●侵入
「今日はどうしたね?」
夕食を取りながらタンジーが訊ねた。イルカに出会ってから、サラは何処か上の空だった。
「いいえ、何でもないわ」
「そうかね? 今日も街へ行ったんだろう? どうだった?」
「え、そうね……お洋服を見たり、アクセサリーを見たりしてきたわ」
「そうか……。楽しんだかね?」
「ええ」
夕食を終え、ベッドの上で寝室で本を読んでいると、タンジーがやって来た。
「サラ……」
タンジーはベッドへ上がり込んでサラを抱き締めると、キスをする。
「い、嫌……」
サラは抵抗してタンジーを手で押し退けた。
「サラ……一体今日はどうしたんだ?」
「別に……ただ、今日はそんな気になれないの」
「そうかね……何だか今日はおかしいぞ?」
「そうかしら? 女っていうのは、時々おかしくなるものよ」
「ふむ……まあ良い。じゃあ、今日は大人しく引き上げるよ」
タンジーはそう言って笑うと、自分の部屋へ戻って行った。ホッと胸を撫で下ろすサラ。イルカに出会ってからは、もうタンジーに抱かれるのは嫌だった。サラはこれから、ずっとタンジーの求愛をかわしきれるだろうか? と不安になった。
それからというもの、サラはずっとタンジーを拒み続けた。タンジーは時に無理やりサラを犯そうとしたが、その度にサラは必死に抵抗して、難を逃れた。サラは葛藤し続けた。このままタンジーの元に居たのでは、イルカへの思いを胸にしまったまま、ずっと悩む事になる……明日は思い切って家を飛び出し、イルカの元へ逃げ出そうか? そんな事を考えたが、すぐに連れ戻されるのは分かりきっている。サラがタンジーの奥方だという事は、今や町中の者が知っているのだ。サラは泣きながら眠りに着いた。
翌日も、サラは部屋で独り、悶々としていた。だが独りでこうしていても埒が明かない。サラはカイリを呼びつけた。
「はい、奥様」
「カイリ……その……」
「何なりとお申し付け下さい。私は奥様の下僕でございます」
「いえ、そうではないのよ。先日会ったイルカだけどね」
「はい」
「貴方も見ていたと思うけど、私彼を愛しているの……子供の頃からよ。もし、私がこの家を逃げ出して、あの人の元へ行ったら……そしたらどうなるかしら?」
「奥様。恐らく旦那様はあらゆる手を尽くして、奥様を探しだし、お屋敷へ連れ戻すでしょう」
サラはフーッと溜め息を付くと、ベッドへ突っ伏した。
「そう……そうよね……」
サラは泣き出した。一度涙が流れると、止めどなく涙は溢れてきた。
「奥様……」
「ありがとう。下がって良いわよ」
「……はい。失礼します」
夜になり、食堂のテーブルに着いたサラの表情は暗かった。
「この間から、一体どうしたのかね?」
タンジーはグラスをテーブルに置くと訊ねた。
「……いいえ、何でもないわ」
「そうは言っても、何だか暗いし、やはりこの間から変だぞ。この間何か合ったのかね?」
「何でもないって言ってるでしょう!」
サラはテーブルを叩くと食堂を飛び出した。タンジーが慌てて後を追う。
「付いてこないで!」
サラはそのまま階段を掛け上がると、部屋へ籠った。
タンジーは食堂へ戻ると、カイリを呼び出した。
「この間、奥様に何か合ったのかね?」
「……いいえ、特に何もございません」
「そうか……あの日はどうして過ごしたのかな?」
「はい。奥様の買い物に付き合いました。奥様はお洋服を選んだり、アクセサリーを見たりなさっていました」
「そうか……何か変わった事は無かったんだな?」
「はい、旦那様」
「ふむ……下がって良いぞ」
「はい。失礼します」
カイリが引き下がったその時である。
ガチャーン!
窓が割れる音がした。割れた窓から男が侵入して来た。召し使い達が遮ろうとするのを男は巧みにかわして食堂へと入って来た。
「な、何だ! お前は!」
タンジーが叫ぶと同時に、男はタンジーへ体当たりする。
「ウッ!」
タンジーが呻いて床に崩れ落ちた。男はナイフでタンジーの腹をひと突きしたのだった。
「旦那様!」
執事が駆け寄ろうとするのを男は静止した。
「近付いてみろ、お前も同じ目に会うぞ!」
そう叫ぶと、男は今度はタンジーの胸にナイフを刺した。床に敷かれた絨毯が血で染まってゆく。
「だ、誰か!」
執事が叫ぶ。カイリが食堂へ入って来た。カイリは男を見た。イルカだ。
「おい! お前も近付くな!」
イルカが叫んだ。
「イルカ!」
騒ぎを聞き付けて降りてきたサラがイルカを見て叫ぶ。カウンターに置かれていた食事用のナイフを持ってイルカに近付こうとする執事を、カイリが静止した。
「サラ……」
「どうして? 私のため?」
「それもあるが……実は……」
イルカはポツリポツリと話し始めた。
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