shooting star,over throw

幾島溫

小説

25,999文字

当時好きだった人が「長編1本書いたらご褒美に一緒に映画(變體村)見に行ってあげる」と云って呉れたので頑張って描いた作品でした。その人との関係は「きんいろワインの日」という話に書いてあります。

★14

「いらっしゃい!」
今日も元氣に僕は勞働をする。
「こんにちわ」
店の扉に目を遣ると僕の好きだった女の子が一人佇んでいた。「ゆうかちゃん!今日は何にするのっ?」
アノ言葉を言ってくれないだろうか。期待に僕の胸が踊り出す。
「ラーメンひとつ下さい」
「ラーメンねぇ……、どのラーメンがいいの?」
「じゃぁ、ルリヲさんのオススメはなんですか?」
「『頑固なオヤジのかちんこちんこん家亭ラーメン汁多め』かな」
「じゃぁそれでっ」
ゆうかはにっこり笑った。……あれっ?氣が付けば僕が全部オーダー言ってるよ。畜生、また逃げられた!何時になったらカワイコちゃんの口からこの言葉を聞けるんだろう。僕は天井を仰ぐ。
「ねえねえ、今日はあさひさんまだ來ないんですか?」
「あー、まだだね。でもそろそろ來るんじゃない?」
ゆうかはおしぼりでバナナを作っている。
「ところでさぁ、ゆうかちゃん。今更だけど、キミはどうして僕とあさひの名前を最初から知ってたの?」
「えっ……そんなのヒミツです」
「いいじゃんもう。全部ばれたんだから敎えてよ」
「……仕方ないですね。あさひさんには祕密ですよ」
そう前置きをして彼女はコップの水をひと口飮むと、ゆっくりと語りだした。
「私が初めてあさひさんの事を知ったのは、三年前のテニスの大會でした。姉の應援に來ていた私は、對戰相手のあさひさんを見たその瞬閒戀に落ちてしまったんです。それからずっとずっとあの人の事が好きでした。初めは見ているだけでいいって思っていたんだけど、段々と自分の氣持ちが抑えきれなくなっしまって、個人的に後を尾けたり色々調べたりしました。あさひさんが每日このラーメン屋に來ている事、そこに幼馴染みが働いている事、その幼馴染みと仲がいい事、それからお買物はハラジュクでしていること、最近好きなバンドは……」
「ちょっと待った、ゆうかちゃん。それストーカーって言うんだよ。わかってる?」
「えっ、そうなんですか?私は唯あさひさんが好きなだけなのに」
「あさひの何處がそんなにいいの?」
「えっとぉ、まずカッコイイんですよ。それにオシャレだし。パンクっぽいあの恰好はトウキョウの何處に行ったってあの人より似合う人は居ません。それに小柄でちょーかわいくて、いつも明るいし。でも試合とかイザっていう時にはスゴク凛々しい表情を見せるし……とにかく全部大好きなんですっ」
「わかったわかった……。じゃぁキミはストーキングの結果、初對面にも關わらず僕らの名前を知っていた、ってわけだね」
「アハッ」
ゆうかは言葉を使わずに、笑い聲で答えを返した。また曖昧に可愛く濁しやがって……。チェッ。彼女の眞意を知ってしまった今でも、本人を目の當たりにすると、やっぱり僕の胸の奧はきゅんという音を立ててだらしなく緩んでしまう。
厨房の方では註文の品が出來上がったようで、麵と汁と具がぎっしり詰まった器が目の前に送り出されてきた。僕はそれをゆうかに差し出す。
「はいお待たせ、ちんこ(略)ラーメンだよ」
「ありがとう!」
彼女は嬉しそうに割り箸を二つに割る。
「でもさ、あさひに振られちゃったんでしょ。これからどうするの?」
「どうって?諦めませんよ」
彼女の目に野性が宿った。僕の入り込む餘地はないみたい。
「ってか、私ルリヲさんには絕對負けませんから!」
「えっ、何で?」
「だってあさひさんが好きなのは、ルリヲさんですよ」
「うっそだー!又テキトーな事言って!」
ゆうかが眞劍な眼差しでカウンター越しに僕を見詰めている。
「本當です」
ガラッ。店の扉が開く音がした。
「いらっしゃーい」
反射的にそう言って振り返ると
「すいませーん、ちんこかてぇラーメン下さーい」
見慣れた顏の女子高生、
「あさひさーん。こっち空いてますよぉ」
ゆうかが手を振ってあさひを自分の隣に招いた。
「アリガト」
あさひが隣に來た途端、ゆうかは先刻迄とはまるで違って落ち着きを無くしている。ソワソワと身體を橫に搖らしてはあさひの顏を覗き込む。
そういえばさっき、彼女が言っていた事は本當なんだろうか。あさひが僕の事を好きだなんて。思わずあさひの顏を見詰めてしまう。
「ちょっとルリヲ、何見てんの?」
「え、何でもないっ」
「ヘンなの!」
「そんな事よりホラ、早くラーメン食べなよ」
僕は厨房から送り込まれた出來立てホヤホヤのラーメンをあさひに渡す。
「はい、ちんこビンビンラーメンだよ」
「ビンビンは無いでしょ。へんたーい」
「そういえば、探偵ごっこの時にとった寫眞、現像できましたよ」
ゆうかがカバンの中から寫眞を一枚取り出した。
「見たいっ」
僕とあさひの聲が重なった。そして二人して寫眞がある彼女の手元を覗き込む。そこには全力で笑顏を作るあさひの顏と、寄り添うゆうかの顏が在った。
「あさひさんいい表情で映ってますよね」
「カメラマンの腕がいいからでしょ」
僕は自分で自分を譽める。無論幼馴染みのツッコミを期待して。
「ホントそうだと思うよ。あたしやっぱルリヲの寫眞好きだな」
けれど豫想に反して、彼女の口をついて出たのは譽め言葉だった。
「よせやい、照れるじゃないか」
僕はそう言って彼女達に背を向けた。
ゆうかはあさひに振られても未だ尚走り續けると言った。手に入れるまで諦めないと。彼女にはもう希望もなにも無い筈なのに……いや、そうではないか。そこにはアイが在るのか。
僕が持ち合わせている物は見てのとおり何も無い。强いて言うなら性的欲求くらいだ。ゆうかが居れば何でも出來るような氣がしたけれど、彼女の心は僕の手に這入らなかった。
錯覺だったけれど、彼女を想って街中驅け回ったのはとても氣持ちが良かった。ゲロ吐きそーだったけどね。
これから僕は何處へ向かって走ればいいんだろう。いつものクセでそらを仰ぐと油で黃ばんだ天井が目に入った。それを見ていると、なんだか急に新しいメガネが欲しくなった。そうだ、今度の休みは買物に行こう。僕はなんとなくそんな氣持ちになった。

 

 

 

2024年8月24日公開 (初出 2006年3月12日 個人同人誌)

© 2024 幾島溫

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