shooting star,over throw

幾島溫

小説

25,999文字

当時好きだった人が「長編1本書いたらご褒美に一緒に映画(變體村)見に行ってあげる」と云って呉れたので頑張って描いた作品でした。その人との関係は「きんいろワインの日」という話に書いてあります。

★10

「ルリヲー、ゆうかちゃーん、一體何處にいるのさー」
今頃あさひはこんな風に叫びながら僕らの事を探しているのだろうか。それとも聯絡がつかないから諦めて歸っちゃったかな。それならそれでもいーんだけど。
ゆうかの髮からは仄かに鈴蘭のような香りがする。その匂いを嗅いでいると僕は他のことなんてどうでもよくなってしまうんだ。
―そもそもどうでもよくない物なんて何もないけどね。
「あさひさん遲いですね」
「そだね」
「やっぱりいきなり探せって言っても何の手掛かりもなしじゃ難しかったかなあ」
ゆうかは腕組みをした。そして視線を右上に遣る。
「ねぇルリヲさん。そろそろ『手掛かり』でも落としに行きましょうか」
彼女はそう言って再び持ってきたボストンバックの中を探った。今度は何を出すんだろう。僕はドラえもんを待つのび太のような氣持ちでわくわくしていた。
「じゃーんっ」
彼女がカバンから引き上げたものは、お腹に繃帶を卷いたピンク色のくまのぬいぐるみだった。
「あ、それあさひが好きなやつじゃん」
「フフッ。あさひさんが好きなこのくまを、商店街の眞中に置いとけば必ず拾うと思うんです。私、このお腹の繃帶の中に暗號を仕込みました。これで捕まえに來てくれなくちゃ……」
「成る程!スゲー!ゆうかちゃん、きみ頭いいね。これならバッチリじゃん。あーでも、問題はあさひの智能だよな。あいつ頭弱いからなー。暗號とか解るかなあ」
「何言ってるんですか!あさひさんはほんとは頭良いんですよ!いつもバカなフリをしてるだけなんです。ルリヲさんはあさひさんのテニスの試合觀た事ないんですか?あんなプレーは頭がよくないと出來るわけありませんっ」
「あ、ご、ごめん。おれあんまり觀た事ないんだ。何か頑張ってるみたいだよね。……でもさ、運動は出來ても普段の會話とか聞いてよ。あいつ相當キてるよお」
「もう!何もわかってないんだから。行きますよっ」
「あっ、待って!」
ゆうかはぬいぐるみを持って驅け出した。その後姿を僕は追いかける。っはぁはぁ。ハァハァ。ハァハァ。ぼくはハァハァと走っているつもりだったが氣が付くと、
「ゼェェ……エェ。うぇっ。ちょ、待って、ゆうかちゃん。早いよっ」
ゲロ吐きそうになっていた。彼女はとても足が速い。僕は惜しみなく搖れる、彼女の太腿を見る餘裕すら無かった。
「この邊にしましょっか」
ゆうかは不意に足を止めた。
「あぁ、うぅ……ハァハァ」
僕は鼻から出る汁を拭いながら相槌を打つ。
「商店街の眞中ってだいたいこの邊ですよね?」
「あぁ、うおぅ」
「此處ならきっと一度はあさひさん通りますよね」
「……多分ね」
ようやく呼吸が整ってきた。
「あーっ、ルリヲ、ゆうかちゃん見つけたっ!」
「んっ」
聲の聞こえた方に目を遣ると、前方凡そ五十メートル向こうにあさひの姿が在った。
「來ましたね」
ゆうかが僕にそっと耳打ちをする。そして彼女はあさひに向かって手を振った。
「探偵さーん、あたしたちまだ捕まるわけにはいかないでーす!でもどうしても捕まえたいって言うんなら、詳しいことはこのクマちゃんに聞いて下さーい!そいじゃルリヲさん、行きましょっ」
「あ、あぁ」
ゆうかは再び僕の手を握って走り出した。彼女の小さな手は僕の手を包み込む。この時が永遠に續けばいいのにな。女の子の柔らかい手は僕に至福をもたらすものの、やっぱり彼女の足は速い。
「ッハァ、ハァ。ゆうかちゃん、早いよお。おなかいたい」
「もうちょっと頑張って下さい!あの突き當たりまでですからっ」
そう言ってゆうかは更にペースを上げた。走る、走る僕らはいつものアーケードを。上着を飜し、マフラーをなびかせていつもじゃないみたく走る。
「ダメだ、もぉゲロはきそ……」
相槌の貰えない僕の訴え掛けは宙に浮いた儘。彼女は僕が言った事なんてまるでなかったように、アーケードの突き當たりその奧の建物に入った。
「着いた」
そして僕の手を振り解く。
「あぅ……」
ぼくは目とか鼻とか口とか涎が垂れそうなところを一通り拭う。
「ハイ、お疲れ樣でした。此處が犯人グループのアジトですよ」
ゆうかが僕を連れてきたところは
「ナカノ・ブロードウェイじゃん」
四十年の歷史を持つ僕らの街のショッピングビルだった。店舖は開店前だけどビルの入り口は開いているのだ。
「此處で隱れてあさひさんを待ちましょっ」
ゆうかがそう言って片目を閉じた。

 

2024年8月24日公開 (初出 2006年3月12日 個人同人誌)

© 2024 幾島溫

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