父は傍らのブリキ缶を寄せるとその蓋を開け、中からボロ布に包まれた小さな何かを取り出すと、膝をついてそれを穴に丁寧に入れ土を被せたのでした。あれほど丁寧に扱うなんてよほど大事なものに違いない、私は身を乗り出してその正体を確かめようとしたんです。しかしね、つい体勢を崩してしまって派手に転んでしまった。当然、父に見つかりましたよ。
ああ、また叱られてしまう……そう悟った私に父が歩み寄り胸倉をつかんで立たせる。拳骨を食らう予感から私は身を固くしたが、何もありませんでした。代わりに「絶対にこの木に近づくな、絶対にだ」と言い手を離しただけでした。
真っすぐ私を見つめる父は言い聞かせるようでいて、懇願していました。
それ以来、私はその丘には近寄らず、ブリキ缶の中身を探ることは止めたのです。
――エェ、今此処にいるじゃあないかって顔ですね。これにはまた別の訳があるのですヨ。
確かあれは三月のいつだったかなぁ……マァ、それくらいの頃の夕飯時のことだった。父は相変わらず共にどこかに行ってしまっていて――この日はシャベルもブリキ缶も持っていかなかったようで――家には母と女中サン、幼い弟妹と私がいたんです。フト、家のあらゆるものがカタカタと物音を立てているものだからこれ何事だろう、と思っているといきなり大きな地震がやってきて、世界がひっくり返っちまったんですよ。砂埃で目がやられている間にメキメキと気味の悪い音と誰かの奇声がそこらじゅうで響いて……私はただその場で蹲るしかできなかった。
地震が止んだ時には真っ暗闇だったんですが、何も見えなくともわかったんですよ。家が潰れちまってることをね。だってあるはずのない梁が私の鼻先にあるんですもの。私は奇跡的に梁や家具の隙間に収まったようでノロノロと瓦礫から抜け出すことが出来たんです。
外はなにもかもがなくなっていました。痩せた月が立ち上る煙にかき消されそうになっている空の下、所々火種を孕んだきな臭い空気を漂わせている荒野だけが広がっていたんです。
ウウ、と聞こえて私は我に返り声のした方へ駆け寄りました。途中で瓦礫に足を取られたとき、肌にピタリと生温かいものが触れたんです。目を凝らして隙間を見やると、弟か妹か……もはやどちらかわからぬもの小さな頭が潰れていたんです。虫けらと同じように、なんなに簡単に潰れてしまうなんてネ……失礼、思い出したくないものでしたが今でも鮮明に脳裏に焼き付いているのです。
押し寄せる吐き気を殺しながら崩れた屋根へ近づくと、間から白い手が出ていて奥には母がいました。母チャン、そう呼びかけ腕を引っ張れど、もちろん子供の力ではどうしようもできません。私は父を探しにあの丘に行くことにしました。
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