★12
「この邊で待ってましょうか」
ゆうかが足を止めたところは、突き當たりを少し曲がったところにある公衆電話のコーナーだった。
氣がつけば僕は身包み剥がされ、パンツとメガネだけの姿になっていた。もしもの事を考えて勝負パンツを履いて來ていてよかった。今はそれだけが救いだと思う。
「ゆうかちゃーん、ちょっと寒いよお」
「大丈夫ですか?きっともう少ししたら、あさひさんが服持って來てくれますよ」
「ってかおれさ、普通にオカシクない?これじゃ變態みたいじゃん!」
「大丈夫ですよ。カッコイイです」
「そうかな?へへっ」
ゆうかは僕の隣にしゃがみ込み、電話臺の陰から時折通路の方を伺っている。
「早くあさひさん來たらいいですねっ」
樂しそうにして居るゆうかの橫で僕は、段々と自分の唇が蒼ざめて行くのを感じていた。寒すぎて乳首びんびんだよ、ゆうかちゃん。その兩手で僕を抱きしめて、そしてキスして暖めて!身體の芯まで、さぁ!
「ねぇ、ルリヲさん」
「はいっ?」
今度こそ來た。僕は體育座りを止めて正座をする。
「運命って信じますか?」
なんだ、愛の告白の件じゃないのか。僕は又少し落膽する。
「運命?そうだね、どうかな。そんなものあるのかなあ。考えた事もないや」
「私は運命ってあると思うんです。總ての出來事や出會いには、偶然なんてことはなくて、みんな必然なんだと思うんです。出會う必要があったから出會えたんだって、そう思うんです」
「じゃぁ、例えば僕たちも?」
ゆうかが肯いた。
「……私ルリヲさんに出會えてよかった」
思考よりも先に細胞が反應した。僕の心臟は激しく脈打つ。ドクンドクンというそのセッションは、中々終わりそうにない。
「ゆうかちゃん、僕もキミと出會えてよかったなって思ってる。運命なんて信じた事もなかったけれど、でもこうして思い出すと僕らが出會った事はきっと必然だったんだろうね。そう思うよ」
僕は彼女の方に向き直り、その橫顏を凝っと見詰めた。勿論乳首は硬く立った儘。
「ルリヲさん、あたし……」
ゆうかが振り向くと僕らの距離は一層縮まった。これだけ近いと二人の顏が重なるのも時閒の問題だと思う。彼女の手が僕の手に觸れた。そして僕は彼女の手を自分の手の中に收める。
―この儘抱きしめてキスを……。
僕は彼女の唇に自分の口を近づけた。パンツだけは脫がないでよかった。下半身は口ほどに物を言うからね。
「ルリヲー、ゆーかちゃん何處ー?」
鼻先が觸れる直前だった。
あさひの聲が聞こえた途端、ゆうかは僕の手を拂い除けた。
「來ましたねっ」
彼女が滿面の笑みを見せた。
「あぁ、そうみたいだね」
さっきまでのスィートモードは何處へやら、急に目が覺めたような空氣に變わった。こんなんじゃ笑顏を繕うにも顏が引き攣るよ。
「ドキドキしますね」
パタンパタンというあさひ特有の足音が段々と大きくなって聞こえる。そしてその音は、僕らが隱れている電話臺の在る角の前でピタっと止った。あさひは僕のズボンを拾い上げてくれたかな。
「ルリヲッ、何服脫ぎ散らかしてんの!」
「わーい、あさひさんだーっ。探偵さん、推理お見事です。犯人グループは降伏します。どうか私を逮捕してくださいっ」
ゆうかが立ち上がって、あさひの前に飛び出して兩手を差し出した。
「ゆうかちゃん、ルリヲに何かヘンなことされてない?大丈夫?」
「ヘンな事って何ですか?」
「襲われたりとか」
「有り得ないですよ」
「あさひー、寒いよお。早く服ちょーだい」
僕はパンツ一枚の儘で立ち上がった。
「何そのカッコ!」
「へくちんっ」
「眞性の變態なんじゃないの?」
「うるさい。おれはお前のために脫いだんだ……へくちんっ」
「ほら、服拾って來たよ」
「ありがと」
僕はあさひから服を受け取ってコソコソと隅の方で身に付けた。なんだか閒男みたいだ。
「それにしてもあさひさん凄いですね!名探偵です」
「いやいや、でも手掛かりあったから超樂勝だったよ」
「でもそれは、あさひさんが才能あるから解けたんですよ」
「え、どんなのだったの?見せて」
僕はあさひから、手掛かりが書いてある紙きれを受け取った。そこにはこんな事が書いてあった。
【ブロオドウヱヰ・ナカノ四階で待ってます ゆうか】
「そのまんまじゃん!」
「そんな事ないですっ!そんな事より、折角だから記念撮影しませんか?」
ゆうかがカバンの中から使い捨てカメラを取り出して僕に差し出した。
「ルリヲさん、撮って貰えますか?」
「いいよ」
カメラを持つのなんて久し振りだな。以前は每日持っていたのに。
昔の戀人に再會したような氣持ちで僕はそれを手に取る。この氣持ちを懷かしいと一言で名付けられたらいいのに。
僕の前に、ゆうかとハンチングを被ったあさひが竝んだ。
「それじゃあいくよ」
ゆうかがあさひに頬を寄せる。
「ハイ、チーズ」
僕はシャッターを切った。
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