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僕は今迄、せかいがこんなに樂しいなんて知らなかった!そりゃ流れ出す鼻歌はすべてラブソングに成るのさ。
「フフフーン、フフフーン。レツゴーラヴリー」
「きもい」
樂しすぎてあさひが來ていた事にすら氣が付かなかった。
「んだよう。人の歌勝手に聽かないでくれるー?」
「だって聽きたくなくても、勝手に聽こえてくちゃうんだもん!」
「うるさーい。お會計にこの分もつけておくからね」
「ヤクザ店員!」
あさひは今日も僕の働く店に來て「オヤジの頑固な珍坤家亭ラーメン」を啜っている。うちの店長が實際頑固なのかどうなのか僕は知らない。ただ、多少の私語は見逃してくれるからイイ人なんじゃないのかな。
「ねぇねぇルリヲ、昨日のアノ子何だったんだろうね」
「ゆうかちゃん?いい子そうじゃん」
「そうかなあ……。何であたしたちの名前知ってたんだろ」
「確かに。まぁでもほら、おれ店員だしさ。名札でも見たんじゃないの?」
「でも店員じゃないあたしの名前まで知ってたよ」
「おれと喋ってたからじゃない?」
「そっかなあ」
「もう、そんなのどうだっていいじゃん。あさひちゃんは考えすぎなんだよー」
「んー」
と、その時扉の開く音が聞こえた。
「へいらっしゃい」
「こんにちわー」
扉の傍では昨日の美少女がにっこりと微笑んでいた。
「ゆうかちゃんっ」
「あさひさんの隣空いてますか?」
「あ、ど、ドウゾ」
僕は知っている。どもっている時のあさひは人見知りをしている。彼女は相當慌てていたらしく、箸を袖口に引っ掛けて空中で一廻轉させてしまった。
「あうあうあ」
「大丈夫ですか?」
「ほら、新しいの使えよ」
僕は店員として彼女に新しい箸を渡す。
「あさひさんって、近くで見るとやっぱカワイイですね」
「エヘ……ヘヘ。そうかな……」
ゆうかちゃんが小首を傾げてあさひを見詰める。なんだこの甘甘ムードは。昨日キミと友達の契りを交わしたのはこの僕の方だろう?
「ゆうかちゃん!今日は何食べてくの?ラーメンとかラーメンとかちょーおすすめだよっ」
「マジですか?うーん、あさひさんっ、何かオススメありますか?」
「えっ、やっぱ此處の『ジャンボで頑固なおやじの珍坤家亭ラーメン』かなあ」
「じゃあ、ルリヲさんそれ一つお願いします」
「うっ……そ、その……ラーメンでいいんだね」
「はい!」
「ジャンボで頑固なおやじの(以下略)ね……」
聞こえないフリをして彼女にオーダー名を言わせようかとも思ったけれど、思わずタイミングを逃してしまった。チェッ。僕は今日も舌打ちをする。どうしてかわいい子っていのは上手い事逃げるんだろう。チンコの一言くらい言えっつーの。次囘は絕對言わせてやるぜ、ゆうかちゃんの口からあの言葉をさぁ。
「ねぇ、ルリヲ次の土曜日ってひま?」
あさひがチャーシュ―片手に僕に語りかけた。
「なめんな!暇に決まってんじゃん!」
「じゃあ、一緖にお買い物行こーよ」
「えー、どうしよっかな」
僕はちらとゆうかを視る。だけど彼女は携帶電話をいじっていた。
「いいじゃん。どうせ暇なんでしょ。いこーよー」
「バカタンポンカンスカン!暇で在る事をばかにするんじゃないっ。あのねえ、僕にだってこう漠然とすべき事があるんだから。……で、どこ行くのさ」
「ウエノ」
「パンダだ!パンパンだ!パンダ買いに行くの?イケナイ子だなー。あれほど密輸はやめとけって言ってるのに……。ハイッ、ゆうかちゃんおやじの頑固なラーメンだよ」
僕は彼女に愛と眞心と下心を込めた笑顏を添えてラーメンを手渡した。
「ありがとう」
「ちがうよぉ、もう!パンダじゃないもん。サイゴーだもん」
「へー、西鄕かあ。ゴルゴ?」
「それは東鄕!」
「あいつも元氣かなー。最近會ってないや」
「ならいーじゃん、尚の事。久々に西鄕さんにそのメガネッ面見せ付けてやりなよ」
「そしたらモテるかなあ」
「もてるもてる」
「必ず絕對?」
「あーうんうん」
「信賞必罰?」
「そうそう、大助花子」
「ならよしともだ!よっしゃー、行くかー。おりゃぁモテてやるぜー」
「よーしその意氣。いい子にしてたらパンダ燒き買ってあげるからね」
「やっぱあさひたん、パンダの肉買いに行く氣なんじゃん……」
「違うって!大判燒きみたいなヤツだよお」
「ご馳走樣でした」
氣が付けばゆうかの丼はキレイさっぱり空っぽだった。彼女はカウンターに丁度八百圓を置いて席を立つ。
「あ、アリガトーねー。また來てね!」
僕は暖簾の向こうに消える後姿を見送る事しか出來ない。
「あー、もうあさひがなんかウルサイからゆうかちゃん歸っちゃったじゃん」
「はいはい。ごめんなさいねー」
「まぁアレだ。土曜はキミのおごりでフレンチ行くんだろ?今日の件はそれでナシにしてやるよ」
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