”あなたのつくったコンテンツはお客様を元気にしていますか?
推しからもらった元気にはお客様を元気にするコンテンツをつくることで貢ぎましょう。もしもお客様を元気にできるコンテンツにまで育てることができたならそのコンテンツはあなたへのギフトとなるでしょう。“
れいの参加している「参加型大衆市場ギフト」のキャッチコピーだ。「参加型大衆市場ギフト」とは数年前にシャビとトネというふたりの男性が始めたマルシェのようなイベントでいまでは同じような仕組みのイベントが世界中に拡がっている。「ギフト」と従来のマルシェのいちばんの違いは提供される商品やサービスがすべて無料というところだ。”お金から解放された経済を“という思想のもとつくられたらしいが出店者からはしっかり高額のテナント料金を取っているので”ふたりはがっぽり稼いでいるはずだ“とSNS ではいつも叩かれているがそれでも出店したいという申し込みは後を絶たず月に一度のイベントは毎回大盛況で「ギフト」を模倣したイベントも合わせると連日のように地球上のあちらこちらで”参加型大衆市場“は開催されている。
れいの出店している「ホットテリトリー」では”参加型大衆酒場“と銘打って希望する男性客を女装させて接客させている。カウンターのなかにはスタッフにだけ見えるように”お客様は神様です“と書かれた張り紙がしてある。
だいちゃんがいなくなってからの「ホットテリトリー」はお店の雰囲気もがらりと変わり深夜0時を回るとお客さんの女の子たちがカウンターの上に立ち歌やダンスのパフォーマンスを披露するショーパブの様相を呈するようになっていた。その賑わいに釣られるようにお客さんがお客さんを呼び今夜も大繁盛している。
「ねえねえママ。ビールくれる。」
カウンターの上で汗だくになったタイラーがれいから手渡されたビールを片手に大声で叫んだ。
「この店でアルコール以外の注文はお断りだってのはみんな知ってるよねえ!」
空いているもう片方の手を左耳にあてがい客たちにレスポンスを促している。
「あったりめえだー!!」
言葉は乱暴だが客たちはタイラーのコールに従順に応える。
「そこでミネラルウォーター飲んでる新人のオカマ野郎!ステージにあがってきやがれ!」
タイラーの威勢のいい啖呵がアキに浴びせかけられた。ミネラルウォーターのボトルをアキは急いで背中に隠したが数人の客たちに担がれるようにしてカウンターの上に乗せられた。
「お前らオカマをしっかり掴んどけ!」
四つん這いの姿勢で押さえ込まれたアキのパンツを乱暴にずり下ろすとタイラーは片方の口角を持ち上げて笑いながらアナルにテキーラのボトルを捩じ込みアキの耳元で内緒ばなしでもするように囁いた。
「酒も客も飲まないことにははじまんないよ。」
まだ半分以上残っていたテキーラをアキのアナルが飲み干すと穴から液体が溢れ出さないようにタイラーはコルクの栓を突っ込んだ。腸の粘膜から直接吸収されたアルコールはあっというまに全身を巡りアキは急性アルコール中毒で病院に担ぎ込まれた。
目が覚めるとそこは出口も入口もないあたり一面まっ白の壁と床に覆われた部屋だった。そして目を瞑るという行為ができなくなっていることに気が付き手で目蓋に触れようとして目蓋がないことに気付き同時に手もないことに気付いた。アキは自分が一介の膜のような存在になってしまっている事実に気がついた。しかしそれはアキにとって受け入れがたい状況などではなくむしろ”もともとからこうであった“というふうな至極当たり前のものとして感じられた。
どれくらいの時間が経ったのだろう。いやそもそも時間など存在していたのだろうか。そんなことを取り留めもなく考えていると部屋の中央にいつのまにか球体のビジョンが現れていた。そしてその球体のビジョンに向かって部屋中埋め尽くすほど大量の尻尾のついた種のようなビジョンが空中を泳ぎ回るようにして引き寄せられ始めた。球は種を一匹だけ飲み込むと変態を始めた。球を包み込んだ膜のなかで何やらゼリー状の柔らかい質感のものが分裂をおこない出したのだ。1つが2つに。2つが4つに。4つが8つに。見る見るうちに数えきれないほどのピースでできたパズルのようになった球体は中央にくぼみをつくりぐるぐると回転しながらくぼみをどんどんと両端から深くしてゆきついには穴を貫通させてしまった。ドーナツ状になった元球体はなおも回転を続けている。
タイラーは中学生のころからアニヲタで腐女子だった。繊細で感受性の強い自分のこころを満たしてくれるアニメの世界に拠り所をつくることでリア充たちの世界と住み分けをしていた。
地元の徳島を離れ専門学校に通うころになるとバイトで稼いだお金をすべてホストに貢ぐようになった。心酔していたホストに騙されまたアニメの世界に戻ろうかと思っていたときに「ホットテリトリー」のだいちゃんの”お返しサービス“を受けることでタイラーのなかで何かが発酵した。
受動的にサービスを喰わされていた立場から能動的にサービスを喰わせる立場になりいまでは能動的に喰いにいく立場に変態している。
「関係そのものに主体はあるのよ。立場は常に相互依存的に成立してて自立なんてものは存在しないわ。対象に執着することを依存的だと考える人は多いけど自分が何に執着するのかを見つめることからしか人は幸せになれないものよ。なんちゃって。」
だいちゃんに”お返し“の平手打ちをもらったあと帰り際に掛けられた言葉だ。そのときは何のことだかさっぱりわからなかったが今は少しだけ理解できるようになったとタイラーは思っている。
ボクは夢を見ているのだろうか。しかしとても夢とは思えないほど意識はクリアだ。試しに声を出してみたがもちろん口も喉も声帯もないので自分の声は聞こえない。すると”聞く“という行為を思い浮かべたからだろうか何やら音らしいものがあることに気がついた。バイブレーターの振動音のようなものが微かに聞こえる。振動音はまるでしゃっくりのように一定のパターンのリズムを刻んでいるようだ。ないはずの耳を澄ませているとリズムのピッチはだんだんと短くなりついにひとつに繋がった。すると重力から解放されたようにないはずの体が回転を始め上下左右の方向感覚が無くなった。どこまでも上昇したかとおもうとどこまでも下降した。気がつくとアキは部屋から飛び出し上空を漂っていた。
「ああ自由だ。」
声がもどってきた。自分の声を聞くことができたことをきっかけに名前を呼ばれると壺に吸い込まれる魔人のようにものすごい力で地上に引っ張られ気がつくとアキは病室のベッドで目を覚ましていた。
「あんたよっぽどいい夢見てたみたいね。」
ベッドの傍らからタイラーの声が聞こえた。
「うん。素晴らしい夢だったよ。」
「あんたの見てた夢わたしも食べてみたいわ。」
「いいよ。ぼくもきみに分けてあげたい。」
タイラーはベッドに潜り込むと恥ずかしそうにアキの目を覗き込んだ。体もすこしふるえているようだ。アキはやさしくタイラーの手を握るとそっと口唇を重ね合わせた。それだけでタイラーは敏感に反応し電気が走ったように痙攣している。
「すごいわ。こんなのはじめてよ。」
「呼吸をぼくに合わせて。」
羽が生えている。喩えでもなんでもなくいまわたしの肩甲骨から二枚の羽が生えていることをタイラーは確信できた。
飛べるだろうか?飛んでみたい!そう思ったとき何かが回転しているような音が聞こえてきた。
オクターブが上がった。
タイラーは回転するドーナツと一体になっていた。いままで体験したことのない圧倒的な一体感だ。でもなぜか懐かしいような気もする。涙が溢れだして止まらなくなり空間が涙の泡で埋めつくされた。そして泡から泡へとなにかがぴょんぴょん飛び跳ねて移動している。
「わたしたちだ。」
たれかがドアをノックしている。その音でタイラーは我に還った。
れいが病室に入ってきた。
「あんたたちご馳走を食べてきたみたいね。ご馳走はお祭りの日にだけギフトとして頂くものよ。」
めいじは激しい射精を終えたあと少し眠ってしまっていたみたいだ。
「子宮がずいぶん賑やかよ。」
立派なおしりをもった長い栗色のカーリーヘアの女性がめいじのとなりで目をパチクリさせながらいたずらっぽく微笑みを浮かべていた。
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