ヤア、こんにちは。こんなところに都会的な人だあなんて珍しくってつい話しかけてしまいましたよ。ホウ、御友人の見舞いに向かわれるのですか。お優しいことだ。ナニ? 貴方が怪我をさせたの、ああ、それは、お気の毒……。
ここのところスッカリ涼しくなって木々も色付き始めましたね、モミジはまだまだ青いけれど。
良い眺めでしょう、ここは街が一望出来るから私もね、お気に入りでねエ……よくここの柘榴の木の下でぼぅと時間を忘れて朝から夕暮れ時まで眺めているんです。昔と比べて随分と変わっちまったナアなんて思いながらね。
ホラ、例えばアノ辺一帯、今はただの廃墟の群れになっちまってるけど、昔は鐵工所や製錬所ばかりでナンタラの塔宜しく天を目指してこぞって高い煙突が建てられて、一日中灰色の煙を吐いていたのサ。景気もいい時だったからさ 、ヨソから移住者が増えて何の取り柄もなかった田舎が活気ついたのよ。しかしね、毒煙で木々が枯れてね、山が坊主みたいにツンツルテンでさ、雨が少しでも降りゃ土砂崩れが起きて何人も生き埋めになっちまったこともある。あの斜面、まだ草木が点々としか生えていないだろう。今でも泥の中で見つかってないやつもいるのさ。ソレトネ……製錬所から廃水を垂れ流すもんだから川に死んだ魚が岸に打ち上げられているからさ、ものすごく臭いんだ、猫も狐も寄り付かねエ。
毎日がそんなでね、皆咳き込んだり血を吐いたり、仕舞いには身体中の骨が折れて内臓に食い込む病気になって大勢が死んでいった。水はもちろん食うものも空気でさえもアッという間に毒されていったからどう足掻こうが結局なす術なんてなかったよ。ソレデネ……皆少しでも死なないようにって外に出歩かなくなるわけよ。ダァレもいない。街全体が息をしていない。街が夕陽に照らされるとね、この世が終わっちまったみたいに見えるのよ。聖書の黙示録を目の当たりにしたようだったのさ。
デモネ、恐ろしいと思うと同時に心の何処かでワクワクしてしまった。毎日夕刻になるとそれを見るのが楽しみになっちまって、終には肺病にかかるほどだったよ。だってね、世界の終焉なんて生きてる間に見れるわけがないじゃあないかい。
戦争でも起きて海の向こうから爆弾でも飛んで来たら別だけどね……なんて事を言うと私が狂人に見えてしまいますね、失礼。おや、貴方もですか、それはケッコウケッコウ。ハハハ……。
ところで……ネエ、貴方、柘榴はお好きですか?私はね、好きでも嫌いでもある。この樹はね、誰とはなしに植えられていて大きく立派にこの丘から街を見下ろしているんだ。今では衰えた枯れ木ですがね、毎年いい香りの花を咲かせて、実を付けていたもんです。私はその甘酸っぱな薫りが好きでネエ……でもねェ、実を採ろうとすると嫌がる。これには硬い鋭い棘があって採ろうとすれば容赦なく刺してくるんだ。此方がドンナニ気を付けていても、向こうが棘を伸ばして手を刺してくる……ソンナコトあり得ないんだがね 、そんな感覚にいつも陥る。これはウン十年と前の傷なんですがね、今でもこうやって残っちまってる。はじめはなんとも無かったんだけど、日を追う毎に傷口が広がって。血は止まらないし腐っていくしで……大変な手術までしたもんだ。恐ろしいことだよ、ホントウに。
そんなだから若い頃の私はこの柘榴は何かを隠しているに違いないと思ったのですよ。資産とか財宝じゃあなくて、秘密ってやつ。というのも、ズット昔に死んだ私の父がナニカに憑かれたかように此れに執着していてね……柘榴もそんな父を愛していたに等しいの。二人は相思相愛、通じ合っていたと言っちゃあ妙な話だがそう思わざるを得ないんです。でなきゃ、あんなこと父に出来やしないんだから……アッ、イエイエ、お気になさらずに。アラ、もう遅い? フフフ……参ったなァ。それじゃあ、私のツマラナイ昔話に付き合ってもらいましょうか。
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