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ファインダーを覗く

REFLECTION(第5話)

加藤那奈

腕をまっすぐ伸ばし、シャッターボタンを押す。
別の景色が画面に貼り付く。
薄っぺらい世界が、0と1で書き留められる。
待ち合わせ時間まで後2分くらい。
(2025年)

タグ: #ファンタジー #散文 #純文学

小説

20,548文字

VII

 

もともと写真を撮る習慣などない。

だから、私にとって写真を撮るという行動そのものがきっと特別なことなんだと思う。

スマートフォンにしろカメラにしろ、私にとってはやっぱり異物だ。みんなが携帯する今、スマホは主要なコミュニケーションツールだし、いろんな情報の出入り口だし、ないと不自由することもある。便利だとは思うし、私なりに使っている。いろんなことができるから、ヒトの身体機能や感覚の拡張、みたいな説明をする人がいるけど、それは言い過ぎなんじゃないかな、って。どんな道具だってカラダや五感の延長でしょ。スマホに限ったことじゃない。鉛筆や消しゴムが私は私のカラダの延長じゃない。この炭素と水でできたカラダからしたら、ただの異物だ。同様にスマホもカメラもただの異物だ。

確かにうっかりスマホを忘れて家を出ると落ち着かない。一瞬、カラダの一部が失われたような錯覚に陥る。もっともどうせ私、友達少ないからメッセージが入ることもあんまりないし、たとえ返信が一日くらい遅れても、あいつだから仕方ないか、と、みんなあきらめてくれる。そういう人じゃないと友達になれない? SNSの使い方もほどほどだし、配信動画を眺めて時間を潰す習慣もない。電車の中で小さなディスプレイを見ているより、ぼんやり窓の外を眺めている方が気持ちいい。調べ物には使うから不便を感じることはあるかもしれないけど、朝持って出て、夕方家に帰るまで一度も触らない日もなくはなから、忘れたってほとんど問題ない。わたしにとってスマホを忘れるのは、ハンカチを忘れる程度のことなんだと思う。

だから、スマートフォンをかざして写真を撮る、なんて行動には普段とは違った意志が必要なんだ。そしてそれはほんのりネガティヴな気持ちを誘う。

悪いことをしているわけじゃない。誰かのプライバシーを盗み取っているわけではないし、撮影してはいけないものを撮っているわけではない。ただ、歩く道々、目の前の景色にシャッターを押す。ただそれだけで、その画像を誰かに見せることもない。自分自身でだって二度と見ないかもしれない。誰も聞いてはいない独り言のようなものかな。無駄なことをしている。そんな自覚がある――だからこその罪悪感、なのかもしれない。無駄なこと。無意味なこと。時間の浪費。わずかとはいえ何ももたらさないエネルギーの消耗。結果に価値を求めるのなら、どんな価値も生み出さないのだから、否定的な感情が沸き上がるのも仕方がない、のかもしれない。だからといって、中断することにも意志がいる。納得できるような、あきらめてしまえるような理由があって終わりを作ることができる。私には続ける意志も止める意志もない。動き始めてしまったのなら、自然に力尽き、止まってしまうまで、その無意味を継続するしかない。

でも、そんなのは普通のことじゃないのかな。きっとみんなも同じでしょ。ただ、私より行動を起こしたり、止めたりする理由を上手に見つけているだけだと思うよ。でも、大丈夫。私はそれを羨ましくは思えない、から。

© 2025 加藤那奈 ( 2025年4月11日公開

作品集『REFLECTION』第5話 (全6話)

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