パック詰め

合評会2017年06月応募作品

朽葉ノイズ

小説

1,736文字

破滅派合評会6月分参加作品です。初参加なので、よろしくお願いします!

僕を見ているこの僕は、僕なのだろうか。
まわりの人間がみんな、豚に見える。
僕は僕が見えていないんじゃないのか。
だって、みんながアレゴリーじゃなく、普通に、現実的に、豚に見えるのだから。

 

朝起きて、洗面所で顔を洗ってパジャマのままリビングルームへ行くと、家族がみんな豚の姿をしていた。
「よぉ、今日は早起きだな、カイト。ぶひっひっひ」
鼻を鳴らして父親の声で豚が笑う。椅子に座って、蹄で新聞を掴んで読んでいる。
蹄って、新聞掴めないだろ。てか、豚って新聞読めるのか。
「あらぁ、お父さん、カイトだって早起きすることあるわよね。今日は学校で理科の研修があるんだって?」
母親豚がキッチンから朝ご飯を運んでくる。
白米、味噌汁、漬け物、納豆、卵焼き。
いつもの朝食だ。
「ぶひっひっひっひ」
「ぶーひひひひ、ぶひ」
両親豚は二足歩行で歩く。服は着ている。
垂れ流されるテレビのニュースからは、
「今日は、晴れ、時々豚、なーんちゃって」
と、児童文学ネタのギャグを飛ばしながらお天気な男性が今日の天気を読み上げる。
テレビの言葉を無視して、部屋に戻って着替える。
胸くそ悪い。
「行ってきます」
「気をつけるぶひよ!」

 

 

玄関から外に出ると、みんな豚だった。
学校に着いても、クラスメイトも先生もみんな豚だった。
嫌な予感はしていた。
今日の理科の研修は、屠殺業者のひとに、豚の姿を見せてもらう、というものだった。
その嫌な予感がどう当たったかというと、屠殺業者の連れてきた豚は、豚じゃなくて人間だった、ということだ。
首輪をつけられた、全裸の少女。まだ産毛しか生えていない、低年齢であろうその四つん這いの姿は、あどけなかった。
業者が少女をひもで引っ張る。首輪に引きずられ、クラスメイトたちの前にその裸体を少女はさらす。
羞恥に顔を赤らめる少女。
食い入るように見るクラスメイトの豚たち。
「名前は竹ちゃんって言うんだぶひ。竹ちゃんは、手塩にかけて育てた家畜。でも、家畜が食卓に並べられるまでには、様々な行程がありますぶひ」

 

そして僕の予想通り、マイクロバスで屠殺場へ。

 

業者のひとは手慣れた動作で、棍棒で後頭部を一撃。女の子、竹ちゃんは気を失った。
そこに何発も棍棒を撃ち込む。
息をする上下運動がなくなって、死亡を確認してから、業者は少女を仰向けにし、すーーーーっと、包丁で切り込みを入れる。
血はあまりでない。プロの技術なのだろうか。
そして皮をはぐと、内臓を取り出し、サポートの豚と一緒に腑分けしていく。

「すげぇ、すげぇぶひ!」
「いやぁ、キモいぶひ」
クラスメイトたちが口々に感想を述べる。

「さぁ、これがスーパーに並んで、それを買って調理して、みんなの栄養になるんだよ」
パック詰めされた、少女の亡骸。
僕はやっと吐き気がした。
人間の女の子を豚が解体している。
これは見ちゃいけなかった解体ショーだろう。気持ち悪い……。

「……先生、僕、ちょっとトイレに行ってきます」
「わかったぶひ」
「おええええぇぇぇェェェ……」
胃の中のものを戻して、便器に水を流す。
個室のドアを開けると、そこには屠殺業者の人間がいた。
「僕ぅ、吐いちゃったぶひね。刺激、強かった?」
「……は、はい」
「でも。……泣かなかったぶひね、君」
「え?」
「人間の女の子が解体されるところを見ても、〈人間〉の君はなんともなかったんだね、って言っているぶひよ!」
「に、人間……? だって、みんな人間なんでしょ」
「我々が二足歩行で、人間の言語をしゃべっていて、少女は全裸で四つん這いで、家畜だったから。だから君は我々を、家畜と入れ替わった豚と人間、という風に見ていたわけだぶひ」
「はい」
「だが、君はどうだ? 君は二足歩行の、人間の言語をしゃべる、〈人間〉なんじゃないかね? ぶひひひひ、ひ。君だけが、〈ここ〉では、入れ替わっていない。鏡を見なかったようぶひね。……君は人間なんだ。そして、〈ここ〉にいるおれたちは、人間が〈食べたい〉ぶひよ」
業者がいつの間にか持っていた包丁がきらりと光る。
「ぶひひひ。今日の夕餉が楽しみだ、さよなら、人間」
生きていながら刻まれる僕の身体から流れる血液は熱く。
それは理不尽なまでに迸った。

 

 

〈了〉

2017年6月15日公開

© 2017 朽葉ノイズ

これはの応募作品です。
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"パック詰め"へのコメント 6

  • 投稿者 | 2017-06-16 23:50

    ショートショート風にまとまっているものの、人間関係の掘り下げが浅い。例えば、主人公と竹ちゃんを知り合い同士にすれば、解体シーンにおける主人公の動揺にもっとドラマを加味することができたと思う。そもそも豚の群れの中で唯一の人間である主人公を目にして、竹ちゃんは助けを求めたりしないのだろうか?

    オチにしても、家族の朝食のシーンで何か伏線がほしかった。両親と主人公の関係をもう少し踏み込んで描けば、それも可能になったのでは?

    • 投稿者 | 2017-06-17 00:14

      貴重なご意見、ありがとうございます! 僕自身、人物、ストーリー等、平坦で薄い(俗語で言うなら『ペラい』)こと自体はわかるものの、じゃあどうすればそこから抜け出せるのかがわかりませんでした。でも、コメントをいただいて、どこを「まず」考えねばならないかの糸口が掴めたように思います。ありがとうございます。今度書くときに参考にさせてもらいます!

      著者
  • ゲスト | 2017-06-18 07:08

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    • 投稿者 | 2017-06-19 23:04

      コメントありがとうございます!読みやすいような軽さで書いたので、それが伝わってとても嬉しいです。
       ご指摘の通り、書き足りていないです。今度書くときは、もっと書き込んでいきたいと思います(テーマがテーマだっただけに、描写細かくするととげとげしくなるかな、と躊躇してしまった部分もあります。が、みなさん、表現力の高い文章を書いてますので、僕もそれに倣い、しっかり真っ正面から挑もうと思います)。

      著者
  • 編集者 | 2017-06-22 18:00

    豚ならではの描写がもう少し欲しい。語尾や体制やギャグだけではなく、この分量ならもう少し豚の社会を書いても良いのではないか。
    例えば屠殺の描写、殺される描写、豚がやるのならもっと生々しくても良いかも知れない。

    • 投稿者 | 2017-06-30 00:39

      遅れましたがコメントありがとうございます!ご指摘の通り、作品中、すべてにおいて描写が足りなかったと痛感しています。
      「生々しく」!……不勉強で破滅派についてわからない部分があったのですが、生々しい描写も許される媒体なのだ、と知りました。サイトによっては描写の残酷さ、そして「公序良俗に反する」という理由により削除されたことがあり、あまりやってはいけないのかな、と思っていたのですが、許されるのならばその範囲内で、今度からは描写力を鍛えて望みたいと思っています。最初はうまくいくかわかりませんが、頑張ります!

      著者
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