埼玉県川口市の一部地域で女児が相次いで行方不明になっている事件で、埼玉県警は三〇日、事件に関与しているとして川口市在住の無職の男を逮捕した。匿名の通報により男の自宅を調べたところ女児が失踪時身に付けていたランドセルが見つかり逮捕に至った。男は犯行を大筋で認めているが、供述に不明瞭な点が多々あるとして、埼玉県警は慎重に捜査を進める予定だ。
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放課後の図書室で御影蒼司が本を読んでいると、追っている文字に影が落ちた。蒼司は顔を上げ日の光を遮った方に目を向ける。そこには幼馴染で同級生の水無月佐和が雑誌を脇に抱え立っていた。水無月は真ん中で分けたロングヘアの間から覗くクリクリとした大きな目を蒼司に向け、蒼司と目が合うとニコッと微笑んだ。蒼司は気恥ずかしさから目をそらす。水無月は蒼司をのぞき込むようなしぐさから雑誌を机の上に置いて蒼司の対面に腰かけた。
「蒼司君、また難しい本読んでる。そんな本図書室にあった?」
「ううん、これは家から持ってきた本だよ。図書室は落ち着いて本が読めるからね」
「小学四年生からそんな本を読んで勉強しないとお医者さんにはなれないの? お医者さんの息子は大変だね」
蒼司は視線を水無月に向けて読んでいた本をパタンと閉じる。
「別に勉強のために読んでいるわけじゃないよ。内容が面白いから読んでいるんだ。それで、水無月さんは僕に何か用でもあるの?」
水無月は蒼司を見て「ふふ」と笑った。
「実は私、凄い発見をしちゃったんだ」
「凄い発見って?」
蒼司の問いに水無月は答えずに、机の上に置いたパステル調の犬の絵が描かれた『みんなで守ろう動物たち』というタイトルの雑誌を手に取ってページを捲る。そして蒼司が読めるように上下を入れ替え蒼司の前に差し出した。
「この雑誌がどうかしたの?」
「町内の動物好きが集まって毎月作っている雑誌で、学校の図書室にも納品されてるの。かわいい動物が沢山載っているから女子に人気なんだ」
蒼司は「ふーん」と言って差し出されたページの記事を右上から読み上げる。
「ワンちゃんに救われた。4丁目に住む諏訪靖彦さんは穏やかに生きることも意味のある人生であると飼い犬から学んだと言います。仕事一筋の人生を歩んできた靖彦さんは半年前に病気を患い仕事を辞めざるを得なくなりました。人生の目標を失い悲観していたところ友人の勧めで犬を飼うことに……」
「そっちじゃなくて、こっちの記事」と言って水無月は雑誌の左ページを指さす。蒼司は水無月の指した先の記事に目を向けた。
―ペッティング・アニマルズ―と題されたコーナーに一人の少女が柴犬の喉元を撫でている写真が掲載されている。写真の少女は満面の笑みを浮かべ、撫でられた柴犬は気持ちよさそうに舌を出していた。
「これを見て何か気づかない?」
水無月に言われて蒼司は考えを巡らせる。写真から目を離して宙を見上げる。暫くたっても蒼司の口が開かないのを見て水無月が言った。
「この写真に載っている女の子は先月行方不明になった岡下いろりちゃんだよ」
岡下いろりは先月から学校に来なくなった隣のクラスの女子だ。蒼司はもう一度写真に目を向ける。写真の下に小さな字で『愛犬バター君を撫でる岡下いろりちゃん』と書かれていた。
「ああ、それでか。どっかで見たことがあると思ったんだ」
先月緊急の全校集会で開かれ、立て続けに二人の女の子が行方不明になったと校長先生から聞かされた。知らない人とは話さない、付いて行かない、登下校時はなるべく友達と一緒に行動する、もしくは保護者に送り迎えしてもらうよう説明がなされた。一人で帰る生徒には地域の人たちが通学路に立っていて頻繁に声を掛けてくるようにもなった。
「いろりちゃんがいなくなったのは家出だって言う人も言るけど、隣のクラスの友達にいろりちゃんのことを訊いたらすごくまじめな性格で、いなくなる直前まで友達との関係もよかったし、いじめられてもなかったらしいんだ。すごく明るい女の子で何かに悩んで思い詰めている様子もなかったみたい」
「どんな理由があるにせよ小学四年生の女の子が大人に気づかれないよう家出するとは思えないよね。でも岡下さんがこの雑誌に載っていたのは偶然じゃないかな?」
水無月は蒼司の問いに「それがね」と言って、開いていた『みんなで守ろう動物たち』を閉じて机の上に置いた雑誌の中からからもう一冊取り出した。表紙には同じく『みんなで守ろう動物たち』と書かれているが、表紙の絵が違いタイトルの横に10月号と書かれている。先ほど見た『みんなで守ろう動物たち』が11月号だったのでひとつ前の号のようだ。水無月は先ほどと同じようにページを捲り―ペッティング・アニマルズ―のコーナーを広げ蒼司に差し出す。そこには何匹もの猫と幸せそうに戯れる少女の写真が掲載されていた。少女は岡下いろりより幼く見える。
「この子は先月行方不明になったもう一人の女の子。千田麻里ちゃんって言うんだけど、いろりちゃんがいなくなってからすぐ、学校に来なくなったんだ」
写真の下には『猫ちゃんはみんな私の大切なお友達、そう話す千田麻里ちゃん』と書かれている。
「この子も同じ学年の生徒なの?」
「ううん、この子は小学二年生。流石に小学校二年生の女の子が家出することはないでしょ?」
蒼司は少し考えてから口を開いた。
「一人だけなら偶然かもしれないけど、行方不明になった女の子が二人とも『みんなで守ろう動物たち』の―ペッティング・アニマルズ―のコーナーに続けて載っていたのは偶然ではないかもしれないね」
蒼司の考えを確認して水無月は興奮気味に言う。
「蒼司君もそう思うよね。私たち生徒は親や先生からいなくなった二人が行方不明になったとしか聞かされてないけど、きっと二人は誘拐されたと思うんだ。犯人は―ペッティング・アニマルズ―を見て誘拐する子供を選んでるのよ。そこで蒼司君に相談なんだけど」
水無月は顔にかかった髪の毛を耳に掛けて肘を付き、蒼司に顔を近づける。水無月の大きな目が輝くのを見て、蒼司は嫌な予感を覚え「なに?」と訊き返した。
「私たちで二人を誘拐した犯人を捜さない?」
そんなことだろうとは思っていた。蒼司は「はあ」と大きくため息を付いた。
「なんで僕たちが探さなきゃいけないんだよ」
「だって『みんなで守ろう動物たち』にいなくなった女の子が載っていることは大人たちも気が付いてないでしょ? だったら最初に見つけた私たちが探すべきだと思うんだ」
無茶苦茶な理論だ。水無月は昔から面白そうだと感じたことにはとことん首を突っ込み、やると言ったことは必ず実行する性格であることを蒼司は知っていたが、さすがに今回は止めるべきだろう。
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