shooting star,over throw

幾島溫

小説

25,999文字

当時好きだった人が「長編1本書いたらご褒美に一緒に映画(變體村)見に行ってあげる」と云って呉れたので頑張って描いた作品でした。その人との関係は「きんいろワインの日」という話に書いてあります。

★1

なんとなく己の才能を信じていた僕は、高校を卒業すると同時に寫眞の專門學校に入った。僕は自分が天才だと思っていたんだ。しかし入ってみるとそこは、セルフポートレートでしこってドピュッとシャッターを押しつづけていられる程甘くは無く、入學して早々に僕は挫折を味わう事となる。たとえ挫けたって其處に愛が在ればなんとか成ったのかもしれない。だけど僕はそこまでの愛を寫眞に對して持ち合わせていなかった。
デッサンは出來ない、樂器は彈けない、人前に出るのは嫌だ。僕は消去法であの娘(寫眞)の事を選んでいたんだと氣が付いた。その證據にほら、將來の夢を語るクラスメートの姿に違和感ばかり感じていたじゃないか。あの頃は素直に認められなかったけれど、僕は彼らに敗北感と劣等感ばかり味合わされていた。
これ以上此處で過ごす事は精神衞生上大變よろしくない。そう思って、僕は夏休みの閒にロッカーの中から一切を持ち出してカメラから逃げ出した。

「ヘイ、ちんこんかていラーメンいっちょぉ!」
今はこの言葉を言うためだけに僕は生きている。いや、ホントの所はカワイイ女の子がこの言葉を言うのを待っているんだ。
僕は今珍坤家亭というラーメン屋でアルバイトをしている。この仕事は樂ではないけど辛くもない。だって寫眞と違って自分に自身を突きつけられる事がないからね。まぁ湯氣でメガネがすぐ曇っちゃうのだけは勘辨して欲しいけどさ。
「すいませーん!オヤジの頑固なちんこんかていラーメン一つくださああい」
あっ、女の子の聲!やったわーい。
「はいよろこんでー!」
喜び勇んで振り返ると、そこには女子高生が居た。見慣れた顏の。
「えへへっ」
「なんだよ、あさひかよ。はいはい。ちんこかてぇラーメンいっちょね」
「何よう。あたしだったらどうなの?」
彼女が口を尖らせる。
「……わー、嬉しいなー。あさひちゃん來てくれたんだー。何にもサービスしないけどねっ」
「ケチー」
彼女は幼い頃から僕の家の隣に住んでいる。初めて僕があさひに出會った時はお互いロクに挨拶も出來なかった。なぜなら乳幼兒だったのだ。あさひとの關係を『幼馴染』と名付けてしまえば、漫畫の世界の出來事みたいでとても貴重だと思えるけれど實際は、何て言うか
「ねぇねぇルリヲ、明日學校でね、しゃせい大會があるんだ。女子高なのに!なんかドキドキしない?」
「そだね。今日は明日に備えてちゃんと溜めておくんだよ。いっぱいしゃせいしないとね」
こんなヤツだからな。
早くカワイコちゃんに出會いたい。ラーメン屋の油っぽい床を見ながら僕は不毛なことばかり考える。
―ガラッ
扉の開いた音がした。店員としてよく仕込まれている僕は反射的に
「いらっしゃい!」
そう言って振り返ってほんの少し心が搖れた。そこに居たのは大衆的なラーメン屋に似つかわしくないカワイコちゃんだったからだ。カワイコちゃんは紺のブレザーを羽纖って短いプリーツスカートを履いている。そして、肩よりも長い栗毛色の髮が育ちのよさを想像させる。ステキな女子高生ちゃんだねっ。おいキミに一〇〇ポイントあげよう。溜めといて損はないぞ。
「お一人樣ですか?」
むしろ一人であってくれ。僕はマニュアル化されている問いに個人的な祈りを込める。
「はい」
カワイコちゃんは薄く笑みを浮かべてこう答えた。
「お好きな席へドゾー」
店內の込み具合は五分といったところだろうか。客は皆各々の距離感でもってカウンターに座って厨房を取り圍んでいる。ドッキドキのカワイコちゃんはあさひの隣に腰を下ろした。やべー、もっと他の席があるだろう?あさひが隣にいたら個人的なサービスがしにくいじゃんか。とはいえ滅多に來ないカワイコちゃん(その上女子高生)の出現に僕は胸の高鳴りを抑える事ができない。―彼女『珍坤家亭ラーメン』って言ってくれないかなあ。
「すいませーん」
「はいぃっ!」
あぶねっ。期待のあまりもう少しで聲が裏返るところだった。
「チャーシュー丼のハーフを一つ、下さい」
僕は身體を支えている何かが折れるのを感じた。恥も外聞も勞働中だという事も忘れて、床に膝をつくかと思ったが、カワイコちゃんの目の前でそんなこと出來ない。ナケナシのプライドで僕の踵はなんとか地上に踏み留まった。
「かしこまりました」
はあああぁ……もうっ!どうしてカワイイ子ってこうなんだろう。がっつりラーメンも食べなければ『ちんこ』の一つだって口にしてくれない。
僕は自分のつま先に舌打ちを一つ投げ掛けた。

 

2024年8月24日公開 (初出 2006年3月12日 個人同人誌)

© 2024 幾島溫

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