっきまで怒りかけていたとは思えないほど瑞々しい笑顏を見せた。つられてエヘッと僕も微笑む。この子は天使なんじゃないのかな。戀人が居ないってことは、今この笑顏は誰のものでもないって事だ。そしてそんなゆうかは、僕のことを『モテそう』だと言った。この二つの情報から、『ゆうかは僕と付き合いたい』という結論が導き出されるんじゃなかろうか?えぇい、これで戀のセンター試驗は樂勝突破じゃん。誰かマークシート用紙と鉛筆持ってこーい!だけど此處は只の喫茶店。僕は答案用紙を埋める代わりにもう一口、ミルクティーを飮み込む。
「あたし、なんだかもっとルリヲさんの事が知りたくなってきちゃいました」
「えっ」
いやん、女の子にそんなこと言われたのって初めて。あまりの衝擊に思わず僕の中の女性が目覺めそう……!
「そうだ、子供の頃は何になりたかったんですか?」
「うんとね、僕はせ……」
と、言いかけて我に返った。だめだ、錢湯の番臺なんて言えないよ。この場合何て言えばモテるんだろう?頭のよさそうな仕事かな。そうだきっとそれに違いない。よーし、體力には自信がないから知性でアピールするぞ。
「おれ、子供の頃さ、頓知とかちょー憧れていて一休さんに成りたいって思ってた」
「マジ?そんなの聞いた事ない」
あさひが目をまるくしている。
「當たり前じゃん。本當に大事な夢は人に言わないんだよ」
「一休さん……それ何歲頃の夢ですか?」
「中三だね。進路を決める時、出家すべきか進學すべきか眞劍に惱んだものさ。……まぁ親の爲を思って進學を選んでしまったけれど」
「嘘吐き!」
「ウソじゃないーい。キミはちょっと默っててくれない?」
あー、もう幼馴染みが居るとカッコ付ける事もロクに出來やしない。
「じゃぁ、あさひさんの夢は?」
「あたしはね、子供の頃は探偵に憧れてたな」
「恰好いいですね!じゃぁ憧れの探偵さんとか居ますか?」
「うーん、アンポンタンポカン君とか法水麟太郞とか好きだったな。あとは濱マイク」
彼女はとても柔らかい眼差しであさひを見詰める。その視線の閒には誰も入ることが出來ないだろう。仕方がないからぼくは又ミルクティーをくるくるくるくる掻き混ぜていた。
「今はもう探偵になりたいって思わないんですか?」
「だって無理だもん。でも出來たらなってみたいけどね」
「そうなんですか。じゃあ、あさひさん、探偵になってみませんか?」
「えっ何それ面白そう!」
二人とも僕が此處に居ることを忘れたように見詰め合っている。もういいもん。チェッ。僕はティーカップに口付ける。
「勿論ルリヲさんも一緖にやりますよね?」
「え、ボくぅ?」
拗ねたばかりで心の準備が出來ていなかったもので、思わず聲を裏返してしまった。
「ルリヲ、ミルクティー垂れてる」
「あ、ごめん」
僕はティッシュで唇の端を拭う。散々だ。
「どうですか、探偵ごっこ。一緖にしませんか?」
「勿論いいに決まってるじゃん!僕はキミのためなら何時だって全力で豫定を空けるよ」
「本當?嬉しいですっ。じゃぁ明日の日曜日、朝八時にナカノ驛前に集合でいいですか?」
ゆうかの問い掛けに、僕とあさひは同時に拳をあげた。
「いいともー!」
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