「芋煮をしたいが、場所がない。……ということだな。ふむ」
したり顔に腹が立つ。こいつはいつもそうだ。今回は俺の言った『芋煮』というワードに食いついてきた。きっと何かおかしなことを考え始めたに違いない。
「直樹、あのな、よく聞け。俺は『芋煮会に行ってみたい』と言っただけだ」
「碧衣、よく聞け。俺はその願いを叶えてやろうと言いたいだけだ」
「願いって、大げさだな。ちょっと行ってみたいなーってだけなんだから。つーかなんで俺が主催者側なんだよ。俺は芋煮会をちらりと覗いてみたいだけだ」
「よし、何とかしてやろう。おまえは運がいい。俺は今ちょうどA定食を食べ終わったところだ」
「運がいい、じゃねえよ。そんなに重要な案件じゃないから、何とかしてくれなくていい」
俺は拒否したつもりだったが、ヤツは「任せとけ!」と言って学食を飛び出していってしまった。
「任せとけじゃねえっての……!」
俺がトレイに乗った食器のガシャッという音とともに頭を抱えたのも、無理はないと思う。
直樹と初めて会ったのは、大学の入学式だった。人懐こい笑顔を振りまいていたヤツは、すぐに多くの友人を作っていた。俺はヤツほど社交的でないものの、気の合う友人も数人でき、ほどほどに良い大学生活をスタートさせることができていた。
「なあ、おまえあの子のこと好きなんだろ?」
五月のある日、それまであまり話したことがなかった直樹が話しかけてきたんだ。
「えっ……?」
「ほら、ロングヘア眼鏡の……ええと、佐々木さん、だったか」
「何だよ、突然」
俺はむっとしていたはずだ。でもヤツはそんなこと気にしていなかった。
「応援するよ」
そう言うと直樹は俺の肩をぽんと叩き、立ち去った。それ以来、俺はヤツに絡まれることが多くなった。今では毎日必ず学食の同じテーブルで昼飯を食っているくらいに。
「なあ、芋煮案件なんだが」
翌日も俺と直樹は同じテーブルだ。周囲から直樹と碧衣はガチ友同士と言われているのが解せぬ。
「まだそれ考えてたのか。いらねえって言ってんだろ」
「碧衣にいつ言おうか迷っていたことが……」
「はぁ?」
俺が顔をしかめると、直樹は周りをキョロキョロと見渡し、低い声で話し始めた。
「佐々木さん、山形出身だって知ってたか?」
ここでやっと、直樹の考えていることがわかってきた。芋煮会を開くからと、まだ挨拶程度の仲の佐々木さんを誘うつもりなのだろう。呆れて物が言えない。
「直樹、おまえに二つ質問がある」
しかし物が言えないのも悔しい。だから質問することにした。
「何だ?」
「まず一つめ。どうして俺にくっついてくるようになったか教えてくれ」
「へ? 言わなかったか?」
「言ってねえな」
そうだったかなぁ、じゃねえ。早く答えろ。
「話してみて、頭良さそうだなと思ったから。仲良くなって恩売ったらいいことあるかなーって」
意外な返答だった。頭良さそう。まあそれはいい。人が周囲に与える印象というのは、本人にはわかりにくいものだ。
「俺は別に頭良くねえよ。……あと一つだが、どうして俺が佐々木さんのこと好きだなんて勘違いしてるんだ」
「え、勘違いなんかじゃないだろ。だっておまえいつも佐々木さんの真後ろに座って髪の匂い嗅いで……」
「だーっ! 人を髪フェチ変態みたいに言うな! んなことしてねえわ!」
思わずテーブルを叩いてしまい、ガシャッと大きな音がした。そろそろ学食のおばちゃんに叱られるかもしれない。
「真後ろで前のめりになってふんふんしてても?」
「してねえって!」
佐々木さんの髪からいい香りがするのは事実だが、俺は髪フェチ変態なんかではない。断じてない。決してない。絶対ない。
「ま、俺に任せとけ。芋煮できるようにしてやる」
「……いや、ここ都会だぞ。そこら辺の河原で火を起こして鍋かけて、なんて無理だって」
「うーん、そうかなぁ」
「東京舐めんなよ。まあでも、俺の部屋でならできるな。IHコンロあるし」
「IH……! そんなのに頼ろうっていうのか! 見損なったぞ、碧衣!」
すべてを投げ出して気絶したい。でも俺の体はすこぶる健康のようだ。
「……うん、見損なわれても全く構わないが、話を進めよう。直樹はIHは嫌なんだな?」
「当たり前だろ!」
「わかった。じゃあおまえの部屋は?」
「ちっせえ電熱線コンロしかねえよ」
「ということは、だ」
「ということは……?」
「この大都会東京に、俺らが芋煮できる場所は、ない」
直樹のがっかりした顔を見て、俺はようやく勝利を掴むことができた気がした。
あの時の勝利は、気のせいだったようだ。直樹はB定食を前に満面の笑みで言った。「芋煮できる場所見付けた!」と。
「嘘だろ? 23区内だぞ?」
「ああ。山火事になるおそれはない」
「そりゃないだろうなぁ。建物火災がどんどん延焼するおそれはあるが。で、どこだよ」
一応聞いてみる。掴んだ勝利を手放さないといけないこの虚しさは、一旦横に置いといて。
「あそこだよ、あの、犬連れたおっさんのとこ」
「直樹は知らないかもしれないが、犬連れたおっさんは世の中にすごくたくさんいるんだ」
「銅像のは一人だろ」
「銅像の……まさか……、上野の西郷隆盛像、か……?」
「あー、そうそう、それそれ!」
俺、近代史苦手でさぁ、じゃねえ。西郷隆盛像くらい覚えとけ。
「……よくわかった。俺が何とかするから、おまえはもう何もするな」
そうしないといけない気がしたんだ。敗北の味は、とても辛かった。
「この間、犬の散歩してるおっさんの銅像んとこで予行演習したら、警備員来ちゃってさぁ」
ぎゃはははと笑う直樹に、佐々木さんが曖昧に微笑む。どうやら普通の感覚の持ち主のようだ。俺の中の、彼女に対する好感度が更に上がった。
「俺、おまえは何もするなって言ったよな? ……まあ、とりあえず火起こししてくれ」
俺は必死で探したんだ。都内で食材や器材持ち込み可のバーベキュー場を。そうして見付けた。インターネットと新木場、ありがとう。予約を取った自分も。
「俺は芋の皮むいてくるから。あ、そうだ。佐々木さん、芋煮は牛肉の醤油味でいいんだよね?」
「うん。米沢だから、醤油味と牛肉のばかり食べてたんだ」
「よし、わかった。任せてくれ」
「本当に芋煮食べさせてくれるなんて、うれしいなぁ。私にも何か手伝わせて」
ニコニコ笑う佐々木さんがかわいい。なんて見とれていると、直樹の大声が俺の耳を襲った。
「碧衣! 俺、味噌と豚肉買いに行ってくる!」
「待て、直樹。材料はもう十分揃ってる。つーかまだ火起こししてねえだろ」
「いやぁ、あっちで犬の散歩してるおっさんが、味噌と豚肉も美味しいよーなんて言ってたからさぁ」
「言ってたからさぁ、じゃねえ。それはまた次に……」
ん? 次? 次って言っちゃったな、俺……?
「そうだな、次にしよう。よーし、俺が華麗な火起こしをしてみせる。いいか碧衣、火起こしというのはな……」
相変わらずのしたり顔でどうでもいいことをマイペースに口走ろうとしている直樹に腹が立つ。腹が立つが、今日は佐々木さんもこの場にいる。
「あはは、二人がこんなに面白いコンビだったなんて、知らなかったな」
コンビ、というところが少々気に食わないが、彼女が笑っているならいいか。
「えっと、じゃあ佐々木さん、一緒に芋の皮むいてくれる?」
「うん!」
直樹が言い出した芋煮案件は、いい方向に転がっているようだ。
……これから、ヤツが何もしでかさなければ。
眞山大知 投稿者 | 2026-01-20 18:26
佐々木さんの人柄のよさに救われる作品でした。わたしの人生経験上、山形県人は芋煮に豚肉と味噌を用意しようとすると「豚汁なんて!」と射殺すような目をしながら侮蔑してきます。彼女なら仙台と山形の芋煮戦争を和解させられそうです。
誰がどの台詞を言っているか分かりやすくしたり、話のオチにもう少しインパクトを足したりすればもっといい作品になるなと思いました
祐里 投稿者 | 2026-01-21 01:31
佐々木さんが山形と宮城の和平大使になる話だったら面白かったかもしれませんね(笑)
でも今回は直樹に振り回される碧衣の微妙な敗北感がメインだったので、そこは狙い通りかなと思ってます。
セリフの区別についてなど、貴重なご意見ありがとうございました!
浅谷童夏 投稿者 | 2026-01-20 20:30
碧衣がかみしめた敗北の味はおいしい芋煮の味。爽やかでいいなあ。なんかほっこりしました。
祐里 投稿者 | 2026-01-21 01:32
ほっこりしていただけてうれしいです。
はい、敗北の味は芋煮の味なのです♪
コメントありがとうございました!