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沈黙には重さがある。
部屋の中にも、外の夜にも。
気づけば、見慣れていたはずの物が、人が、少しずつ別の何かへと変わっている。

逃げ場はない。外は外で別の狂気が待っている。どこへ行っても、この世界では何かが少しずつ剥がれ落ちていく。肉体は限界まで試され、それでも終わりは来ない。

これは、終わりたくても終われない者の話だ。

小説

34,765文字

 

 

1. 放心

 

放心とは、ある者たちにとっては疲労の兆候であり、サボり、あるいは打ち倒すべき責任に対する戦争の準備と見なされるかもしれない。だが、放心をこれほど単純な言葉で片付けるのは不当というものだろう。では、放心とは何なのか? 生の熱狂的な脅威に対する擬態(カモフラージュ)である。あらゆることを可能にする祭壇である。好奇心を掻き立てる遊歩である。空間の窒息からの逃亡である。脱出口である。動物的な分泌物である。抽象的な生殖の様態である。放心の瞬間に過ぎ去るほんの短い刹那は、宇宙の生成、円熟、そして消滅をまるごと包摂するほどに豊穣だ。放心とは、運動する意識であり、死せる意識である。死は放心に含まれる。「無」あるいは「全」がそこに押し込められている。放心の瞬間、事物の世界から切り離された肉体は、時間からも解放される。その者の空間は、今や己の肉体そのものだ。不完全な空間における、不完全な意識。帰属不能という病。敗北を知らぬ奔流に抗い、逆方向へと泳ぐ泳法。いかに肉体が現実の外への旅を抱き締めようとも、それは現実のただ中にある。人は、放心という宇宙において自らを捨象することによってのみ、囚われから解放される。外部――すなわち、目が見、耳が聴き、皮膚が触れる世界とは、不完全な遊園地にすぎない。そして放心の中にある者は、この遊園地から身を躱し、不可視の空間において、自らの手で設計した新たな領土を築き上げる。放心する者とは、自らの空間へと辿り着くための闘争を決して放棄しない者のことだ。

 

沈黙こそが絶対的なものだ。そしてその沈黙が誰のためにここにあり、なぜ私たちの間にあるのかは定かではなかった。勇気を奮い起こせないのは誰なのか、沈黙は誰の臆病さを覆い隠しているのか? 明らかに「彼女」のものだ。だが、本当に彼女だけのものだろうか? 彼女のものに見えるこの沈黙は、実のところ私自身が置かれた状況をこそ説明しているのではないか? 彼女のものを我が物のように使い、彼女の沈黙を私の鏡体(きょうたい)から反射させ、部屋へ、整然と配置された家具たちへと取り憑かせること――それは私が彼女の前でどれほど無力で、後悔を口にできないほど臆病で、自らを疑っているかを証し立てているのではないか? 自らを疑う者は、氷の上を歩く蹄(ひづめ)ある獣に似ている。そうではないか? なぜなら、放心から一歩も退こうとしない女の前で、彼女とともに終わらせたいと願った旅の途上にある私は、氷の上の蹄ある獣以外の何者でもあり得ないからだ。歩みの一歩一歩が不器用で、そのたびに平衡を失い、確かな支えなど微塵もなく、臆病で、すでに終わってしまったものを続けようともがく、盲目で聾唖の獣……。しかし私は、彼女の沈黙を、その沈黙に宿る意味を、その息苦しさを、溶けて消え去りたいと欲しているこの現在(いま)を見ぬふりをして――あたかも答えを求めているのが私であるかのように、許しを乞う哀願が彼女の側からなされるのを待つほどに狡猾な獣なのだ。彼女は私の前にいる。これらすべてに気づかぬまま、自らの戦争の第一の証人として、そして冒険の英雄として座している……。

 

彼女は、自らの両手の形をじっと見つめることで放心の宇宙へと潜り込んでいった。おそらく目の高さにそれ以外何一つなかったから、ただ手を見ていたのだろう。放心が沈黙の地平で引き延ばされるにつれ、私たちの距離もまた遠ざかっていった。彼女の肉体が比類なき身のこなしでソファーに預けられたその姿勢は、私を含む周囲のあらゆるものを霧の中へと沈め、放心という宇宙の領土において、自らの設計を組み立て続けていた。私が腰掛ける木製椅子の軋み、煙草を吸い込むときの微かな爆ぜる音、受動性に甘んじる家具たちの気怠い哀歌――すなわち凡庸さのシンフォニーは、彼女を放心から引き戻すにはまるで足りなかった。わずかに開いた窓から流れ込んでくる救急車や消防車、警察の耳をつんざく金切り声のようなサイレンの音ですら……商店の割れる窓ガラス、路上で爆発する車、人々の絶叫、メガホンのアジテーション、機関銃の乱射音……そのどれひとつとして、彼女をこの瞬間の現実へと引き戻す力を持たなかった。まるで宇宙が、爪の先ほどの抵抗すら見せることなく、彼女の両手のまわりで霧散していくかのようだった。曇ったガラスの向こうにいる私たちなど、彼女にとっては曖昧な残像にすぎなかったのだ。やがて彼女の沈黙は、家具たちをその硬直した状態から慄きとともに目覚めさせ、果てしない震動へと引きずり込んだ。家具たち――彼女に長いあいだ付き添ってきた、彼女の飼い慣らされた獣たち……。それらが彼女のこの態度を理解できずにいることが、私を怯えさせる。ほぼ百年を生き延びてきながら、いまだ生に抗い続ける家具たち。手から手へ、家から家へ、何千回と運ばれ、盗まれ、売られ、物々交換され……最後に彼女の家、この工場跡の掃き溜めに行き着いたのだ。継ぎ当てされ、補強の釘を打たれながら、なお戦い続けている……戦え、戦う以外に術がないかのように……。テーブルは、その上の物たちとともに震え続けている。その上のポリ袋は、袋の音を立てて震える。その中の焼き菓子(ケーキ)は、菓子の音を立てて震える。合成麻薬の最後の聖書。「もし神がディルドであったなら、いかなる快楽をもたらすだろうか?」もしその問いを抱くなら、その答えはKの調合、いまテーブルの上に転がっているこの焼き菓子の中に見出すことができるだろう。だが時にKは、「金縛り(カラバサン)」と名付けた、極めて過酷なバッドトリップをもたらす調合で客を試すことを躊躇しない。「金縛り」のせいで何十人もの人間が自殺したことを、私は知らないわけではない。出口のない迷宮に、自らが放り込まれたことに気づくからだ。潜在意識のあらゆる怪物が列をなし、角を曲がるたびにその一匹が立ち塞がり、あなたを狂気へと至らしめる妄想と強迫観念の渦へと引きずり込む。最悪なのは、出口を見つけたと錯覚した瞬間に訪れる。ようやくこの悪夢が終わった、頭がクリアになってきたと安堵の息を漏らしたその瞬間、肛門から頭蓋骨へと突如として凄まじい圧力が突き上がり、再び迷宮の奥底へと引き戻されるのだ。そしてこの忌々しい拷問が、何時間も、何時間も続く……。彼女は、この悪夢から、「金縛り」から逃れるために、手近にあったナイフで自らを刻もうとした。何千もの破片に裂かれ、消滅してしまいたかったのだ。妄想の奥深くに潜り込み、怒りの信管を抜きたかった。何時間にも及ぶ格闘の果てに、彼女の両手には決して塞がることのない、忘れることの叶わない無数の傷痕だけが残された。Kが私の夜を、私たちの関係を台無しにしたように、人々の人生に金縛りの悪夢として圧し掛かることを、奴は何とも思っていない。ここから、あの錆びた鉄の扉から、私がどのようにして出ていくことになるか、私には分かっている。一個の「無」として、孤独に、埋めようのない空白の重みを背負って……。そのとき自分が何をするかも分かっている。私から奪われたものを取り戻すことはできないが、このまま済ませるわけにはいかない。あのクソ野郎のラボがどこにあるか警察に密告するか、街角でパケを捌いている売人のところへ行ってKの居場所を教えてやればいい。決して真似のできない調合を生み出すあの両手を、奴の手首から切り落としてケツの穴に突っ込んでくれるだろう。Kが何を売っているか知っていたとしても、それは私の罪ではない。こんな世界に生きているなら、幸福と呼ばれるものがどれほどかけ離れた商品であるかを誰しも知っている。ひとたびそれに呑まれれば、周囲のあらゆるものが、あなたが抱きしめるためだけにそこに待機しているのだ。抱きしめたものが実際には死体であったと気づいたところで、何が変わるというのか? なぜなら、死ですら幸福のレンズ越しには、しなやかな尻と張り詰めた乳房、そして月に向かってそそり立つ血管の浮き出たペニスを携え、あなたの前で緩やかに踊っているのだから。そしてあなたはその死を見つめながら、リズムに合わせて自らを弄り回すのだ。だからこそ、Kが私に「金縛り」を押し付ける可能性など、爪の垢ほども頭をかすめなかった。かつてKに、なぜこんな真似を人にするのかと尋ねたことがある。「なあ相棒、時々こうしてやらなきゃ、連中は本物のヤク中になって死んじまうんだよ。地獄の苦しみをほんの少しでも味わわせて、俺のブツを買いに来るときには疑念を抱かせなきゃならん。大抵のやつはブツを買うのを諦めるぜ、本当だ。それに俺は強欲な人間じゃない! 売人なんかじゃない! おい、俺はアーティストなんだよ。俺の箱から何が飛び出すかなんて、誰にも分かりゃしない。それに、こんなことは誰の身にだって起こることだろ」と奴は説明した。奴が何をしようと、Kの奇跡を一度でも味わったなら、もはやあらゆるリスクを引き受けることになる。誰一人としてKのようなシェフを諦められるとは思えないし、彼らの生をより価値あるものにする何かが他に存在するかどうかも疑わしい。ただ生きていることの歓び、生存本能、そして予測不能な脅威に対して発達した反射神経が肉体から干からび、代わりに内なる倦怠が満ちてから、ずいぶんと時が経った。自らの狂気から逃げ帰り、潜り込むための清潔なシーツなど、私たちにはないのだ。VRレンズや超リアルなシミュレーション機器がいくら中毒を生み出そうとも、Kや、Kのように片手の指で数えるほどしかいないシェフたちが焼き上げる覚醒剤の代わりにはならない。なぜなら、ガジェットや人工知能が私たちに与えるものと、血管を駆け巡るナニカとでは、比較にすらならないからだ。片側には児童公園、もう片側には神たるディルド。誰もがどうにかしてKの売人を見つけ出し、狂気の合成種子を体内に吸い込むことに躊躇すらしない。彼らが味わう幾多のバッドトリップも、日々繰り返される狂いのない退屈な日常に比べれば、まだマシなのだから。

 

手を伸ばし、もう一本の煙草に火をつける。この沈黙は、私が耐えられる限界をとうに超えていた。首をうなだれ、彼女から何かしらの身動ぎでも起きないかと待っている。そして、それにひどくうんざりしている。不器用だが狡猾な獣の役を、これ以上演じ続けるつもりもない。立ち上がり、部屋の中を行ったり来たりと歩き回る。二歩で終わってしまうような狭い部屋は、気を紛らわせることも、この息苦しい沈黙を破るためのまともな言葉を見つける手助けもしてくれない。彼女は、まるで私が存在しないかのように、相変わらず自らの手を見つめ続けていた。手首から掌へと走り、不器用に刻まれた大小数十のナイフの傷跡――私が決して許されることのない人間であるという公的な証明書。実のところ、彼女がいまだ引きずり込まれた放心の宇宙を彷徨っているとは、私には思えなかった。おそらく心の内で怒りを育て、研ぎ澄ませているのだろう。この事態がどこへ行き着くかを予見するのは難しくない。手首に始まり手で終わった刃の旅路は、やがて私に行き着いて終わるのかもしれない。なぜそうならないと言えよう? それを彼女に思いとどまらせる理由など、何ひとつないのだから。私の死体を窓から投げ捨て、その罪を夜の疑わしく暗い影たちへと遺産として残すこともできる。誰かが彼女の扉を叩くだろうとは信じられないし、誰かが人殺しの後を追うとも思えない。この状況で彼女に言葉を期待すること自体、もはや残酷なことだ。まして私の期待や、私たちが置かれたこの張り詰めた瞬間を引き延ばしていること自体、昨夜の私の軽率さがもたらした破壊の延長にほかならない。彼女が口を開くためには、まず理解しなければならない。私をではなく。自らが置かれた状況を、自らの両手を、傷を、痛みを、人間であることの不可能性を……。理解するためには手を見るのをやめ、自らを放心へと追いやる罠を排除しなければならない。明白に見るためには鏡に映る自分を見つめ、慄き、事物の本性を打ち砕き、手を伸ばして鏡の中の肉体へと入り込まねばならない。それがたとえ己の反映であっても他者であり、その他者の目を通して見つめ、他者の言葉を模倣するように語り、考え、裁き、決断しなければならない。そうして初めて結末へと至り、狂いのない、解釈の余地なき方程式をいよいよ発見し、言葉はおのずと湧き出るはずだ。だが、理解とはそれほど容易いことだろうか? 理解したくないのではないか? 理解することは、許しという乗り越えがたい壁を一息に置き去りにすることではないのか? 理解は、人間を人間に許させはしないか? 許さないために、彼女は自らから一歩退いた場所に立っている。そして私はひとつの脅威だ。彼女の頭に突きつけられた、いつ暴発するか知れぬ不可視の銃だ。おぞましい記憶のアレゴリーだ。権力のミニチュアだ。理解されるどころか、忘れ去るための試みの標的にすぎない。

 

通りから押し寄せる夥しい騒音の隙間を縫って、ひとつの音が露わに自らを曝け出す。窓の真下、歩道で起きている。新しく、だがそれと同じくらい聞き慣れた音。私たちが決してその理由を理解せず、理解したいとも思わない種類の音。同時に、私たちの骨の髄にまで染み渡った無関心をもって応じる音。無視され続けてきた音ゆえに見慣れ、そのたびに不安を煽り恐怖させるがゆえに新しい音。ただ喪に服すことによって一時的な記念碑へと仕立て上げ、被害者であることの快楽を満たすための音。人間は言う、おそらく簡単に片付くことだろう、と。容易く。骨も折らずに。単純に見える幾多の問題の前で、人間の傲慢さは結び目にさらなる結び目を重ねていく。その音――新しく、しかし馴染み深いその音は、ひとつの悲鳴、ひとつの哀願にほかならない。肉の根源的な音。力と暴力の楽器から、肉体から絞り出される音――すなわち肉体声(にくたいごえ)だ。やがて何事もなかったかのように途絶え、それが生み出した戦慄の余韻だけが残るだろう。私たちの良心の記憶の中を巡り続け、過去のあらゆる叫びの残響に合流して澱(おり)となる。他の音たちとともに忘れ去られるために積もる澱を肥大化させる。小さくなり、消え失せるだろう。だが今はまだ高く、懇願している。この音が生み出す不安と恐怖とともに、ひとつのこと、私たちが自らの名と同じくらい知り尽くしているひとつの事実をそれは暴き立てている。この音は、単に虐げられた一人の人間に属するだけではない。私たちが「怨嗟の地勢(ルサンチマンの領土)」に生きていること、共通の基盤で交わる者など無に等しいこと、血まみれのシーツの上に眠りに落ちるための清潔な一片の場所を探し求める者たちの臆病さをも指し示してはいないか? この臆病者たちの群れを率いる羊飼いは、私たちを見下ろしながら一体何を感じているのだろう? 果たして本当に何かを感じているのだろうか? その血管に血が通い、胸に息が宿っているのだろうか? 彼が誰であり、どこから現れ、いつからこの地を支配しているのか、私には分からない……私たちには分からない……。私たちが知らぬことは、あまりに多すぎる。伝説や御伽噺のほかに、私たちには情報源がない。本当にないのだろうか? あの「ゴミの山々」は? 正気を保っている老人たちですら、私たちの「指導者(リーダー)」がいつ権力を掌握したのかについて、ほとんど記憶を持っていない。街角ごとに現れる胸像やポスター、旗に描かれた瞳から彼は私たちを見つめている。私たちが聴く歌、観る映画、読む小説の中から私たちに呼びかけてくる。愛し合うときも、駆けるときも、笑うときも、私たちのあらゆる瞬間に彼の存在が、その濃厚な臭気が欠かされることはない。しかし決して彼自身について、彼の過去について、爪の先ほどの情報の断片すら漏らすことはないのだ。私が生まれる前から、最も長寿の老人よりも遥か昔から、何世紀ものあいだ飽きることなく彼はこれらを続けているかのようだ。どうして彼は歳をとらないのか? その血管に血が通い、胸に息が宿っているのか? おそらくこれは、私たちが永遠に知り得ない秘密なのだろう。決して知ることができないのなら、私たちの現実とは、この狂いのない「懐疑の時代」以外の何だというのか? それを否定し、客観世界とは端的に歪められた粗悪な模倣にすぎないと考え、その観念によってひとつの視座を獲得し、起きている幾多の出来事をその視座で評価することなど、愚の骨頂にすぎないだろう。本当は、「ゴミの山々」へ行き、世代から世代へと受け継がれてきたこの混乱に終止符を打つことなど、造作もないはずなのだ。考古学者のような緻密さで作業する必要すらない。山肌で偶然出くわした一、二冊の雑誌や新聞に立ち読み程度に目を通せば、政治論文やコラムの切れ端、見出しひとつでさえ、このすべての曖昧さを吹き飛ばし、あらゆることを明瞭にしてくれるかのように思える。暗闇に取り残された心たちが次々と照らされ、私たちはすべてを思い出し始めることだろう。だが、その唐突に訪れる覚醒に、私たちは耐えられるだろうか? 数世代の後には、すべてが白日の下に晒されるかもしれない。もちろん、私たちから隠されている何かが存在するのであればだが。起きているのはこれだ。私たちは「不滅なる者」の膝元にいる。指導者の不滅性は、私たちを冷たく硬直した物体へと変え果てさせた。物忘れがひどく、無関心で、盲目で、聾唖で、無気力な蛆虫へと私たちを変貌させたのだ。おそらく指導者の不滅性は、私たちが死すべき者であることに由来している。その下に他の超自然的な理由を探す必要などない。彼の配下たちによって、あらゆる機会に些細な口実で告発され、もっとも卑劣なやり方で屠られ、そのうえ起きているこれらすべてのことに対して声を上げず、自らの順番を辛抱強く待っているのだとすれば、彼が不滅であることに驚く必要はあるまい。権力を持つ者、持っていた者、持つであろう者が続いていく……。だいたい、「ゴミの山々」へ行く度胸のある奴など一人もいやしないのだ。街のすべての窓から見え、数時間の距離に幾重にも連なり、次第に巨大化していく山々がすべての真実を隠し、これほど近くにありながら到達不可能であるというのは、実に滑稽な事態だ。もちろん容易なことではない。山肌をパトロールする無数の警官がおり、正体不明の化け物を番犬として据えていると耳にする。真実の探求のためではなくとも、寝床のため、着るもののため、再利用可能な電子部品のために向かった者たちの末路が芳しいものであったとは言い難い。その多くは目を抉られ、舌を切り取られ、爪を剥がれ、生皮を剥がれた状態で片隅に転がっているのを発見された。彼らはまだ運のいいほうだ。残りの者たちの絶叫を耳にしないことなど不可能だ。つまり、私はこう言っているのだ。私たちはここにいる、と。私たちの犬歯は疼いている。餌食になると知りながら、すり潰されながら生き延び続けている。外から響くあの音もまた、続いている。その音は、内部に幾重もの意味を孕みながら響き続ける。毎日破壊されては再建される路地の中を、自らの道を見出していく。私が立ち上がり、その助けに駆けつけない理由など何もない。彼女と私の間の沈黙が深まるにつれ、外の叫びはさらに激しさを増していく。彼女は、いまだ自らの手を見つめている。その瞳に浮かぶ放心の灰色のヴェールが鈍く光る。煙草をもみ消し、私は中断した沈黙を再開する。やがて、鉄の棒で丸太を力任せに打ち据えるような音が響いた。彼女は眉ひとつ動かさない。もう数度、打撃が加えられる。音が途絶える。私は深く息を吸い込む。音が、死ぬ。

 

音とは、絶対的な沈黙の堕天使であり、悪魔である。その音とともに、彼女の沈黙もまた幕を閉じる。ついに彼女は放心から帰還する。おのずと。まるで一度も去らなかったかのように。永遠と思われた震動が止まる。彼女は流し目で焼き菓子を見る。あらゆること――すなわち、私がここへ最後の会話のために訪れたことが、無駄骨にすぎなかったということを、その一瞬の眼差しで語り尽くす。そしてどういうわけか、唇を動かすこともなく、声へと変わることもないまま、言葉たちが語り始めるのだ――

 

2. ケーキの夢

 

あなたが去ったあと
あなたの残した空白のあと
あなたの夜へ
私の部屋へ;
部屋だと? たとえ一室であれ、私が家と呼ぶもの/私だけでなく、工場の屋根の下に暮らす誰もがこの錯覚を平等に分かち合い、平等に分かち合われるがゆえにもはや錯覚ではなく私たちの現実となり、このクソ溜めを家と呼ぶ不遜さを、共通の権利として我が物顔で引き受けている;

 

家とは何か? 私たちが決して長く所有することなく、いつ奪い去られるかも分からぬ場所ではないのか? では、この不確かさが家を「我が家」たらしめるのだろうか? 私には分からない。今日にも明日にも、路上を跋扈する暴徒どものひとりが扉を蹴破り、私を力づくで家から叩き出すだろう。このすべての家具を、私がそれらと結んだ絆を強奪するだろう。私のベッドに横たわり、私の眠りを眠るだろう。私のラジオをつけ、私のダンスを踊るだろう。それも無様に。腕は不自然に速く、緩み、ひ弱で、不調和に揺れるだろう。私の汗が奴らの肌を流れるだろう。私の飯を食い、私の満腹感で怠惰に沈むだろう。私のあらゆる射精/絶頂で奴らは弛緩するだろう。私の愛液が奴らのマンコから滴るだろう。私の温もりで暖まるだろう。私は抵抗しない。抵抗できはしない。おそらく抵抗し得るすべての部位をへし折るだろう。砕くだろう。切り裂くだろう。人食いの口が私の肉に飢え狂うだろう。私の生を生きるがいい、だが死はどうだ? 手中のものを奪うがいい、事物どもは奴らのものになるがいい。私の頭蓋をこじ開け、その中に奴らの恐怖を、夢を、希望を、歓びを、思考を、観念を、理想を――奴らを存在せしめるあらゆるものを詰め込み、私を別人に、奴ら自身の反映に、あるいは紛れもない奴らそのものへと変造するがいい。私の脚が、奴らの行きたい場所へと運ぶだろう。私の目から見るがいい、何であれ驚嘆すべきものを。私の耳から聴くがいい、何であれ奴らを駆り立てるものを。私の自由の――もし少しでも私に割り当てられていたとすればだが――その中で手足を伸ばし、あくびをするがいい。だが、私の死は私のものだ。私のもの。私だけの唯一の所有物として留まり続けるだろう。これらすべてを別としても、おそらく私たちの真下に、新たな井戸(竪穴)が出現する。工場もろとも何十人もの人間が、その井戸の暗闇の中で、終わりのない落下の中に吊り下げられたままになる。鼠が跋扈し、下水と汚泥に塗れたこの工場など、消滅してしまったとて何だというのか? 来るがいい、奪うがいい。消え失せるがいい。どうせ数ヶ月もしないうちに、ここも何かの口実で、くだらない、取るに足らない愚鈍な理由で取り壊され、跡地に新しい工場が建てられるのだ。落成を祝う式典が開かれる。指導者が一条の光の束のように壇上に降臨し、演説をぶち上げ、誰もが散り散りになる。その工場は一時間すら稼働しない。何一つ生産しない。それどころか、ただ「虚無」だけを生産する。そして私たちのような者たち――すなわち運のいい者たちが、再びその工場を占拠するのだ。すべてはまた、最初からやり直しだ……。

ただ私だけのもの
獣穴まがいのこの場所で
私をまったくの独りぼっちにし
おまけに高威力爆薬に匹敵するケーキの幻覚とともに、ただ独り置き去りにし
抗い続けねばならぬ果てしない時間の中で>私の内側に、自分自身についての証拠を捜し求めたい衝動が頭をもたげた
家のあらゆる戸棚を
家のあらゆる引き出しを
人目に付かぬ隅々のすべてを、くまなく探し回った
むろん見つけた
人間は――我が身を苛む物体も主体も、必ず手の届く場所に保管しておくものだ
幸せだった日々の報いのために/抽象と具象の傷痕のために
純粋な幸福という無邪気さに落ちぶれぬために/傷をもって重みの釣り合いをとるために/
写真もまた、その一つ;
夫と、娘と、私――私たち三人の写真――私の幼少期が過ぎ去った地下鉄トンネルの家で――撮られたもの――母の訪問――二人とも母が死ぬ一ヶ月前に編んでくれた赤いセーターを着ている――それから叔母たち――叔父たち、そして次第に見知らぬものへと変わっていく――血縁から遠ざかる顔々の写真をめくっていく――自分の幼少期についてのあの証拠を捜している――まず幼少期の/幼少期についての証拠を見つけねばならない――その上に築き上げられた今の自分を少しでも理解できるように――さもなければ、私を取り巻くあらゆるものの意味が失われてしまう
娘でさえも
最後のアルバムの、最後の写真
このあたりのどこかに、私がいるはずだった
他のどこにあるというのだろう
最初から一枚ずつめくり直す;いない
人々のなかの、ひとりの人間
そのひとり
私
私はいない
誰のものだ、このアルバムは
最初に戻る
何度も、何度も
一番最初へ
ひとりの男、ひとりの少女、ひとりの女
男と少女は、それぞれ赤いセーターを着ている
一度も見たことがないと確信できる場所で撮られている
耳の奥に唸り声が満ちてくる
聞き覚えのある唸り
あたりを見回す
自分がどこにいるのか分からない
中途半端に途切れた探索を続けるため、両手のアルバムへと視線を戻す
だが、過ぎ去る数秒のうちに、私は時間の外側へと襤褸布のように投げ出される
部屋の中で――床の上で――膝をついて――
手にした写真アルバムを前に、私は何をしているのか
耳の奥の唸りは甲高い音へと変わる
まるで子供が苦痛に叫び声を上げているかのように
身動きもせず
写真を見つめるうちに、自らも写真と化していく肉体が硬直する
床に崩れ落ちる――嘔吐感が押し寄せる
吐けない――吐くことがそんなに容易いことか
何にせよ出てこない
えづく、だが胃袋には岩のような重みが居座っている
えづき、えづき続ける
胃液のほかには何もない
あの耐えがたい甲高い音――私の記憶の最後の文を締めくくる終止符のように鳴り響く――私の代わりに別のだれかであれば、乗り越えることもさほど困難ではなく――いくつかの滑稽な歩みで己の現実へと立ち戻れたはずだ――だが私の力は尽き果てていた――記憶の設計図は崩壊した;言葉の――名前の――事物の――写真の――顔々の――過去の――企図の――中途半端に終わり、あるいは成し遂げられた飛躍の――首飾りのように首に巻きつけていた、あの止むことのない消化不良の――肌を重ねた女たちの――男たちの――性器の内と外を走る甘やかな戦慄の――夫の重みを我が身の上に感じたあらゆる瞬間の――娘の――何よりも娘のいた場所に、何一つ残されていなかった/何もない
耳鳴りによって終止符を打たれた記憶は消え失せた
経験は消去された――
残されたのは胃液と、あの甲高い音だけだった
莫大な代償だ
何を忘れたのかさえ忘れてしまったところで、音もまた途絶えた
忘却とは、あるいは恩寵なのかもしれない
なぜなら私は、自分を定義するあらゆる言葉の中に囚われることから解放されたのだから――私はもはや女でもなく、母でもなく、成文法および不文律の忠実な臣民でもない――透明な地表の上で――澄み切った光へ向かって第一歩を踏み出し進む、純粋な野獣なのだ――自然のエゴイズムに適応し、潜り込めるかぎりの深みへと沈みゆく野生の――正義の壁を乗り越え――善悪の彼岸において――

それからどうなったか
工場のバザール広場で、一糸まとわぬ姿で目覚めた
目覚めるや否や、目の前に死んだ夫と娘の、過去から私を見つめる顔が現れた――足元から透明な地表が引き抜かれた
最初へ――我が身を苛む――妄執の行頭へと再び引き戻された
読むことが喉に刺さる棘のようであっても
私は彼らの顔を読んだ
ともに生きた幾年もの記憶を
忘れることは恩寵だ
思い出すことは恐ろしい

かつて私の夫は
目覚めるたびに、その角が私の肩に突き刺さったものだ
私の角を乗せた彼の肩は、なんと美しかったことか
井戸の唸り声を、彼はそのあくびの中に眠らせた
いまや彼は過去に属し、過去は私たちのものではない
詩人のものでも、歴史家のものでもない
過去とは、奪われた私たちの器官なのだ

夫と私は、二股に割れた舌でお互いを舐め合った
角と角がぶつかり合うたびに、私たちは増殖した
舌の上で溶ける物質
震える手の痙攣
無力なアルコール反射
裸のベッドで
シーツの内側で
シーツが光を脱ぎ捨てる場所で
大地から遠く離れて――穴倉の中で
桃色の舌でお互いを舐め合い
私たちの肉に芽吹く快楽の穂を刈り取っていた
この糞ったれの国の朝に
朝の新たな預言者たち
朝の新たな革命と理想のプロモーション
朝の最も古き胸像たち
そして胸像の削り出された顔々のあいだで
不滅の指導者と、その無限の視線を前にして
その視線が押し潰した一日の足元で
平伏し、労働し、停留所で、墓場で、揺りかごで
歩きながら、泣きながら、死にゆきながら、生まれ落ちながら
まもなく終わりを迎えるかのように横たわる
互いの肉体を、飽くことなく彷徨った
半開きの口の中で、一つの歌が凝固したまま残った
凝固し、写真となって固まった
紫に沈む目の隈の中で銀河が衝突し
明日に向かう希望など欠片も残されていぬとき
否定された私たちの穴を
否定する者どもが犯しているときでさえ
私たちは知っていた、十分に代償を払ってなどいないことを
この国では誰も、十分に代償を払ってなどいないのだ
苦痛を売り捌く信徒の群れがあるなら話は別だが
傷とはなんと美しいものか、そのために泣いてくれる者がいるならば話は別だが

骨に錆びた釘を打ち込んだ
顔の皮を剥いだ
歯を歯槽から一本ずつ引っこ抜いた
角を縛り、井戸へと吊るし下げた
見せしめのために、その角で、一糸まとわぬ姿で
井戸の中で、虚無の中で、暗黒の境界で、つまり
絶叫の中で
肉片となって
井戸へと零れ落ちた
もはや一対の瞳では
見届けることが不可能になるまで
それからどうなったか
夫の最後の肉片が落ちたとき、娘をもその後へと投げ落とした――なぜだと?
夫が仕事に十分遅刻したからだ
そんなことがあってたまるか
人間が、そんな理由で処刑されるものか

 

ねえ、どうして井戸があるのかしら? 考えたことはある? もちろん、あるはずよね。じゃあ、井戸の口に身を屈めて覗き込んだことは? 私は覗き込んだわ。その唸りに耳を澄ませたの。病気の男――私たちのような人間ではなく、巨人の男が眠っているときの寝息か、あるいは分からないけれど、巨大な換気扇の鈍く籠もった残響に似ている。機械的なものか何なのか、私たちのような者には耐えられないような意味、その秘密を窺い知ることすら叶わない神秘を隠しているように思えるの。仕事の帰りに広場を通るの。これまでに見た中で一番大きな井戸がそこにある。東側には古い警察署の建物、西側には寄宿学校、北側には政府庁舎、南側には指導者の巨大な彫像があった。最近あの広場に立ち寄った? もう跡形もないわ。すべてが井戸の中へと崩れ落ちたの。ますます巨大化し、その口を開け広げ続けている。私たちと違って、忍耐強く。最後には私たちの持つあらゆるものを飲み尽くすと知っているのよ。埋め尽くすことなど不可能なほどに深い。あなたもそう思う? 飢えのように無限なのかしら? とにかく、毎日仕事から家へ帰る途中でその井戸に近づき、その唸りに耳を傾けながら、街のあちこちに出現するこの井戸たちが一体何なのかを理解しようとしているの。口から入り込むすべてを飲み込むこの井戸たちは、飲み込んだものをすり潰しているのかしら? もしすり潰さず、果てしなく永遠へと続いているのだとしたら、中に落ちていった者たちの声や木霊は、どうにかして地表へと再び届くのかしら? 娘と夫の声を、たとえ反響であれ、もう一度耳にすることができるのかしら? 何日、何年待てばいいの? それともこの井戸たちには底があって、飲み込んだものがその底に堆積しているのかしら? もしそうなら、どうやって降りればいい? そんなことが可能なの? 答えの出ないこの問いのすべてを、私は毎日問いかけ続けている。そのたびに飛び込みたくなるの。飛び込んで楽におなり! 答えはすべてそこにある。虚無へ向かっての一歩。ただの一歩。あらゆる問いに対する唯一の答え。一歩、そのたびに後ずさりする一歩。いま私がいるこの場所、このソファーに身を落ち着けるまで、それは終わらない。

 

こうして私はここに立っている

ここで井戸のように口を開けて立ち尽くしている
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!

 

飲み込みたい、私自身を
まず自分を、それからあなたを
まず私たちを、それから家を
まず家を、それから工場を
まず工場を、それから路地を
まず路地を、それから街を
まず街を、それから国を
私たちのように歴史を奪われた大地を
それから吐き出したくなる
えづき、えづき続ける
吐くことができない

 

バザールの中で、一糸まとわぬ姿で

夫と娘だと思い込んだ亡霊たちの後を追った
どうして自ずと家への道が私の足元に敷かれたのか
家へと帰っていた/むろん帰った――帰ることがどれほど可能であれ
帰り着き、部屋の真ん中に血まみれのナニカを見た

 

家のいたるところに灰色の毛が落ちていた。むろん私の猫であるはずがなかった。そんなはずがあるだろうか? 娘の残したおもちゃの中にも、これほどの毛を撒き散らすようなぬいぐるみはなかった。部屋の隅々を探し始めると、間もなく、あのソファーの背後に、ほとんど死んだような瞳で息をしている怪異(けもの)の姿を見つけた。ゴミの山々の歩哨どもが飼う化け物ではないかと考えた。だがもしそうなら、私は今頃とっくに死んでいるはずではないか? そもそも私の部屋で何をしているというのか? 私は十分に代償を払っていないというのか? いや、むろん払ってなどいない! だが、そうは思えなかった。どれほど恐ろしくとも、あの指導者の飼い犬であるはずがなかった。そう、そう考えたのだ。私がバザールの広場に出た隙に入り込み、最後の息を引き取るためにソファーの下へと避難してきたかのような風情だった。置き去りにしてきた生の美しい瞬間を思い起こそうとしているかのようだった。胸の悪くなるような姿態だった。苦痛の中に横たわり、かすかに息を吸っては呻いていた。怖かった、むろん。誰が恐れずにいられよう? 恐怖とともに、内側から憐憫の情が湧き上がった。膝をつき、一定の距離を保ちながらそれを見つめ始めた。見つめるにつれ、その名状しがたい姿は見慣れたものへと変わっていった。無害であり、死と格闘しているという事実が、私の内の憐憫を肥大化させた。それでも勇気を奮い起こすには時間がかかった。怯えさせぬよう静かに近づき、その頭を膝に乗せ、まるで犬か猫であるかのように撫で始めた。撫で始めると同時に、憐憫は安らぎと信頼へと席を譲った。恐怖は、両手で撫でる皮膚の柔らかさの中に溶けて消え去った。やがて、この異形は二度と出会うことのない、出会うことのできない、おそらく私以外の誰一人として目撃することのない奇跡なのだと考え、私の凡庸な生が戴冠されたかのように感じた。死に瀕していることが私を打ちのめした。奇跡の終焉を目撃することを、誰が受け入れられよう? 祝宴は私抜きで始まり、その絢爛さをもって参加者たちに二度と味わえぬ夜を提供し、いま人々が家々へと散っていくかのようだった。どうやって助ければいいのか分からなかった。ただ座って見守るしか術がなかった。見守り続けた。瞬きひとつせずに。やがてある瞬間が訪れ、「私たち二人」のほかの一切が、静かで狡猾な力によって吸い込まれ、真空へと引き去られた。それを見つめる一分一秒が、私の臓器のあいだに身を潜めていた秘密を白日の下に晒していった。私の生がこれまで積み重ねてきたあらゆる営みを無に帰し、これまで生きる勇気を持てなかったナニカを私に与えてくれるような秘密。これまで自らを窒息させ、身の丈に合わぬ責任を背負い込んで魂を腐らせ、平坦で承認された道を歩むことを義務と心得、それゆえに望みもしない生の構築に血道を上げてきたのだと、私に悟らせた。その真実性を疑ったことすらなかった信念たちが、次第に滑稽なものへと成り下がっていった。毎日新たな重みを積み重ねることで身動きを奪ってきた構造が崩壊した。その瞬間から、真空へと消え去った習慣、信仰、そして私が属していた細部すべての代わりに、新たな構造が立ち現れた。あまりにも堅固で、その真実性を疑う余地もなく、そのためならあらゆるものを投げ出せるような救済の道。その構造の中でいかに孤独であろうとも、その孤独は他者を必要とするような孤立感を生み出すことはなく、むしろ自立を自覚し、あらゆることを成し遂げられる自信に満ち溢れていた。この肥大化する服従の最初の瞬間から、恐怖が完全に消え失せたと言えば嘘になる。私の恐怖とは、怪異が抗いがたい過剰さをもって私を自らの内へと呑み込もうとしていることだった。その動き、声、変わりゆく姿、誘惑、凶暴化する怒り、私の肉体を麻痺させ天上の軽やかさを与える精液、私が育まれた乳――それらが私の精神の中で凝縮され、ひとつの文へと変わっていったが、私にはその文の意味が何一つ理解できなかった。その不可解さを受け入れた瞬間、恐怖はゆっくりと退いていった。血まみれの臍の緒で私たちは結ばれた。私はそれで育まれていた。それにとって私がどれほど重要であったのかは分からない。誰かを抱きしめるとき、抱きしめられた相手がどれほど自分を愛しているかが分かるものだ。それを強く抱きしめたとき、自分がどれほど価値ある存在であるかを感じることはできなかった。強く抱きしめて側に留まることを求めているわけでも、緩んだ腕が私の背中の隙間で揺れる中で一刻も早くこの抱擁が終わることを求めているわけでもなかった。ただ、抱きしめた。それを定義するためには言葉以上のものが必要であることを、あなたも理解しなければならない。絶え間なく姿を変えるその肉体に、全体としての完全な対応物が存在したとは決して言えない。部分的に、四肢ごとにのみ類似を見出すことができるのだ。皮膚は赤く、ざらついていた。その赤い皮膚は大小の傷に覆われ、水膨れのような水疱が浮かび、濃い黄色の膿をその泡から滴らせていた。そして花のように開いた一対の瞳で、瑞々しい眼差しを部屋に巡らせていた。鼻は犬特有の尖った長い形から、やがて人間じみたものへと変化した。頭からはトナカイを嫉妬させるような一対の角が枝分かれして伸びていた。角は往々にして肉体の背丈を超えて部屋を蔦のように覆い尽くし、やがて何事もなかったかのように塵へと還った。尾は伸びたり縮んだりし、時に消滅した。手と足は鴨のように水掻きがあり、指は鷹の鉤爪に似ていたかと思えば虎の前足へと変わり、やがて一対の人間の手足へと移行した。胸部には時に六つの豊かな乳房が現れ、そうした瞬間には慈しみをもってその乳房を私に差し出した。膣がひとつ、そしてペニスがひとつあった。それらが消えることは決してなかった。ただ大きさと外見が変化しただけだった。時に死にゆく者のように浅かった息が荒くなり、歓喜をもって動き始めた。そして再び息は遅くなり、死の境界を彷徨い歩くかのように虚ろな目で部屋を見つめていた。部屋の中の、私には見えない形や物体、この部屋には到底収まりきらない遥かな彼方を見つめていた。好色であったかと思えば、突如として静止した。そして野獣が敵を威嚇するかのように、濁った二股の声で遠吠えを始めた。多くの場合、トランス状態の中で、その顔は赤い皮膚の奥へと引き籠もった。そしてこれらすべての歓喜と計算不能な変容が続くあいだも、それは決してその場から立ち上がることなく、最初に私が見つけた姿のまま、ソファーの背後で壁に背を預けて横たわっていた。これらは記憶に残っている断片にすぎない。なぜなら、留まることを知らぬ力と、決して反復することのないリズムをもって進行していたからだ。それを何かに喩えることは、濁り波打つ水たまりに落ちた反映を、無力にも明瞭な輪郭に押し込めようとするようなものだ。もし名があったなら――すなわち私が名によってそれを定義していたなら、その奇跡のすべてを破壊してしまっていただろう。人間を怯えさせる影たちに、影が生み出した習慣に、事物に、空間にそれを鎖で繋いでしまっていただろう。そしてまた、あらゆるものを自らの似姿へと変造する人間の世界へと引き渡し、それを虜囚とし、「客体(モノ)」へと成り果てさせてしまっただろう。あらゆる「モノ」と同じく、それもまた形容詞化され、記憶され、記憶されるがゆえに時間の外へ出られなくなっただろう。口から口へ、耳から耳へと語り継がれ、語る者が自らの恐怖と弱さをもって解釈し直し、そのたびに描き直され、やがて伝説となっただろう。すなわち、凡庸なものへと成り果てていたはずだ。そんなことは許せなかった。それは私のものであり、私のものとして留まらねばならなかった。だが、今や私はそうは思わない。その理由を聞けば驚くだろう。時に――すなわち死へと近づくとき、その肉体から腐乱した肉の匂いが漂った。最初はひどく不快に感じたものの、やがてその匂いは自らを受け入れさせ、名付けようのない、過去に属する、とうに尽き果て忘れ去られた興奮を呼び覚まし、私を情動的な飢えへと引きずり込んだ。凶暴な肉食獣のように、私は飢えに狂っていた。この飢えの中で最も抗いがたい感情とは「愛」だった。私たちを傷つけ、私たちを踏みにじり、私たちを殺した者どものすべてに対して、耐えがたいほどの愛を抱き始めていた。愛に狂い狂乱していたのだ。満たされねば死に至るほどの状態だった。指導者のもとへ赴き、愛を交わしたいという衝動が湧き上がった。抱きしめ、どれほど彼を愛しているかを叫びたかった。彼から離れていた一分一秒に対する後悔と、その一分一秒を取り戻そうとする執念が私の内に満ちていた。私たちの距離を一息に駆け抜け、子供のようにその腕の中で泣きながら謝罪し、許しを請い、二度と私たちのあいだに距離を置かないこと、仕事に遅刻するような男とともにいないこと、その男の子供を産まないことを誓いたかった。片時もその側を離れたくなかった。部屋の真ん中、フローリングに打ち込まれた、何の役にも立たない錆びた釘のように立ち尽くしていた。時に渾身の力で打ち込まれた窪みから辛うじて抜け出し、家の中をあてもなく彷徨い歩いた。不可視の境界が存在し、その境界を越えようとするとき、私は恐怖に駆られて怪異の傍らへと丸まった。それからどうなったか? 怪異の曖昧な顔が、指導者の顔へと似通い始めた。あの高圧的な表情が浮かんだ。奴と瓜二つの唸り声を上げた。脅迫的な演説で撒き散らす唾液が、その口から滴り始めた。唸り声はやがて言葉へと変わった。か細い子供のようだった声は、次第に指導者の太く野太い声へと変貌した。私を脅迫し始めた。間もなく捕縛され、処刑されるだろうと告げていた。私はナイフを取りに行った。恐怖で手足が震えていたにもかかわらず、その背中にナイフを突き立てることに成功した。刃を突き立てる瞬間、犬のように私の手に噛みつこうとしたが、私のほうが素早かった。身を引いた。ナイフは背中で翼のように揺れていた。罵倒、脅迫……ますます激しく叫び始めた。言葉が舌に絡みついていた。やがて何を言っているのか聞き取れなくなった。禁断症状(離脱発作)に苦しんでいるかのようだった。深く深く息を吸い込み、胸が激しく波打っていた。言葉は喘鳴へと変わった。尽き果てようとする力を、私を脅すために費やしていた。一瞬たりとも意地を捨てなかった。やがて息は遅くなった。声が途絶えた。私は近づいた。ナイフの穿った数センチの傷口がおのずと広がり、主たる傷から枝分かれして全身を覆い始めた。血が、ゆっくりと滲み出ていた。やがて決壊したダムを越える濁流へと変わった。轟音を立て、噴出し始めた。私は驚愕のあまり見つめることしかできなかった。逃げることも、怪異を窓から投げ捨てて逃れることも頭に浮かばなかった。ただ見つめた。先ほど死んだと思った怪異が、再び喘鳴を漏らし始めた。唸り声というよりは、怒り狂った虎の断末魔に近かった。そして遠吠えを始めた。その遠吠えは人間じみていた。普段なら笑ってしまうような、滑稽な遠吠え。最後の切り札を切るために身を起こそうとしたが、叶わなかった。皮膚がすべて剥がれ落ちたとき、部屋の真ん中には、血の海に浮かぶ肉塊が横たわっていた。痛みに耐えかねて気を失った。私は待った。待った。陽が昇るまで、何時間も……。何の音もしなかった。死んだと確信したそのとき、筋肉のあいだから泡が噴き出し始めた。泡は急速に広がり、怪異を容易く包み込んだ。やがて泡は散り、その中から輝く真新しい皮膚をまとい、悪夢から覚めたかのように瞳を開いた。ナイフは傷口からひとりでに抜け落ち、床に転がった。私はこれを取り除くことなどできない。決して。それは絶対に死なない。決して。いかなる姿であろうとも。いかに見えようとも。

 

再びナイフを手に取った。その尻に突き立て
喉元まで縦一文字に切り裂いた。
内臓を抉り出した。窓を開け、外へと投げ捨てた。
それからすべてが静寂に沈んだ
世界はため息をつき、深く息を吸い込んだ
かつて一度も愛したことがなく、恋しがったこともなく、
一度も悲しんだことがなく、不安を覚えたこともなく、
一度も恐れたことがないかのような、純粋な欠落の中に
私自身を見出した。私を唯一無二たらしめていた
あらゆる特質が消滅していった。
窓ガラスに映る我が顔に
目を凝らしたとき、そこに見えたのはただ私だけだった。
呼び起こすあらゆる意味を脱ぎ捨てた
一人の私。浄化され、浄化されたがゆえに
皮膚が透明化していく顔。透明な
皮膚の背後にある世界が
ありありと見渡せ、ふたたび
最初から生き直されるのを待っていた
そのほんの短い瞬間に、硬直したままでいるべきだった
何一つ変わらないでほしかった
怪異を殺したあと
そのほんの短い瞬間に
深く息を吸い込んだ
目覚めないでほしかった
二度と蘇らないでほしかった
間もなく警察の車列が通りに入り込んできた
その中には一台のマイクロバスがあった
マイクロバスは巨大なスピーカーを積んでおり
スピーカーから響く音は、誰もが耳にするほどに轟いていた
誰もこの音から逃れられぬことを
誰もこの音を忘れられぬことを誇示する示威行動
音は、不滅の指導者の声だった
先ほど私はあなたを殺したはずだった
先ほど終わったはずだった
私のあらゆる細胞が息をついたはずだった

「大集会」への呼びかけがなされていた
通りから顔に吹きつける微風が
奴の吐息と混じり合い、私の顔を打ち始めた
死にはしない――私が何をしようと留まり続ける
もう耐えられない
その瞳に疲れ果てた
絶え間なく追い縋るその瞳に疲れ果てた
分かっている、変わることはない
奴の運動
奴の力
奴の痕跡
奴の病が続いていく
奴の点滴が私たちの血を養う
奴の工場で私たちは繋ぎ合わされる
奴の祈りが守護し
奴の呪詛が憑りつく
奴の屈辱的な情けは私たちのもの
奴のおぞましい両手/戦慄を呼び起こすおぞましい両手は私たちのもの
奴の泡立つ口
奴の毒ある言葉は私たちのもの
奴の血管浮き立つペニス
奴の濁った精液
奴の醜悪な/飼い慣らされた/無力な被造物
奴の夕餉
奴の消化不良
奴が垂れ流した糞尿のほか、私たちが何だというのか

 

静寂は破られた

 

この家/部屋は破片となって消滅していく

 

私をひとつに繋ぎ止めていた機構の破片たち

 

ひとつの影、疑わしいひとつの影
私の命に飢えた影の標的になっているかのようだ
この影はまず私の猫を引き裂き
そして今度は私の番だ
落ち着かない
ほんの数歩であれ、家の中のどの足取りも疑念とともに踏み出される
ほんの数口であれ、水の一口一口の向こうに脅威が潜んでいる
水に毒が入っているのではないかという疑念が頭を離れない
たとえ水に毒はなくとも、その瞬間、私は水の代わりに不安を飲み干している
一口ごとにそれは肥大化する
食べ物とは、喉を通らぬほどに不気味なもの
もはやベッドに腰掛けることも/横たわることも、安らぎからは遥か遠い
そして、これが私の猫
唯一無二の友
慈しみをもって育て、そして八つ裂きにした
おそらくは猫が虚無を見つめ
虚無から戯れを生み出すその瞳に、狡猾さ/脅威を見出したのだ
そうして私の目には、忌まわしい怪異、あの指導者へと変貌した
両手を伸ばし、ナイフへと置いた
ナイフを猫に向けた
傷口を押し広げた

 

あなたに秘密を教えてあげる、聞いて! 井戸に近づき、その口から腰のあたりまで、身を伸ばせるかぎり深くへと乗り出すの。そのときこそ、あの唸りは絶対的なものとなる。おぼろげだった反響は消え去り、明瞭になる。けれど、それは一体いかなる音なのか? 残された他の音たちを呑み尽くす音――あなたの言い回しを借りるなら、「空間声」よ。その音とは、他のあらゆる音にとっての静寂――すなわち「対立声」なのだ。沈黙ではない。決して! 腰まで乗り出してみなさい、ほんのわずかな距離の先で、一度も耳にしたことのない、かつて目撃したこともないものに驚嘆するがいいわ。そこで、腰まで井戸に身を乗り出しているあいだ、人を狂わせる、一瞬たりとも止むことのない喧騒から抜け出し、まるで母の胎内にいるかのように、あなたの内側は安らぎで満たされるはず。けれど、用心するに越したことはないわ。そうでしょう? 誰かが後ろから忍び寄り、あなたを井戸へと突き落とさないと誰が言い切れる? 突き落とさない理由なんて、どこかにあるかしら?

 

あなたにもうひとつ、別のことを話してあげる
毎日、井戸たちへ通い
井戸の中で何かを探しているというのは本当よ
それは脇に置いておいて
私には夫も、娘もいなかった
すべては影にすぎない
処刑されたのは誰だったのか?
私の過去の中に閉じ込められた誰かなのか?
けれど、誰が?
私の血肉なのか?
たとえ見知らぬ他人であれ
ケーキの夢は、私に誰を見せたのか?
誰を!
おまけに、私の写真など一度も撮られたことはない
写真アルバムだと思って見つめていたもの
それはスーパーの週刊チラシだった
チラシの特売品たちが、私の意識の中で人間の姿へと化けていたのだ
存在もしない私の幼少期の写真を
決して見つかるはずのない場所で探していた
赤いセーターを着た夫と、娘と、私
それは大から小へと並べられた、食器用洗剤のボトルたちだった

 

だいたい、あなたはどうしてここへ来たの? なぜ来たの、どうして黙りこくっているの!? おおよそ見当はつくわ。一晩中私の目の前で首を垂れ、後悔の記念碑のように突っ立って夜を明かし、私の良心を揺さぶって攻撃するつもりなんでしょう。そして私は「よくあることよ」とでも言って、すべてを水に流す、と。(おそらく私は忘れるだろう。まるでそれから逃れる術があるかのように。忘れてしまうのだ。幻肢痛のようにこめかみで過去が疼くだろう。あなたが仕出かしたことは不問のまま終わる。やがてあなたも忘れる。誰も覚えてなどいやしない。この家/工場は取り壊され、何もかもが端から起きなかったことになる。あなたはすでに何かの物体へと変貌してしまった。椅子の破片と化したのだ。だが、そんな椅子を一体誰が欲しがるというのか? 不穏以外の何一つ約束しない椅子にすぎないのに。)何様だと思っているの? 自分の良心ひとつねじ伏せられないほど、私が不具だとでも思った? ああ、なんて馬鹿げているのかしら! 良心に苛まれているのはあなたのほうじゃない。謝罪のためというより、私を憐れんでいるからここにいるのよ。さもなければ、己の行き詰まりにまるで無自覚なまま、丸暗記した台詞を反復しているだけだわ。どちらのほうが酷いかしら? 私を憐れむこと? それとも暗記した茶番を演じ続けること? まるでロボットのように……。一体何が望みなの? 私とまたヤリたいの? 朝まで音楽を聴いて踊り明かしたい? 詩について語り合いたいとでも? そんなことをしてくれる相手なら、他所にいくらでも見つかるはずよ。それらは繰り返される。私とであれ、別のだれかとであれ……何の重要性があるというの? 終わりを知らないその沈黙に、何かしら詩的な響きがあるとでも思っているの? もしそう思っているなら言っておくわ。失せなさい、自分が満たされる場所へどこへでも行きなさいよ。私はあなたの感情的なマスターベーションの道具じゃない!(おそらく私はまた通りへと身を投げ、煙草の煙を、アルコールの匂いを辿るだろう。誰かと出会う。服を脱ぐ。肌を重ねる。喘ぎ声を上げる。果てる。口を閉ざす。いつものように沈黙する。誰もがいつも沈黙するのだ。沈黙を一神教のように崇拝している。ベッドの脇で丸まった衣服を見つめ、それらを饒舌な双子たちで満たすだろう。その双子に私の問いを投げかける。けれど、奴らに代わって答えることのあまりの無力さに思い至り、問うのを諦めるのだ。言葉を口にする者たちもいる、むろん。いないわけではない。「何を考えているの?」と私は尋ねるだろう。またしても奴らは呆気にとられた顔で私を見つめるだろう。それは、まるで先ほど抱き合っていなかったかのような、まるで私が立ち去ってしまったかのような、まるで一度も存在せず突如としてその隣に出現したかのような困惑の表情だ。それから語り始める。誰一人として文を結ぶことができない。適切な言葉を探すうちに何を話そうとしていたか忘れるか、話題から話題へと飛び移って文脈を見失う。問い返してはこない。私が語ることを許さない。私は奴らを知ることは決してない。私は私を語り伝えることは決してない。こうして続いていくのだ。奴らの沈黙の中で、あるいは舌の上で唾液まみれになった言葉の瓦礫の中で、私は窒息するだろう。眠りたい。ただ眠りたい。だが、もし私の現実が悪夢のように夢の中へとなだれ込んできたら、そのとき私はどうすればいい? 井戸へ行き、身を乗り出すべきだ。私の声を喪失するのだ。私の耳を。私の目を。私の皮膚を。恐怖と不安で決して弛緩することのなかった私の肉を。井戸の中では思索しない。私の思考の音は、井戸の唸りへと混ざり合うだろう。私は、溶け合っていく。)

 

3. 死にまつわる、なんと多くのこと
そのどれひとつとして、死そのものには関わらない
まだ、そのときではない

 

理解することではなく、諦念こそが私を浄化するだろう。いかに満ち足りていたとしても、なぜ私はまだ彼女の前にいるのか? 分からない。骨の髄まで納得するのを待っているのかもしれない。そうだ。納得しない細部など何一つ残らぬことを欲しているのだ。私たちのあいだの沈黙は新たな言語へと変容し、口にされぬ文たちが天井へと昇り、ふたたび衝突し合っている。まるで凍えているかのように、彼女はカーディガンの胸元を両手で合わせる。あの豊かに溢れんばかりの乳房を、もはや見ることはできない。二度と愛し合うことができないという事実もまた、痛切だ。その肉体にのしかかり、我が内なる臓器の耐えがたい痛みをわずかでも鎮めることなど、もはや叶わない。彼女が寒さに震えるかのようにカーディガンを掻き抱いたというだけで、世界は急速に冷却し、私の眼前で氷河の青へと染まっていく。一方の私は腐敗しつつある。皮膚が水膨れとなり、毛穴からは黄色い膿が滴る。私の臭気が部屋に充満する。終わるべきものは単に私たちの関係だけではないかのように、私の血が沸き立つ。だが実際にはただ雨が降っているだけであり、目の前の女は瑞々しさの分け前を欲しているだけなのだ。もはや共にいることを望まぬ彼女を理解しようとしない、目の前のこの男ではなく。彼女はソファーに両手を突いて身をもたせかけ、その座り直す姿勢を数ミリだけ変える。私は諦念を受け入れる。変化の時が来たのだ。もはや彼女の過去において思い出されるべきではない、忌まわしい記憶のあいだに居場所を見出し、そこに留まるべきなのだ。扉から出て行かねばならない。出て行き、彼女が深く息を吸い込むことを願うべきなのだ。これこそが私の贈る最後の、そして最高の贈り物となるだろう――私の残していく空白こそが……。

 

テーブルの上に置かれた焼き菓子に彼女は目を落とす。おそらく私が立ち去ったあと、それらをゴミ箱へ捨てるだろう。あるいは鬱憤を晴らしきれず、キッチンの作業台で拳の裏を使って粉々に叩き潰してから捨てるかもしれない。分からない。私が去ったあと彼女が何をするかなど、見当もつかない。ただ煙草に火をつけ、その一本を燻らせるあいだ、自らの人生で最悪の経験を味わい、それを無事に生き延びたのだと思いを巡らせるだろう。そして、己の凡庸さを中断した場所から再開するのだ。自らを放心へと追いやったナニカが終わりを迎えたことにさえ、歓びを覚えるだろう。何よりも苦痛なのはこれだ――私が去ったあとに彼女が何をするのかという知から疎外され、彼女の物語の続きが、もはや私とは無縁になってしまうということ。

 

だが、彼女と出会ったあの夜は、とうてい忘れられるようなものではなかった。私がビールを手に彼女の傍らへと滑り込んだその瞬間から、マイルス・デイヴィスがバーの向かいで独り「サマータイム」を吹き始めたのだ。その音は通り中に響き渡り、彷徨える魂たちを夜の信徒の群れへと集め、快楽を狂乱へと駆り立てる説教を促していた。マイルスは何日ものあいだ、息継ぎひとつせずにトランペットを吹き鳴らし続けた。果てしなく思えるその息吹に、まるで影のようにジョン・コルトレーン、チャーリー・パーカー、チェット・ベイカーが加わり、その吹き鳴らしによって瞬間的な吐息と表層を漂う感覚を生み出し、重層的な構造を築き上げていた。「サマータイム」が続くかぎり、私たちもまた持続していた。重力から免除された二つの肉体が、慈しみをもって、そして過去の泥沼から復讐を果たすかのように愛し合っていた。交わりと対話のリズムもまた、そのソロの支配の下で形作られていた。トランペットとサックスの音は昨夜途絶え、天井で衝突し合う沈黙の言語へと合流した。マイルスとその仲間たちは、己の使命を完遂したのだ。彼らの奇跡が別の宇宙へと旅立ついま、私の前にいるのはアルバート・アイラーだ。アルバートは床にあぐらをかき、片手に煙草、もう片方の手にサックスを持ち、黒い顎に輝く白い髭を蓄えて私に微笑みかけていた――思い出すことは恐ろしい。アルバートは己の息吹をもってサックスにのしかかる。根源的な野生を再発見しながら、存在のパロディを、先ほど聞こえては消え去った祈りへと合流させる。息吹のたびに、部屋の中における私の佇まいをも形作っていく。エントロピーが加速する。皮膚が膨れ上がり、筋肉が解け始める。私は顔を擦る。顔から手を離すと、皮膚が剥がれ落ちて手の中に残る。私の血は濃く、泥濘に似ている。苦痛のあまり顎が硬直して噛み合わさる。叫ぶことができない。彼女は恐怖に慄き、金切り声を上げる。アルバートは身を乗り出す。肉体であることの無力さを、肉体が存在することの不全性を音へと変換していく。私は息吹によって彫刻された肉の彫像だ。腐乱した肉の彫像。私は立ち上がる。部屋の真ん中に彫像のように直立する。私の疲労、腐乱した肉の臭気、そしてあの耐えがたい消滅への意志が、光背のように私を取り巻く。手を伸ばし、ポリ袋に入った、おそらく数人分には十分すぎるほどの焼き菓子をすべて口に詰め込み、咀嚼する。噛み締めるたびに、歯が一本ずつへし折れていく。なぜこんなことをしているのか分からない。彼女は口元に手を当て、えづき始める。私を見つめたときに微笑んでいたその唇は、いまや嘔吐を堪えるために固く閉ざされている。私・は。諦・念・し・た。一・体・の。彫・像・だ。部・屋・の。真・ん・中・で。私の肉は重力に抗うことができない。顔から零れ落ちる血と肉片が、絨毯を台無しにしている。かつてこの絨毯の上で愛し合っていたときには、もっと輝いて見えたというのに。私は部屋の真ん中に立つ彫像だ。己自身の手で彫り刻まれた彫像。肉の彫像。肉ではなく大理石の肉体であったなら、私は山の中から彫り出されて彼女へと駆け寄っただろう。山の鉱脈を宿した眼差しはさらに説得力を持ち、私の狂いなき信念を証明するに足るほど壮麗であっただろうに。

 

腐敗が我が肉体の操縦桿を掌握したとき、それが私を連れて行く場所が「死」ではないことを知っている。筋肉のなかで灼熱感とともに始まった痛みは終わりを知らず、私を解放しようとしない。痛みは筋肉のあいだを旅し始める。行く手に現れるすべての神経終末に、あざ笑うかのように触れていく。私は硬直する。突如としての震えが、抑えきれぬ嘔吐感に伴走する。吐く。吐く。吐く――緑から黄色へ、赤から茶褐色へと移ろう流動体のスペクトルを描きながら、吐瀉物が絨毯へと広がっていく。てんかんの発作ののちに……この視覚的饗宴は、私から意識を喪失させる。黄色い膿が、私の亀裂からとめどなく噴き出す。そして傷口の中のウジ虫。そして傷口の入植地に巣食うナンキンムシの信徒集団。痛みとともに、それらが筋肉のあいだを這い回るのを感じる。私の無尽蔵の肉の味に浸り、やつらは黄金期を謳歌している。腐敗の瑞々しい接触が続く。えづきと、人間ならざる絶叫をあげながら、私は生き延びる。痛みは、その拷問を私の肉に歓喜をもって、熟練の職人のように迅速かつ狂いなく刻みつけていく。作業台に向かうその姿を見つめることは、私を興奮させる。幾度となく痛みに試され、痛みについての知覚に満ち足りていたはずの私ですら、「痛み」がこれほどまでに創造的であり得るという事実に驚嘆を禁じ得ない。それはいつでも私を窒息させることに成功する。濃厚な泥の血が、あらゆる孔から流れ出る。次第に速度を増す。やがて噴出する。私は灯台のように輝く。「痛み」は、私の上で試す器具たちをなんと巧みに操ることか。虚無の鞄からその一つひとつを取り出し、繊細に私の上で試すのだ。「痛み」の職人技は、やがて「私」を他者へ――我が双子へと変造する。双子であれ、他者の痛みにいかに立ち向かうのか、あるいは他者の痛みを前に何ができるのかを見届けようとしているのだ。私は椅子に腰掛ける。ストレッチャーがあり、その上に私の双子が横たわっている。双子の上に身をかがめる「痛み」。「痛み」の作業台で加工されている宝石のように、双子は輝いている。私は長いあいだ二人を見つめる。絶対的な調和。窪みを過剰が補い、過剰を窪みが埋める。まるでジグソーパズルのピースのようだ。やがて私は双子の顔へと身を寄せる。汗が、そのこめかみから床へと滴り落ちている。その額を舐め、味わってみたいと欲する。これまで味わってきたあらゆるものを忘れさせるような味を期待しながら。舌が触れたとき、まず塩の味がする。その瞬間、私は打ち震え、凄惨の極みをもって双子の肉体を支配していた拷問が、私の肉体へと伝播する。気がつけば、「痛み」の作業台に横たわり、私の頭上から額へと舌を這わせている双子の姿が見える。瞬きする間に、やつは私の位置を占めており、先ほど私がやつを見つめていたのと同じ眼差しで私を見下ろしている。微笑んでいる。決して味わうことのできないはずの、私自身の味。「痛み」が筋肉のあいだで居場所を変えるにつれ、私は映し出され、反射する光の中で微笑む双子をさらに強く抱きしめる。「痛み」は、私の肉の記憶に編纂された詞華集に確固たる座を占める。年代が記され、余すところなく保管庫に記録される。蓄積された経験は痛みの職人技に磨きをかけ、それがさらなる自信を与えているに違いない。なぜなら、神経終末への接触の軌跡がいかに偶然に見えようとも、私が身悶えする急所を見逃すことはなく、そのうえ私が悲鳴で応じるたびに同じ箇所へともう一度触れることを決して怠らないからだ。私は「痛み」の叡智と専制の下で調教されている。いまやそれは口を開けて立ち昇る。頂点に達した瞬間、他の接触とは打って変わり、渾身の力でのしかかってくる。電気的な愛撫、そしてその衝撃に私は激しく揺さぶられる。打撃は神経網のすべてへと拡散し、同時に耳をつんざく耳鳴りが耳の奥へと打ち込まれる。

痛みの力は尽き果てていく。引き返す道すがらの足取りは(決して治癒ではなく)再創造の傲慢さをもって膨れ上がっている。釘は緩んで床へと落ち、耳鳴りを耳の奥の囚われから解放する。深淵から泣き声が聞こえてくる。誰が泣いているのか? 深淵から嗚咽に暮れるひとりの女の泣き声が聞こえる。母さん、あなたなの? あなたが泣いているの? 私が閉じ込められたこの暗闇は、誰が設計したものなの? 母さん? あなたなの? 私には両手がない、母さん。足もない。顔もない。私は一個の「無」へと成り果てた。あなたと話すことなどできない。私が語る言葉に、あなたが決して満足しないことを私は知っている。私が無へと成り果てようとも、あなたは止まらないだろう。私でさえ答えるのを躊躇い、答えすら知らぬ無数の問いを次から次へと浴びせかけてくるだろう。あなたは満足しない、母さん。立ち止まるべき場所を知らないのだ。私のことをそれほどまでに気に掛けるあなたに、私はもううんざりしている。三十代半ばにもなって、いまだに子犬のように扱われている。あなたの愛の下で押し潰されることに疲れ果てた。もしこれらをあなたに告げたなら――私がひどく疲れているのだと、本当に言いたいのはそんなことではないのだと、休暇を取って少し気晴らしをするようにとあなたは言うだろう。それどころか、旅費をポケットマネーから出すとさえ言い出すに違いない、私には分かっている。愛によって磨耗した人間的な感情をもって、あなたが私に何を味わわせてきたのかに気づきすらしないのだ。私を守り続けることに、疲れもしないのか? うんざりしないのか? もう私の襟首から手を離してくれ! 少しでいいから私を憎んでほしい。そうして初めて、私は深く息を吸い込めるのだから。「なぜ?」とあなたは問うだろう、私には分かっている。止まりはしない。自らの愛に比類するものがないことを、あなたは自覚している。それを武器のように振りかざすことに、私はもう耐えられない。あなたほどの献身を、他の誰の中にも見出すことはできない。この理解を誰の中にも見出すことはできない。厳然たる事実とは、あなたが決して理解しないこと――すなわち、愛と無償の善意が、どれほどおぞましい悪徳であるかということだ。誰も、立ち向かうことのできぬ愛と善意の影の下で生きたいなどと望みはしない。もし望むのだとすれば、それは無力さ以外の何だというのか? 私を解放してくれ。あらゆる過ちを許してくれる誰かを見出す希望を抱いて彷徨うことから、私を解放してくれ。私に私自身を忘れさせてくれ、半身不随のように私をベッドへと縛り付ける絶望の重みから滑り出させてくれ。自らの名をも脱ぎ捨て(そうだ、見えないフォントで私の名が墓標のように頭上に刻まれている)、名が麻痺させたこの肉体を解放することができる。がらんどうの部屋で、自分の名を何度も何度も叫び続けよう。幾度となく。何日も、何か月も……。その意味が磨滅するまで……。硬直するがいい。私の記憶を支配していた領土から、まるで端から存在しなかったかのように消え去るがいい。純粋な火によって、私自身の火によって私は消滅しなければならない。そのとき初めて、類を見ず、邪悪な四肢を欠き、知性の無邪気な善意を欠いた、私の主観的な言語が打ち立てられるだろう。事物とその意味を、意味の客観的な対応物を変容させる言語――定義されたものを解体し、恐るべき真実を、そして心地よい戦慄として「無」であることの快楽を報酬として見出す言語を、私は創造することができる。そしてこの言語をもって、決して他者を必要とすることなく、私自身を現実にすることができるのだ。それ以外の道などあり得ない。この火は、信じてほしい、叫びというよりは私の中にひとつの微笑みを生み出すだろう。ああ、なんと見事な醜悪さをもって私は吐瀉することだろう! はじめて憎まれ、嫌悪されることに快感を覚えるだろう。私が生み出したおぞましさを肥大化させよう。腸の中の寄生虫のように路上を徘徊しよう。人々の胸を悪くさせよう。奴らが暴露したくない本名となってやろう。姿見のように奴らの前に立ち塞がってやろう。私の血に触れる誰もが、私の醜さを背負うことになる。そうだ、分かっている、私は幾千もの臍の緒で世界と繋がれている、そして信じてほしい、すべての結び目はひとつ残らず解かれるだろう。我が名から身を脱ぎ捨てたとき、私は言うだろう――母とは、その臍の緒を切り落として私から強奪された、最初の器官であったのだ、と。煙のように部屋に満ち、窓から世界へと静かに散っていくだろう。ペニスが擦られ、膣が愛撫され、ひとつの首が絶えず同意を与え、ボタンがふたつの襟を留め、リフレインが舌先で唾液まみれになる世界へ。

 

リフレインが舌先で唾液まみれになり、ドアノブが回され、目覚まし時計が煽り立て、プラスチックが正当化され、果物がバーコードを貼られ、むろんポリ袋に詰められ、釣り銭が数えられ、しばし立ち話が交わされ、あるいは一言も交わされず、誰かが綻びを繕い、誰もが名前を持っている世界へ。誰もが見えない墓標のように、額の上に己の名を刻みつけている世界へ。血が水たまりを作り、皮膚がシーツのように風とともにゆっくりと漂い、骨が太陽の下で真珠のように輝き、半開きの口から垂れ下がった舌が語るべき言葉を失い、もはや永遠の沈黙の言語で語り合う世界へ。どうせ草は枯れ、死者は孤立し、夜になれば犬どもが飢え狂い、映画が終われば誰もが別々の方角へと散り、デスクライトは部屋を十分に照らさず、カビは壁に染みを残し、水は飲まれ、飯は食われ、眠りは眠られ、夢は見られ、仕事は回り、肉は萎び、子供はいつも生まれるとは限らず、本は置かれ、日は過ぎ、アスファルトは延び、散乱し、歩かれ、人間が、むろん人間が触れ、触れるたびに損なわれ、損なわれるたびに増殖し、しばし猶予が与えられぬ場所――すなわち日常の中を私は生き続けていくだろう。そして、あまりにも美しいひとつの歌となるだろう、誰が歌ったのかさえ忘れ去られるような、私は無名の存在になるのだ、母さん。

 

ひとつの過ちを強情に貫いて地表から身を起こしたからには
汚れたグラスに映る世界を見つめるからには
古びた街で無一文になり、死骸のように悪臭を放つからには
慄きとともに、かつての血を脱ぎ捨てるからには
比類なき身のこなしで、確たる佇まいを獲得するからには
赴き、ひとつのポーズをとって姿を現さねばならない
誰もが見るべきだ、家々から遠ざけられたこの怪異を
そして誰かが唇を歪めて顔を背けるたびに
そのとき、私はもう少しだけ私自身へと近づくだろう
良心のあの騒々しい喧騒は、もう少しだけ鎮まるだろう
赴き、ひとつのポーズをとって、怒りと暴力のシャワーの中で浄化されるために身を洗わねばならない
歓びをもってなど、決して――
不動の
狂いなき
ひとつの
自己犠牲をもって

 

彼女の悲鳴で目が覚めた。部屋の隅に縮こまり、ナイフを手にして助けを求めていた。絨毯は、残念ながらもはや使える状態ではなかった。腐乱した肉片、黄色い膿、血と吐瀉物に塗れた絨毯など、一体誰が使いたいと思うだろう? 彼女は絶叫していた――「お願いだから、もう行って。お願い……出て行って」 床に何時間横たわっていたのか分からない。ふたたび共にいる可能性が万に一つでも残されていたとしても、先ほど起きたことのせいで、それは永遠に消滅した。立ち上がり、壁掛け時計のガラスに映る我が顔を見た。顔の半分が生皮を剥がれていた。筋肉のあいだをウジ虫が蠢いている。私はもはや、人々が目を瞠る異形だ……孔という孔から汚物を撒き散らす「ナニカ」なのだ……。

 

彼女をその属する空間に、彼女の肉体とともに置き去りにして外へ出た。錆びた鉄の階段をどのように降りたか、言い表す術もない。私の下降は静かで、平淡だった。駆け足で工場の中央に位置するバザールの広場へと出た。バザールは、夜のこの時間帯にふさわしく閑散としていた。広場を抜け、工場の巨大で錆びついた扉を出た。彼女の部屋の窓の前へと回り込んだ。そこには、まだ年端もいかぬ少年の首なし死体が横たわっていた。頭部を粉々に打ち砕いた鉄パイプが、血まみれのままその真上に転がっていた。時刻は深夜を回り、雨は降り続いていた。歩くにつれ、私の肉は崩れ落ちていった。私は暴力の森で足跡を見失わぬよう撒かれたパン屑だ。私はパン屑だ。私の歩みは地表に直線を引くことはなく、その道筋は単純ではない。だが、私は私自身を見出すだろう。私。パン。屑。森の中。足跡を追っている。いまのところ私自身についての証拠など何一つない。言葉もない。私自身を見出したとき、私はもはや自分を必要としない年齢に達しているだろう。

 

服を脱ぎ捨てた。大通りで。アスファルトを鏡へと変容させる雨の接触は続き、私は看過できぬほどに輝いている。汚点の輝き。私のペニスが両足の間から鏡のアスファルトへと垂れ下がっている。掌に収まりきらぬ太鼓腹は膨らんでいる。垂れ下がった胸。私はなんと打ち震えていることか。これは正しいポーズなのか? 私の醜悪さから着想を得る者などいるだろうか? こんにちは、私は猿だ。毛のない、酔っ払った猿だ。こんにちは、私は二本足の、まだ呑み込まれていない容易い一口だ。こんにちは、私はひとつの眼差しが肥大化させ、ついには無へと帰したイメージだ。毛がなく、醜悪だ。こんにちは。私はセミフではない。こんにちは、私は彫像だ。毛のない、酔っ払った彫像だ。

 

覆面の者が近づいてくる。手にしたナイフで私の腹を愛撫する。哀歌を歌う声など私にはない。こんにちは。むろん、ありふれた挨拶だ。こんにちは! 終わったばかりの物語の最終幕に私はいる。こんにちは、我が脊椎の幾何学は、純粋な飢餓の佇まいをもって強大だ。その強大さは胃袋に吐き気を催させるに違いない。こんにちは、サジダ(拝礼)に伏すムスリムの豚たちや甲殻類の額に宿る神聖な光から。こんにちは、私をひとつに繋ぎ止めていた機構はもはや機能していない。通りの真ん中に立つ一人の男、死との距離はメランコリックですらない。私のペニスが彼女を、我が心臓が彼女を、我が太鼓腹が彼女を、垂れ下がった乳房が彼女を渇望している。彼・女・を! 彼女の瞳を通してもう数秒だけでも世界を見つめることができたなら、我が内は平穏で満たされただろうに。私はカボチャだ。民俗学的な神話だ。語られるにつれて変容し、変容するにつれて忘れ去られ、忘れ去られるにつれて神格化されるひとつの料理、時代の容易い一口だ。

 

こんにちは、私から残されたあらゆるものを、街灯に背をもたせかけ、思考が己自身を現出させたあの彫像のような静止へと委ねる。立ち止まることによって私は持続する。警察官が、警棒で路上に横たわる女の頭を打ち砕いている。ヘリコプターが通りを捜索している。警官は、路上で身動きしない女の傍らを離れ、私へと向かってくる。警察が己の力を被害妄想から得ているのだとすれば、その妄想の引き金を引くものを見つけることほど容易いことがあるだろうか? おそらく街灯に寄りかかり、勤務中の警官をただ眺めることなど禁じられているのだろう。私は微動だにしない。ヘルメットとマスクの陰に顔を隠したあの警官を見るがいい、私のうなじから髪を鷲掴みにし、アスファルトへと頭を叩きつけるその姿の、なんと信仰に満ちていることか。至高の国家を守るためにポロネギに宣戦布告した兵士のように戦っている。そうだ、そのポロネギこそが私だ。一本のポロネギがいかにして巨大な国家を脅迫し得るか、まさにその程度に私は脅威なのだ。この喧騒など、私には微塵も意に介さなかった。

 

影たちが機動隊と衝突している。四方八方から催涙ガス弾が撃ち込まれる。煙が通り全体を呑み込む。警官は私の上でもがき疲れると、「テロリスト!」と怒鳴る。「クソ野郎……」 いまや私の両腕を背後で束ねて手錠をかける。私の血が再び沸き立ち始める。手錠をかけられる瞬間、手首が小枝のようにへし折れる。うなじから髪を掴んでアスファルトに叩きつけようと引くと、髪がその手の中に引きちぎれて残る。再び掴んで引っ張る。私の頭皮が生皮のまま剥がれ落ちる。数秒間、何も起きない。警官は何が起きたのか理解しようとしている。おそらく己がこれほどまでに強大であることに内心驚き、得意満面になっているのだろう。それから奴の声が聞こえる。夥しい騒音のただ中でも容易く聞き分けられる。「売国奴!」 そうだ、そうだ。続けろ。私は売国奴だ。私は裏切りのポロネギであり、お前は英雄の警官だ。奴は私を仰向けに引っくり返し、拳で私の顔を彫刻し始めた。暴力の芸術だ。続けろ。見事な腕前だ。だが長くは続かなかった。ほんの数発の拳で私の頬骨を砕き、鼻をひん曲げ、眉と目をぐしゃぐしゃに混ぜ合わせることに成功したからだ。奴の下で、私は口から泡を噴き散らしながらもがいている。警官はベルトから警棒を抜き取った。そうだ、おっしゃる通りですよお巡りさん、警棒の一撃も悪くない。余分な肉をさらに削ぎ落とし、私から何一つ残らなくなるまで加工し続けるがいい。お前が創り出した「無」という名の抽象彫刻は、美術史に偉大な足跡を刻むに違いない。「てめえの母親を犯してやる……このクソ野郎……売国奴……」 見てごらんよ母さん、治療などされ得ぬなんと多くのものがあることか。すべてを脇へ置いておくがいい。あの混じり気のない愛すらも……。

 

霧が晴れていく。向かいの通りから人間の集団が私たちへと向かってくる。「タクビール(神は偉大なり)」を唱え、祖国の不可分の一体性を叫んでいる。どこから現れたのか定かではない数人の不気味な影が、手にした地獄の業火の一片を警官へと投げつける。警官はいまや松明のように火だるまとなって疾走する。奴の駆け抜ける距離が光に照らし出される。通り沿いに横たわる死体たち、瓦礫と化した商店、灰となった車両を、ひとつひとつ私たちの眼前に突きつける。私は一糸まとわぬ姿だ。放心の恐るべき美しさに呑み込まれ、自らの醜悪さを消滅させる。己の凡庸さにある醜悪さなど、決してではない! 凡庸の叡智を一体誰が理解し得たというのか? 奴を私に引き合わせるがいい。私の手は虚空で奴と握手するのを待っている。誰だというのだ? 奴の男性的かつ女性的な口づけを交わそう。奴の知るすべてを学ぶために、奴の知るすべてを我が口の中に含もう。強大な腐乱した舌でリズミカルな接触を与えよう。奴を我が内に、奴の内に、奴のあらゆる空隙に、我がすべての空隙に……。やがてタクビールを唱えていた集団は、警官に起きた災厄を私の責任と見なしたのか、私へと襲いかかってきた。殴るがいい。私を彫刻するがいい。

 

目覚めたとき、太陽はとうに昇っていた。太陽は、自らの太陽らしさを何ひとつ失っていなかった。その下で横たわる私たちもまた、自らのルサンチマンを何ひとつ失ってはいなかった。何十人もの人間に取り囲まれ、憐れむような視線を浴びながら、私は路上に横たわっていた。衣服がどこへ消えたのか分からない。辛うじて立ち上がると、群衆の顔に浮かぶ憐憫の表情は倍加し、吐き気へと変わっていった。あたりを見回した。街は戦闘を終え、人々は日常へと戻っていた。大通り沿いの建物の多くは廃墟と化していたが、人々は自らの知り尽くした所作を反復し続けている。終わってしまったものを延命させることにかけて、連中の右に出る者はいない――私と同じように。私は糞尿と血、汚泥に塗れていた。死骸の臭気を放っている。腹のナイフの傷は広がり、腸の一部が外へと垂れ下がっていた。すべては整った。肉体の一部が剥落している状態で立ち姿を保つことは、思っているほど容易いことではない。残された筋肉も、頑丈であるとは言い難かった。平衡を保つのは困難だったが、ひとつのポーズを定め、渾身の力でその姿勢に静止することに成功した。いまや私はダビデ像のように直立し、虚ろな瞳で一点を見つめ始める。群衆がこの痛ましい「ナニカ」にどれほど耐えられるか分からないが、長くは持たないことだけは確かだ。群衆を掻き分けて輪の中に入り込んできた数匹の野良犬が、アスファルトに散乱した私の肉を喰らい始め、間もなく路面には私のかけら一つ残らなくなった。私はパン屑だ。飢えがその道を見出すための。犬どもは肉の供給源へと引き寄せられる。私の周囲に第二の包囲輪を形成する。鼻で理解する者たちが、私の臭いを嗅ぐ。私の臭気はやつらの胃袋を刺激しない。その中で最も罪なき一匹が、私の脹脛から最初の肉片を引きちぎる。私は容易い獲物だ、言ったはずだ。群衆から怒号が上がる。私の脚には無数の牙が突き立つ。そしてひとつの口が、勃起した私のペニスを噛みちぎる。自分がどうあろうと構わない。見据えた一点から、固められた姿勢から私を引き離すものは、もはや「苦痛」ではない。苦痛との取引は昨夜終わらせたのだ。苦痛は、もはや私から遠く離れた場所にその作業台を据えるだろう。そして犬どもへの投石、私の腰への蹴り。犬どもは散り、私はうつ伏せにアスファルトへと叩きつけられる。倒れるとき、自らを守るための盾として腕を使うことはしなかった。反射神経は、もはやかつてないほど遠ざかっていたからだ。彫像が形成され続けるためには、危険こそがかつてないほど死活的な意味を持つ。アスファルトと鼻先が激突したことで、私はさらに痛ましい姿となる。立ち上がる。辛うじて立ち上がる。ほら! 新しいポーズだ。蹴りに対する返礼として、満足の笑みを浮かべて見せる。なぜならこの彫像は、拍手や賞賛の言葉のためではなく、まさに私刑によって贖われるべき思想をもって歩み出したのだから。群衆のあいだで小競り合いが始まる。群衆は、私を保護しようとする者たちと、この茶番を直ちに終わらせるべきだと考える憤怒の民衆へと二分される。数人が私の腕を取り、私の周囲で人間の盾となる。他の者たちは私に届こうと渾身の力でのしかかる。輪の中の輪。だが、私を守ろうとする者たちの力は怒りの前に屈服し、怒りという名の猫とともに、私は望み通りの場所で独り残される。最初の一撃は私を薙ぎ倒すほど強烈だったが、続く打撃は最初ほどではなかった。打撃の躊躇いは、私の身にこびりついた汚物が自分たちに跳ね返る可能性から生じていた。そしてその事実が私をあまりにも愉快にさせ、顔に浮かんだ笑みは哄笑へと変わっていった。だが耐えねばならない、笑ってはならない、ポーズを維持しなければ。体勢を立て直し、腐敗を持続させねばならない。しかし、私の無関心と執拗に演じ続けられるパフォーマンスに耐えかねた群衆は、いまや削り取られるべき私の部位へと、より一層の献身をもって触れてくる。打撃のすべて、咬み傷のすべてが、私が完成へと至る瞬間へと急速に私を押し流していく。それからどうなるか――太陽は太陽たることを放棄し、赤と青のパトランプの光へと染まる。何が起きるか? 私は、逮捕されるのだ。

 

Son bir şarkı daha duymak istedim. Keşke o yükselen trompet notaları önce beni, sonra da geriye kalan her şeyi, sonsuz boşluğun sıcak yatağına çekebilseydi. Sadece bir şarkı daha… Ne zaman öleceğimi bilmiyorum. Ölemem. Ölüm Meleği bir şezlongda uzanmış, kokteylini yudumluyor, teni kızıl ve mavi güneşin altında yanıyor. Ölüm beni unuttu. Diğerlerinin biletleri çıkarılmışken, ben burada ölümsüz liderimle kalacağım. Çürümeye devam edeceğim. Atomlara indirgensem bile, her parçam nefes almaya devam edecek. Ölüm gibi umut dolu bir okşama bir daha asla tenime dokunmayacak.

 

2020-2021

© 2026 セミフ・ユルドゥズ ( 2026年10月14日公開 )

作品集『X』最終話 (全1話)

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