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柘榴(二)

柘榴(第2話)

一色孟朗

タグ: #幻想怪奇 #純文学

小説

1,236文字

 

戦後間もない頃。父は義弟、エエト、私の叔父と一緒にシベリヤから奇跡的に故郷に戻ってこれました。しかし、父は右腕を肩から丸ごと吹き飛ばされ、叔父は閃光弾で目を焼かれちまっていて。御上は英雄だともてはやしてはいたんですがネ、昔の戦争ほど戦果もなく文字通りの無駄骨……。チフスに罹っていた叔父や他の帰還兵なんかは悲惨なもので、家族親戚近所にそれがうつっちまうもんだから周りが次々死んでいって世間じゃただの疫病神扱いされるんです。石を投げられることもあったとか……マァ、噂ですがね。一方私の父は腕がないモンですから憐れみの言葉が色ンナところからかけられていましたのでまだマシだったのかもしれません。それが父の自尊心にどう影響したか当時の私には想像できませんが。

父は元々寡黙な職人気質な人であったので、戦地から生きて帰ってこれた喜びを表にすることもなく、母や私がお帰りと迎えてもただウンとだけ言って、仕事からいつも通り帰ってきたときと同じように居間に上がると静かに酒を飲んでいました。ただ、違ったのは大事そうにブリキ缶を抱えていたことですねエ。何をするにしても常に父は持ち歩いてソイツを傍らに置いていた。片時も放さず、ずっと。

珍しく父が縁側でウツラウツラとしていて、ブリキ缶は手から少し離れたところに置かれていた日があったんです。

大事にしているそのブリキ缶の中身がどうしても気になった私はシメタ、と思ったんです。ソロリと音を立てずに缶に触れることが出来た。いやね、ワクワクが止まりませんでしたよ。宝物を手に入れた時のようにね。デモネ、その油断がいけなかった。

私が缶を抱えた時、思っていたよりもずっと軽くって持ち上げた勢いで中身がカランと音を立ててしまったんです。父はそれに気が付いてパッと起きてしまった。呆気にとられている私と目が合うと父の顔がみるみるうちに赤くなってね……缶を持って逃げればよかったものの、普段感情を出さない父がここまで怒ることがそれはもう珍しいと思ったのと同時に嬉しくなってついジッと見つめててしまったんです。マァ当然、私は父の拳骨を食らいブリキ缶も取り上げられてしまいましたよ。アア、あれはとても痛かった……でも逆にそれが私にさらに缶の中身を暴く執着に憑かれた言っても過言じゃあない。

しかしね、父の元に戻った缶はというと蔵の奥に仕舞われてしまったんです。鍵も父が首から下げてしまって簡単にはいかなくなってしまった。しかしふと、毎日決まった時間、あれは午前十時頃だったでしょうか……父は蔵へ行ってから農作業に向かうことに気が付き、諦めきれなかった私は父の後をソットつけその様子を窺っていました。

父は蔵の奥で缶をそれはそれは大事そうに撫で、蓋を開けて中身をしばらく見つめているだけなのですがその時の顔ったら……驚くほど柔和に微笑んでいたのです。

イッタイ何が父をあのようにしているのだろう?私たち家族以上のなにかがあるに違いないと、子供心に悟ったのです。

© 2025 一色孟朗 ( 2025年8月31日公開

作品集『柘榴』第2話 (全5話)

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