ゴリラに出會ったら

幾島溫

小説

9,362文字

定番ですがゴリラの技として汚いものが投げられますのでご注意の程宜しくお願ひ致します。

工場のみんなで動物園にやって來た。
本當は行きたくなかったけれど。行かないと少數派になってしまって面倒くさそうだったから、しょうがなくやって來た。
ところで私は變態である。
そのことは誰にも言ってない。
社長は多分いい人だ。
だからこうして、遠足のようなものを企劃して、バスを借りて私のようなバイトまで連れて行ってくれるのだ。ちなみに參加費は1000圓。多分お得。
私たちはただお辨當さえ持って行けばよかった。
參加人數はだいたい40名で、バイトの私にはこれが全社員の何割に當たるのか分からないけど、結構な參加率ではないかと思う。夜勤中心の人々や、出荷擔當の人々など、餘り見かけない顏があった。
動物園へは全員で回るわけではなく、幾つかグループに分かれて行くことになった。私のグループは、同じ持ち場のバイト組總勢7名だった。
怪鳥、猛獸、珍獸などを目に映し、キリンの前で「麒麟です」と似てないモノマネをすることを抑えてじっと默ったりしながら、私を含むバイトの7人はベンチやテーブルが集まっている廣場の前に出た。お晝には少し早かったけれど「この先に食べる場所がなかったら困るし」と、植田さんと本山さんが言ったので、それもそうだ、とみんなそれに從う。
お辨當はベンチの上で適當に座って食べることになった。
バイトのメンバーのうち女性は、私、鶴舞さん、川名さん、植田さん、本山さんの5名で、男性は櫻山くんと日比野さんの2名だ。
私は誰かと特別仲良くしている譯ではないので、互いに同じスタンスを取っている鶴舞さんとなんとなく近くで食べる。
わたしのお辨當は全部で、中サイズのプラスチック容器三つ分で、鶴舞さんに「すごい、頑張ったんだね」と微笑まれることで、作り過ぎてしまったことを知る。こういうイベントに餘り參加しないから、適量が分からないというのもあるが、私は外出時の空腹を酷く怖れていて、それで作り過ぎてしまったのだ。
空腹になると、まず情緖不安定になり、次に全身の力が拔け、最後は貧血のように目眩を起こす。
職場の團體行動でそんな事があっては困るし、また空腹の兆しを感じた所でコンビ二へ寄ってもらえる譯もないだろうから、そのことを考えるとついお辨當を作り過ぎてしまった。リスク囘避ってやつだ。
そして當然、お辨當は大量に殘る。頑張っても一個半分が精一杯だった。

滿腹で意識が朦朧とする中、私とみんなは後半の散策へ向かう。
途中、ベテランおばちゃんパート組とすれ違って會釋しつつ、私たちは室內の珍獸や、小動物などを見て回り、次に屋外で象やサイなどを見るとゴリラの前にたどり着いた。

ゴリラたちは山の上や、谷底で思い思いに過ごしていた。
みんなは一齊にゴリラにスマホのカメラを向ける。日比野さんだけはデジイチだった。
物思いに耽るゴリラ、戲れるゴリラ、てっぺんで邊りを見廻すゴリラ、散步するゴリラ……。
川名さんは「わぁ、かわいい♡」と言いながら身を乘り出す。
と、その時、彼女のグレーのパーカーから黑い包みが落ちた。
「あーっ!」
川名さんが叫んで、手を伸ばすけど、黑い袋はゴリラの谷へまっさかさまに轉がり落ちる。
私が見るに、あのパッケージはブラックサンダーだ。
それに氣附いた小柄なゴリラが步いて來る。
「やばいやばい」
川名さんは焦って壁をぺちぺち叩く。
「どうしたの?」
それに氣附いた植田さんと本山さんがスマホを下ろして、川名さんを見る。
「チョコ、落としちゃって……」
川名さんが谷底を指すとゴリラがお菓子を拾って袋を開けようとしている所だった。
「ちょっと……これ、マズいんじゃないの?」
本山さんが深刻なトーンで言う。
「え……」
「だって、ココって勝手に餌上げちゃだめでしょ?」
「あ……」
植田さんは何も言わず、川名さんを見詰めている。
「しかもチョコレートって」
本山さんは言葉を續けた。
「蟲齒になるし、添加物入ってるし、ゴリラには毒だよ」
「……」
「どうするの? 川名さん」
本山さんが川名さんを責めている閒に、もう一頭のゴリラもブラックサンダーに氣附いてゴリラたちは二頭でお菓子を取り合っていた。
「……賴んでみます」
川名さんが呟く。だよねー妥當だよねー。でも私だったらそこまでしないけど。と、腦內で相槌を打っていたら、川名さんが叫びだした。
「すみませ〜んっ! ゴッリラさーん……! ゴリラちゃーん!! そのお菓子、返して下さ〜い♡」
飼育係に「賴んでみます」だと思い込んでいた私は、思わずギョッとして川名さんの顏を視る。
「ちょっと……」
植田さんもびっくりしていた。
「だってゴリラって賢いんですよ。話せばきっと分かってくれますっ!」
自信に滿ちた顏で川名さんが言った。
マジかよ〜川名さん。可愛い寄りのふつーの子だと思っていたのに……。
「おねがーい! そ・れ・あたしの・お・か・し!」
ゴリラは川名さんの聲に反應しない。黑い稻妻に夢中だ。
川名さんは栗色に染めた髮を一つに結んで、ナチュラルな後れ毛がおしゃれ可愛い、そんなふつーの女の子だと思っていたのに。川名さんが着たら、地味な灰色のパーカーも「自然體でかわいい」アイテムになるってのに。そんな「等身大の可愛らしい女の子」っぽかったのに。
彼女はゴリラのことを信じ過ぎている。
「ゴリラさま〜! か・え・し・て、あたしの黑いサンダー!」
人閒の本性は非常時に出る。
私はそう信じているのだが、ゴリラを前にして起きた非常事態が川名さんの本性を露わにしたって事か。
にんげんっておくがふかい。などど、川名さんの魂の叫びがありきたりな言葉へ落ちることに私は不快を覺えるけれど、しょーがない。これが私の人閒としての底の淺さ。
とかいつもの癖でぐだぐだ考えていたら、今度は植田さんの「あーっ!」という叫び聲が聞こえた。
見ると、植田さんの赤いカバーを付けたスマートフォンがゴリラの谷へ向かって轉がっている。
スマホはあっという閒に底へ落ちて、それなりの落下音を響かせた。ブラックサンダーを取り合っていたうちの一頭がそれに氣附いて、驅け寄る。その隙にもう一頭はブラックサンダーの袋を食いちぎる。
「わー!」
川名さん、植田さん、本山さんの三人がそれぞれ叫んだ。
「ちょっと!」「ゴリラ!」「私のスマホ!!」
植田さんは靑い顏でゴリラの谷へ通じる壁をごんごん毆る。
「やめてーっ! 觸らないでーっ!」
と植田さんは叫ぶが、ゴリラはスマホを拾う。
「ちょっと、やめてー! それ、だめ!」
スマホを握ったゴリラが首を傾げる。
「アカンって、マジで! やめて! 離して! 爆發するから!」
植田さんはあらゆる言葉でゴリラからスマホを手放させようとする。
私はバイト仲閒たちの反應が氣になって邊りを見廻すと、鶴舞さんは少し心配そうに三人を見ていて、櫻山くんは少し離れた所の植木の前でお茶を飮んでいて、日比野さんは俯いて肩を震わせていた。多分笑ってる。
平日だからか、お客さんは少なくてゴリラの前には私たちしかいなかった。
「ちっきしょ〜! このクソゴリラ! 人が叮嚀に賴んでるっつーのに! つけあがりやがってよぉ!」
植田さんは低く太い聲でそう言うと、カバンの中からゴミ袋を取り出して、そこから更にチキンの骨を出して「誠意を持って話しても、分からんヤツはもう知らん!!」と言って、ゴリラめがけて投げつけた。
チキンの骨は弧を描いて、ゴリラに向かって落下するが、結局地面に當たってこつーんと小さな音を響かせただけだった。
「植田さん! 何してるの!?」
本山さんが血相を變えて植田さんに詰め寄る。
「だってゴリラが私のスマホを! LINEだって入ってるんだよ!?」
「だからってゴリラに暴力を振るっていいわけじゃ」
「あ〜ん、あたしのサンダーがー……」
川名さんが柵の前でへなへなと崩れ落ちた。
覗くとゴリラはブラックサンダーをむしゃむしゃと食べている所だった。
と、その時、黑い彈丸が植田さんめがけて飛んできた。
「ぎゃーっ!」
植田さんはそれを顏面でキャッチして、そのまま昏倒。
「大丈夫!?」
と言った本山さんの橫顏にも黑い彈丸が飛來して、彼女も昏倒。二人は折り重なって倒れた。
「え? 何?」
と川名さんがきょろきょろして立ち上がろうとする。と、その時、またゴリラの方から黑い彈丸が飛んできたから、
「危ないっ!」
と、隣にいた私は川名さんの肩を抱いて地面に伏せる。
彈丸はひゅんと音を立てて地面にぶつかり、破裂した。
それはゴリラの糞だった。
「こわい……」
川名さんの目が潤んでいる。
「ここから一旦離れよう」私は言うが、「でも、植田さんと本山さんは!?」川名さんが半泣きで私に詰め寄る。
「私たちじゃどうにも出來ないから、係の人を呼んで來よう」
「でも、もし後で植田さんと本山さんを見捨てて逃げたって思われたら、あたし、どうしたら」
川名さんがわたしの腕をぎゅっと握った。
「大丈夫だよ、係の人呼びに行ったって言ったら分かってくれるって」
「でも、係の人って何處にいるの? 何分でここに戾って來れる!?」
「さぁ……?」
「あたしたちが戾ってくる前に植田さんと本山さんが目を覺ましたらどうするの!? あたし、二人を置いて逃げたって思われるじゃん!?」
川名さんが早口でまくしたてる閒にまたも黑いものが、ひゅん、と頭上を追い越していく。
確かに川名さんの言う通りだ。もしもあの二人が勘違いした上に、話も聞いてくれなくて、しかも私が川名さんを煽った事になってしまったら、すごく面倒くさい。こんな所で人閒關係こじらせたくない。
どうしたらいいんだよ〜誰か〜! と私は振り返るが、日比野さんは背中を向けてスマホをいじってるっぽくて、櫻山くんも俯いてスマホをいじっていた。そして鶴舞さんは姿が見えない。
みんなだめじゃん!
「今池さん、どうしよう……」
川名さんが泣きつく。
え〜い。こんな時は一休さんだ!
わたしはしゃがんだまま、人差し指で頭にぐるぐる渦を描くと、考えて見る。
ゴリラが糞を投げるのは、たしか攻擊や威嚇の意味があった筈。
ということは、ゴリラは私たちに對して怒っているのだ。
……そりゃそうだ、植田さんがチキンの骨投げたんだもんな。
だから、ゴリラの投糞を止めさせるためには、ゴリラに威嚇仕返して、ビビらせてやればいい。
「わかったよ、川名さん。まずはあいつらの攻擊を止めようっ」
「え?」
立ち上がった私を川名さんが見上げる。
「そしたら、二人を醫務室とかに連れて行けるでしょ?」
「うんっ♡」
私はゴリラの方を向く。

谷底にいる二頭のゴリラは、植田さんのスマホに夢中で、攻擊しているのは山の上にいるゴリラのようだった。
私はポケットから白い携帶を出す。ガラケーだ。折りたたみ式のそれを開いて縱長にすると、ゴリラへ向ける。
するとゴリラは私の意を察したのか、足下の黑い塊を摑むとオーバースローで投げ付けた。
びゅーん!と眞っ直ぐ飛んできた彈丸を、わたしは携帶の液晶畫面でべちっと打ち落とす。
乾ききってない糞が邊りに飛び散って、私の服やズボンを汚す。
……。
それを見ていたゴリラは、剥き出しの齒をこちらに向けると、また黑いものをびゅっと投げた。
甘いな、止まって見えるぜぇぇっと元ソフトテニス部の私はまたもガラケーでべちっと打ち落とす。
碎ける彈丸と、染まり行く私の服。
……。
少し計算違いだった。
打ち落とすんじゃなくて、打ち返すつもりだった。
そしてあの彈丸がゴリラの顏面でクラッシュ、或いは「ひゅんっ」と頬をかすめるなどして威嚇するつもりだったのだ。
ゴリラはまたUNKOを投げる。私はガラケーを構えて迎擊態勢。變態だと言うことは隱すつもりだから、無自覺に。氣にしない。黑いものを打ち落とす。飛び散るUNKOと川名さんの悲鳴。破片は私の頬をかすめて飛んでいく。子宮がむずむずする。下半身に多幸感。私は汚れていく。
「ねぇ、今池さん! こんなんじゃダメだよ」
川名さんが私の手を引いて、しゃがませる。
「ゴリラのうんこ、無限だよ?」
「えっ?」
中腰で壁と柵の隙閒から山の上のゴリラを見ると、傍らに2mくらいの高さの黑い長いものが立っていた。「ゴリラの傍にあるやつ、あれうんこだよ」「わ……」「さっきからあれ摑んで投げてるけど、全然減らないの。だから、勝ち目ないって」「確かに……」汚れたデニムの裾が目に入る。これが私。
「でももう少しだけ頑張って見るよ」
白い携帶は薄汚れていた。私はそれを握っている。ゴリラのうんこが飛んできた。打ち落とすんじゃなくて、打ち返すんだ。手を下から上へ。うんこは射程圈內。來た。
えーい!
私は携帶を下から思い切り振り上げる。
うんこは携帶の脇を飛んで行き、私の眉閒に飛び込んだ。
結構硬くて痛くて、衝擊で目眩が起こる。うんこはずるずると、鼻筋を通って地面に落ちた。
私は尻をつく。
すごく臭い。きっと汚れてる。顏がうんこで。鏡が見たくて、私は携帶で自撮りをした。ぴろぴろり〜ん。畫面を確かめると、困り顏で笑う汚れた顏の女(21歲)がいた。やだ、今の私、超エロい……。陰核がじんじんするのできっと勃起しているんだと思います。
「うぇ〜ん」
川名さんが泣き出した。パニックになっているみたいだ。櫻山くん(19歲)は仕方無いとして、日比野さん(25歲)は助けてくれてもいいだろう。と周りに少々苛立ちながらも、身體が熱くなっていくし、多分今觸ったらすっごく濡れてると思うし、ゴリラの攻擊はいつ來るかわからないし、さすがに直接の刺戟ナシでイッたことはないから大丈夫だと思うけど、こんなチャンス滅多にないから汚れまくって、後で思い出してオナニーしちゃおう♡つまり今はオカズの仕入れ時♡♡って女でオナニーのことこんなに考えてるなんて私ってやっぱ恥ずかしいよね。しかもこんな性癖。いつか分かってくれる人に出會えたら良いんだけど。あーもう、私は私の事が好きじゃないけど汚れちゃった自分は最高にエロくて可愛いと思ってる。
「植田さーん、本山さーん、起きてぇ」
川名さんが聲を上げる。乳首がじんじんして來て、あっあぁもう、ここで官能を味わい切りたいのに、そんな場合でもないから、あと1回だけうんこと戰ったら、エロい氣分は强制終了しておこうかな、と決意の唇「きゅっ」噛みして、私はヒロイン氣取りで立ち上がった。
ゴリラがうんこの斜塔からうんこを摑む。
背後の街路樹の葉が「ガサッ」と音を立てる。
目の前に人が降り立って「うわああっ!」「ここは私に任せて」振り返ったのは笑顏の鶴舞さんだった。
「えっ!?」
彼女は再びゴリラの方を向くと、は額に手を當てた。焦茶色の長い髮が搖れる。
「昂奮しているのね。大丈夫よ、私が來たからには。やめましょう、こんな爭い」
鶴舞さんが優しい聲でゴリラに語りかける。ゴリラはうんこを摑んだ手を止めた。

その姿を見るが否や、鶴舞さんは「สัปดาห์นี้ ดูเหมือนว่า !」と、ちょっと何言ってるか分かんない叫びと共に、額から閃光を放ち、それでゴリラの黑い斜塔を打ち貫いた。
うんこの塔は粉々に崩れる。するとゴリラが立ち上がり、頭を抱えて、そして吠えた。すると、他のゴリラたちもわらわらと、集まり始める。
「ボスゴリラ?」
川名さんが淚目で私に尋ねるが、私は自分の中で熱が引いていくのを感じていて、その正體を摑もうと言葉を探すのに必死だ。
「ごめんなさい。ずっと祕密にするつもりだったんだけど……」
鶴舞さんが背中を向けたまま呟く。
「實は私、もう一つの世界からやってきた『天空の乙女』なの。私の世界では、人閒たちを司る「社會樹の實」が成らなくなったてしまって、その樹を再生させる術がこの世界にあると知った私が」
「いいよ、大丈夫」鶴舞さんが眞劍な調子で話すから、相槌だけは打っておく。
何で急に私は落ち着いちゃったんだろう? 陰核も乳首も緊張感は殘っているけれど、これは終わり行くもの、枯れ行くもののソレだ。
「『力を持つ者として弱者を助けるのは當然の勉め』とは尊敬するราชาเพลงป๊อปの敎えですが、祕密がばれてしまうとこの工場に居られなくなると思い」
「ん? てか、鶴舞さん、それマジで言ってるんスか?」
「はい、嘘はついていません。これがその證據ですわ」
振り返った鶴舞さんは、前髮を上げて額についた透明な雫型の石を見せた。大きさは3cmくらい。
「インド人なんですか?」
「違いますわ。これは『天空の乙女』にのみ授けられし、エネルギー增幅裝置ですの」
「あっ、あぁ〜なるほどね! りょ〜かいで〜す!」
私は敬禮をした。マジかよー鶴舞さん。シックで大人可愛くて、ベージュの服を上品に着こなす、私の中で『憧れ大人女子ナンバーワン』な存在だったのに。これがギャグにしても思い込みにしてもハイレベルだ。大人になるってそういうことなの?
鶴舞さんの目には迷いが一切なく、澄み切っていて、よく見たら赤福みたいな變わった色をしていた。
「えっと、鶴舞さん、元の世界に歸らなくて大丈夫なの? 早く歸った方がいいんじゃない?」
「いえ、心配には及びませんわ。工場のお仕事でお金を貯めて、それで元の世界には歸ろうと思っていますの」
「えっ!? 圓で歸れるの!?」
「はい、あちらも日本ブームですので」
そうですか〜……と私は微笑むけれど、それは拒絕の微笑みだ。
よくわかんない。鶴舞さんは、天然だ……! ということにしておこう。どっちでもいいんだ。私には關係のないこと。鶴舞さんが異世界から來た天空の乙女であろうがなかろうが、私が工場でバイトしてそいで100萬貯めてこの町を出て一人暮らしするっていう、今後の人生設計に變わりはないのだから。
ニコニコ笑い續ける鶴舞さんから目を反らしたくて、ゴリラの方を見ると、彼らは6頭竝んでみんな糞を片手にこちらを方を向いていた。小さいゴリラ、大きなゴリラ、中くらいのゴリラ……と、私は、左から順にゴリラの顏を視る。齒莖を見せている者、そうではない者、それ以外の顏の違いは分からない。
左から三番目のゴリラが腕を振り上げて、眞っ黑なうんこを宙に放ると、それに續いて、他のゴリラたちも腕を上げ、うんこをぶん投げた。
私は薄汚れた携帶を構える。やばい、まったくときめかないな。うんこが一つ、向かってきてわたしはソレを正確に打ち返す。スパーン! 爽快感が幻聽を生む。うんこは狙い通り、ゴリラへ向かって打ち返される。
二つ目のうんこ到來っ。これもスパーン! わたしは打ち返す、が早いか、三つ目のうんこが私と川名さんの閒に飛來する。スパーンと私は斜めからゴリラへうんこを打ち返した。
上着の裾が搖れ、黑茶の汚れが視界にちらつく。可愛そうで可愛い私……とは思うけど、それは過去の自分の思考パターンから、言葉を紡ぐだけの……そう、私は私のキャラクターを自分のために演じていただけだった。
おかしい、何故だ、昂奮しないのは。
その理由を探すより、昂奮しているフリをする方が、今の自分に取っては樂だ。
文脈の分からない變化は不氣味で、私はきっと不安になる……。
けれど。
思考に身體が奪われたのか、四つ目のうんこを私は打ち損なう。
黑い塊が地面の上で碎けて邊りに飛び散った。
小さな衝擊が頬に走って、それと共に惡臭が一層强くなる。汚いものは汚くて、不快なものは不快だ。
あーっ、もう!
ゴリラに對して怒りがこみ上げる。
「うんこ投げんなー!!」
その聲に呼應したのか、ゴリラが五つ目のうんこを投げた。
うっすら匂う携帶を構える。黑いモノが今までよりゆっくり見える。打てる、絕對に行ける。私は確信を持って、腕を振り上げ、ゴリラ目がけてうんこを打ち返した。
凄い速さでうんこは元來た道を戾って、ゴリラの顏面に當たる。
ゴリラは尻をつき、周りに居た他のゴリラたちが集まる。
うんこを握っていた最後の一頭は地面にうんこを放り捨て、みんな俯いている。けれど、そのうち一番身體の大きなゴリラが立ち上がって、うほぉと低いうなり聲を上げながら、胸をポコポコ叩いた。
「ごめんなさい、さっきの魔法で私の力は盡きました。あとは最終手段に賴るしか……」絕望を滲ませた聲で鶴舞さんが言うのを「いやいや、もう大丈夫だよ。糞投げて來ないし」私は慌てて止める。
すると「あぁ……何……」と氣怠そうな聲が聞こえて、振り返ると「本山さ〜ん!」と川名さんが叫んで「う、うぅ……」と植田さんが起き上がった。
「ちょっと、何これ……?」「臭いし」「えっと……」
と、戶惑う植田さんと本山さんに、黑い彈丸が飛び散る中で私は、泣きべそをかく川名さんの代わりに、大まかに事のあらましを傳える。勿論「天空の乙女」のことは伏せたままで。
「そうだ、思い出した! あたしのスマホ!!」
植田さんがゴリラの方へ身を乘り出そうとするが、私と鶴舞さんは彼女の身體を抑えて「係員に賴みましょう」と止める。
ゴリラはまだぽこぽこ胸を鳴らしている。
「よかった、よかったぁ……」
泣きじゃくる川名さんを本山さんが慰め、怒りそうな植田さんを鶴舞さんが宥めながら、みんなゴリラ舍の裏手の方へ行く。
遠ざかる鶴舞さんが、私に向かって身振り手振りで何かを傳えようとしていたが、さっぱりわからなかった。
ひとまず事が片付いて、私は深呼吸する。
うんこの匂いが鼻を突く。これじゃ、バスに乘れないよなぁ。着替えとか買えるかなぁ。あと、顏も洗いたいし……。とか考えていると「今池さん?」とおじさんに呼ばれる。振り返ると、白髮頭で比較的小柄なおじさんis
社長がいた。
「あっ、す、すいませんっ」
「どうしたんだ? これは」
と、私はまた事のあらましを傳える。「天空の乙女」の部分だけカットして。
「今池さんは凄いなぁ」
社長は豪快に笑った。
「でもこれじゃ、折角の可愛い今池さんが臺無しだね。私と着替えを買いに行こう」
「はいっ!」
社長が私を連れて行った先は園內で最も大きなお土產屋さんだった。
櫻山くんと日比野さんの姿はいつの閒にか見えなくなっていた。
社長は「こんなものしかなかったけど、今池さんは小柄だから大丈夫かな?」と言って、子供用Lサイズのピンク色のパジャマを渡してくれた。胸元にコアラの繪が描いてある。
それと一緖に、オーストラリア產のオーガニックの石けんと、ハンドタオルも買ってくれた。
「ありがとうございます! あの、お幾らでしたか?」
「いいんだよ。高いものじゃないからね。それより今日は樂しかったかい?」
「は、はいっ!!」
「そうか、それならよかった。また明日からもよろしく賴むよ。今池さんはいつも頑張ってくれて有り難いからね」
そう言うと社長は、入退場口の方へ向かって步き出す。
「ありがとうございましたっ!」
わたしは頭を下げる。
この人について行きたいと思った。そしてそのハゲ頭の後ろ姿に抱きつきたくなる。
けれどその氣持ちもすぐ冷めた。私は仕事が大嫌い。
社長はきっと物凄く仕事が出來る人だ。
だってやる氣ゼロの私から一瞬でもフルのやる氣を引きだしたんだもの。
すっげ〜!
これで全部片付いたな、と溜息を吐くと、ふと腦裡にさっきの鶴舞さんの放った光線のことを思い出す。あれって殺傷能力あったよね。鶴舞さんは本當に異世界の住人なんだろうか。
……。
考えても分かることじゃない。
まぁいいや。
私はトイレに向かって驅け出す。

 

 

 

○。おしまい。°

2024年11月15日公開 (初出 2014/10/28 個人ブログ(現存せず))

© 2024 幾島溫

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"ゴリラに出會ったら"へのコメント 2

  • 投稿者 | 2024-11-24 09:45

     旧字の知識が「どこで学んだんろう?」と思う程に豊富な上、文章での使い方が素敵。かと云って物語は現代で有り、例へば尾崎紅葉や泉鏡花などとの融合した令和の作品だと思ひ、大変、愉快に感じました。

    • 投稿者 | 2024-11-25 16:00

      ありがとうございます!迚も嬉しいです。
      子供の頃から大正・昭和初期の文學ばかり讀んで居ましたが、一方「破滅派」的なものが好きな自分も居り、此様な仕上がりになりました。
      光榮な御言葉を頂きハッピーです!

      著者
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