わたしの好きな長谷川さん

幾島溫

小説

1,709文字

ギャルの長谷川さんに戀をするわたしの話。

長谷川さんは長い付け睫毛を瞬かせて私を見詰る。
放課後の教室は静かで、私の声がやけによく響いた。
「何でそんなこと聞くの?」
「いや、別に……何となく気になつちゃつて」
私は長谷川さんのことが知りたい。どんなことだつて。とはさすがに気持ち悪がられそうで言えない。
「あれでしょー、何であんなやつ? とか思つてんでしょ?」
「いや、まぁその……」
漆黒アイライナーで強化された長谷川さんの強烈な目が私を見詰める。逃げられる気がしない。
「うーん……ほら、三年も留年してるじゃん?」
「あ〜。てか、柚依さー、あんた幾島君がマジで三年留年してると思つてんの?」
「違うの?」
「違うよ。幾島君、本当は30年留年してるんだよ」
「へ?」
「幾島君には、10年過ぎるとと9年前に戻る呪いが掛かつてるんだよ。『三歩進んで二歩下がるならまだしも、10年進んで9年戻るとか、俺マジつれぇわ、ぶつとび〜だわ。サンタフェ以来の衝撃だわ』つて言つてよく泣いてるもん。だから幾島君、本当は50歳位だよ」
「うそぉ」
「アイツね、何でも知つてるんだ。それで永遠の生命についても、そのうち教えてくれるんだつて。だからアタシはその日までアイツと付き合うの」
艶やかなピンク色の唇が笑つた。
「大丈夫?」
「大丈夫だよ。だつて嘘だもん」
長谷川さんはあつけらかんと言うと、ゲラゲラ笑う。
「やだもー柚依信じた?」「信じたつていうか、余りにマジトーンだつたから」「ウケる−!」「もー話、上手すぎ−!」「てかこれ、半分は渋谷でもらつたティッシュに書いてあつた話だからね」「マジで−?」「マジ。即捨てたけど」ここでまた彼女はゲラゲラ笑う。「何でそんな話、覚えてんの!?」私も一緒に笑つてる。「だつてさーアタシ、記憶力しか取り柄ないし」「そんなことないつて」「いいよー。だつてさー、記憶力だけで優等生やつてるようなもんだよー?」「確かに!」私たちはまた笑う。そのうち笑つていること自体がおかしくなつて、更に笑つてしまう。
長谷川さんは黒髪ストレートロングで、後ろ姿こそ清楚な優等生だけど、前から見たらクール系のギャルだ。眦のアイラインの跳ねなんて雌豹そのものだけど、よく見ると目が優しくて、私はそういう所が大好きだ。
幾島君は気付いているのだろうか。
「はぁ……」
ひとしきり笑うと、長谷川さんは息を吐く。
私はやつぱり気になるから、もう一度聞いてみる。
「本当は何で付き合つてるの?」
長谷川さんは口を小さく開けたままで私を見る。夕日が彼女の顔に影を作つた。
「う〜ん、まだ聞く?」
「いいじゃん、教えてよー」冗談つぽくなるように、私はへらりと笑う。
「てか、そんなの理由なんかどうだつてよくない? だつて、本当の理由言つたつて、柚依、多分理解出来ないよ」
「そんなことないつて」
「そうかな〜。じゃぁ言うけどさー。……アタシが幾島君と付き合つてるのは、アタシが幾島君を好きで、幾島君もアタシを好きで、一緒にえつちすると気持ちいいし、一緒にラーメン食べたり、マック食べたてると自分のペースで食べれるし、電話とかしょーもないしつまんない話ばつかだけど、聞いてるだけで幸せなんだよ」
何だよ、それつて。私の目が死んでいく。長谷川さんに気付かれたくないな。
「さつきのさー、10年進んで9年戻る話とか、あれもう半分は幾島君の話。あんな話、5時間くらいするんだよ? マジつまんないでしょ。だけどさ、うんうん言つてるだけでアタシ、幸せだからさ。そんなのつて全然意味わかんないでしょ? 私だつて何で好きなのかわかんないもん」
長谷川さんは困つたような、照れているような顔で笑つた。こんなかわいい長谷川さんは初めて見た。
こういう笑顔にさせるのが幾島君なら、これ以上私が何かをすることは出来ない。そう悟る。
卒業式に長谷川さんに気持ちを伝えるのは止めた。
私が好きだと告白したところで、彼女を困らせるだけだろう。
「そつか。……そうだね。全然意味わかんないねつ」
私も笑う。無理に笑つたから、眉が加藤ミリヤみたいになつてたと思う。
「あー。もう、何でだろ、柚依といるとちょう笑つてばつかなんだけど!」
「私もだよ」
そう言い合うと、私たちはまた笑つた。

 

2024年7月12日公開 (初出 2014/10/29 個人ブログ(現存せず))

© 2024 幾島溫

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