家の裏庭、いつも遊ぶ裏庭へ行くウィーニー、緑が生い茂る小さな丘のてっぺんに、昨日なかったはずの『黒い穴』が空いてあるのが見えた。
ウィーニーは伸ばしかけた首を引っ込め家に向かって駆け出した。
ウィーニーは、家の奥で猟銃の掃除をしている、コムッシュおじいさんを呼びました。釣られてお台所に立っていたサラケッツおばあさんも裏庭に出てきた。
コムッシュおじいさんは、丸く突き出たお腹を苦しそうに地面に押し付け、穴の中を片方の目で覗いた。
「ワア! これはたいへん」
と言って頭を空に突き上げ尻餅をついた。
「中には何があったのか!」
ウィーニーがおじいさんに聞くと、
「なにもねぇよ!」
鋭く怒鳴る。無機質なハ虫類が顔を動かさず伸縮する舌で蝿を取る唐突さで。
ウィーニーはズボンの裾から出たくるぶしがすうすうと冷える事を思い出す。
風が、あの穴に向かって入っているんだ。その空気は穴を中心に強烈に吸引されている訳ではなく、生い茂る雑草が常にそよぐ程度に吸い込まれていた。
「これじゃあ、大気中の空気が無くなっちゃう!」
僕は焦燥に目の前が真っ暗になり、気づけば穴の周りを頭を抱えて飛び回っていた。
おじいさんとおばあさんは佇んで穴を凝視すとおもむろに立ち上がり、すぐに家のなかからいろんなものを抱えて持ってきた。
サラケッツおばあさんは、ガラクタの山からひょっこり覗かせている顔ににっこりと微笑みを浮かべながらやって来た。
コムッシュおじいさんは
「これっワどう。あれっワどう。」
と言いながら、籠一杯どころではないほど積んだガラクタのなかから、穴の直径を覆えるほどのものを一つずつ取り出しては、被せてゆく。
「これっワどうかしら?」
サラケッツおばあさんは、空の硝子瓶を口の方から嵌めました。
「ぱかっ、これじゃあ穴の中が丸見えだ!」
気づいたら遠いところから見守っていたウィーニーは言いました。
いかめしい顔でいるおじいさんは穴から目を離さずガラクタを手に取っていは被せる動作を続けてる。
「穴のなかはどうなってるの?」
ウィーニーは穴へにじりよった
「何もない、あったとしても子どもが文房具屋で売っているクレヨンで表現できる薄っぺらさだ。」
おじいさんは真剣な顔だった。
「そんなわけないでしょう、張り倒すぞ!」
ウィーニーは怒った。地球に直結した穴なのだから、荘厳さ、無休の静寂さ、えもいわれぬ風景があるはずだから。
でも、ウィーニーは穴を覗けなかった。自分で穴を覗こうとすると、首に縄がしまったような苦しさを感じるのだ。
サラケッツおばあさんはおもむろに昼食を作り始めた。バスケットから食パンとブルーベリージャムを取り出す。
ウィーニーは膝元の草をむしって、穴をなるべく見ないように草を貯めた拳を持っていった。
吸引は緩やかで虫一匹引き込まないこの穴に、草を落としたらどうなるだろうと思った。
するとおじいさんはウィーニーの小さな鼻に手刀をお見舞いした。ウィーニーは顔が潰れて首が揺らぎ後方へ飛んでいった。
丘の下まで体が転がっていく。
そして、片腹を抑えながら上体を起こす。驚いてなにも言えないウィーニーを、見下ろしながらおじいさんは言った。
「多分、彼は空気以外のものしか食べたくないんじゃよ」
「な、なぜ……」
「空気以外は虫けらだからかのお」
おじいさん、やけに諦観した顔だね。ウィーニーは立ち上がりながら笑っていた。
サラケッツおばあさんは途端に作っていたジャムトーストを穴に叩きつけた。
「出来ました!」
ウィーニーが再び丘を登るまで、くるぶしを過ぎていた風が止むのが分かった。
四角形の柔らかいトーストが、丘のてっぺんに張り付いてあった。
「ウィーニー、お昼ごはんにしませんか?」
座っているおばあさんは僕たちの分のジャムトーストも用意し、みんなに笑いかける。
僕たち3人は、丘の上に座ってお昼ごはんを食べながら、雲が流れる空を見た。
穴は完全に塞がったようだった。しかし食パンを口と鼻に当てても呼吸は出来るような。
それなのに風は止んでい……
いや、食パンの隙間程度の吸引なら気づかないだけか。
その程度の微細な空気の動きなんて、僕らの人間の肌じゃわからない。
ウィーニーは悔しくなった。心底人生が自分のものであるうちの自由のなさを痛感した。
今すぐに人間の器を置いて、この魂、羽ばたかせたい。
おじいさんとおばあさんに涙が滲んだ顔を見られたくなくて空を見上げた。
あれだけ穴を密閉したがっていたのはなんだったのだろう。
もういっそ、この地球の表面にあるもの、僕ら以外、全部流して落とし込んでほしかった。もっともっと無力さの刃が胸に突き刺さってほしかった。
どれもこれも願望でしかないが、家も教会も家畜も全部、本当はこの穴に吸い込まれてしまえばいい。
そうすれば、焦土と化した世界に見るものは絶望しかない、残されたのは青く照り輝く蒼。
そしてまたもやこの空の美しさに魅せられ、僕らは神がやって来たと間違える。
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