男はパソコンの前で考え込んでいた。今まで彼女との同棲生活は上手く行っていたし、新しい仕事も初めて、少しずつ慣れてきているところだ。
「どうした、なんか分からないところでもあるのか。」
仕事の上司が彼の後ろから声を掛けてきた。
「いえ、なんでもありません。」
私生活のことを上司に相談するわけにはいかないし、なにより入りたてだ。そんなことをして不真面目な奴だと思われてしまったら、せっかく見つけた仕事なのに台無しになってしまう。
男は彼女との同棲生活について悩んでいた。彼女はとても良い人で、男が社会復帰するために慰めたり、時には厳しい言葉で背中を押してくれた。仕事をはじめてからも喧嘩は無く、このまま順調にいけばプロポーズしようとも考えていたのだ。
しかし、最近仕事終わりに家に帰るといないこと多くなってきていた。男が部屋でしばらく待っていると、彼女がエプロン姿のまま帰ってきて夕飯の支度を始める。最初は買い物かなんかだと思っていたが、日に日に帰って来る時間が遅くなる。最近では、男が寝るまで帰ってこなくなり、朝に目を覚ますと彼女がいつも通り朝食の支度をしているのだ。
新しい仕事を始めた関係もあり、ここ数日は彼女と朝起きてから家に出るまでの時間しか会っていないのである。
さすがに不審に思った男は今日の夜、高校時代の友人に相談することにした。さっさと仕事を切り上げ足早に待ち合わせ場所まで向かった。十分ほど待つと後ろから声を掛けられた。
「おう、久しぶり。」
「遠いのに悪いね。メールで相談しても良かったんだが、少し込み入った話なので直接話したいんだ。」
「まぁ気にするなよ。近くの飲み屋にでも入って飲みながら話そうじゃないか。」
二人は近くの居酒屋に入って高校時代の話や、他の友人の近況について話した。昔の話を一通りした後、友人が男に聞いた。
「いろいろと盛り上がったところで、本題について聞こうじゃないか。」
「ああ、それなんだが……」
男は今まであったことを一通り友人に打ち明けた。
「なるほどねぇ。君も察しはついているだろうが、外で他の男と会っている、という線が濃厚なんじゃないかい。」
「やっぱりそうか。」
男が落ち込んでいると、友人が提案をした。
「俺の知り合いに探偵をしているやつがいるんだがな、どうだい、そいつに調べてもらうっていうのは。結婚していないから大袈裟かと思うかもしれんが、君の大切な時期を支えてくれた彼女だ。結婚も考えているんだろう。」
確かに大袈裟だとは思ったが、勝手な憶測だけで彼女を責める訳にもいかない。
「そうだな。俺は仕事で昼間は身動きできないし、君の言う通り大切な彼女だ。それじゃあ、頼んでも良いかな。」
男がそういうと友人は鞄から紙とペンを取り出し、探偵事務所の住所と電話番号を書いて男に渡した。
「今度の日曜日にでも行ってみると良い。探偵には事前に友人が行くことを話しておくからさ。」
「ああ、行ってみるよ。」
二人はしばらく酒を飲んだ後、駅で別れた。
数日後の日曜日、男は友人に教えてもらった探偵事務所の前に来ていた。彼女を疑うようなことはなるべくしたくないが、このまま放っておくと取り返しのならないことになってしまうのではないか。そう思った男は探偵事務所のドアノブを力強く握り扉を開けた。そこはお世辞にも綺麗とは言えない部屋で、床のところどころには埃が落ちていた。そして、部屋の奥には、この部屋には似つかわしくない立派な木目の机が置いてあり、その向こう側には綺麗に整えられた口髭を蓄えた男が大きな椅子に座っていた。
「すみません。今日伺うことになっている○○ですが。」
と男が言うと、
「やあ、いらっしゃい。話は聞いていますよ。おかけください。」
と言って、机の前の椅子を手で指した。
男が椅子に座るのを確認すると、探偵は話始めた。
「探偵の××です。さっそくですが、同棲している彼女の動向を調査する、ということでよろしかったでしょうか。」
「ええそうです。最近では毎日どこかに行っているようなのです。結婚も考えているので有耶無耶にはできないのです。」
「そうでしたか。それでは、明日から調査をはじめましょう。」
男は探偵に自分の住所と携帯番号を教え探偵事務所を後にした。
探偵から連絡があったのは数日ほど経ってからだ。仕事の昼休み中携帯に電話が掛かってきた。
「○○です。どうですか、何かわかりましたか。」
男がそう言うと、探偵は申し訳なさそうな声で
「ええ、最初の日は家の前で張り込みをしてたんですがね、一向に出てこないので二日目以降は窓から見させてもらったんです。」
「それで彼女はどこに行っているのです。」
男が問い詰めると探偵はさらに申し訳なさそうに
「はい、あなたが起きてから家を出るまで見ていたのですがね、誰もいないのですよ。部屋にはあなたしかいませんでした。」
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