メニュー

ファインダーを覗く

REFLECTION(第5話)

加藤那奈

腕をまっすぐ伸ばし、シャッターボタンを押す。
別の景色が画面に貼り付く。
薄っぺらい世界が、0と1で書き留められる。
待ち合わせ時間まで後2分くらい。
(2025年)

タグ: #ファンタジー #散文 #純文学

小説

20,548文字

V

 

僕らはね、見ている風景が歪んでいても気づかないんだ。僅かながら絶対に歪んでいるはずなのにね。そもそも全く歪みのない写像を投影するなんて無理なんだよ。対象とレンズの距離と、レンズと投影場所の比率という線的な関係に二次元的な面の要素が加わわるわけだ。焦点から外れるほど、面的な均等は保てなくなるから歪む。遠くの景色を投影するなら、あまり歪まないけど、近くの物は中心と周辺でレンズまでの距離の差が大きくなるから歪みはひどくなる。

それからね、色だって滲むんだよ。可視光線の波長域には少しばかり幅がある。赤い光は波長が長くて碧光は波長が短い。波長によって僅かながら屈折率が違うから、レンズがひとつだけだと、やはり周辺部に色のにじみが出やすくなる。

カメラはレンズを何枚も重ねることでこうした歪みをできる限り補正していたりするんだけど、ヒトの目はレンズひとつしか持っていない。だから、見ている風景は常に歪んでいるはずなんだ。だけどね、僕らの目がピントを合わせて見ることができるのは視野の一カ所だけなんだ。カメラには被写界深度があってシャッタースピードを遅くすればピントの合う幅が前後に広がるのだけど、ヒトの目はシャッターで細切れにした景色を見ているわけじゃないからそんなことは関係ない。視線の先の一点だけが、僕らにとってはっきり見える唯一の場所なんだ。その中心からズレるほど歪むし暈ける。

でも、そんな歪みやぼやけなんてまるで気がついていないだろ。

気がつかない、注意が向かないところが重要なんじゃないかな。

健常者の五感で得る外部情報のうち視覚経由が約九割だ。“見る”という行為にほとんど頼っている。眼球そのものはただ外部の光に反応しているに過ぎないんだが、そこから得られる刺激から僕らは膨大な情報を読み取っている。網膜に投影されている像は二次元なのに、両眼使うことで三次元に変換してるし、そこに時間の要素が加わって、ある対象が時間的に移動していることを認識できる。色彩だって数百万色の識別ができるし、固有の色と、照射される光やその影によってもたらされる色の変化を区別できる。そういったことが常時並行して処理されているわけだから膨大な情報量さ。視野の中心から外れた範囲は多少処理能力を落としとかなきゃ大変だ。だから、僕らは普段周辺視野に意識は向いてない。つまり、見ているようで見ていない。

絵画もそうだし、写真もそうなんだけど……普段僕らが意識していない周辺を意識させる。作品の意図の問題じゃない。キャンバスに描けば、中心となるモチーフ以外の部分も描かなきゃいけない。もちろん視野と同じように周辺を暈かすのもひとつの描き方だけど、そこでは意図的に暈かして描かれるわけだ。注意が向いてないわけじゃない。写真も同様だってわかるよね。プリントすると周辺まで写し取られる。僕らはピントの暈けた周辺を見つめることができてしまう。だから、見たままを描くこととか、見たままを撮影することなんて不可能だ。絵画や写真は歪みを無視できない。

© 2025 加藤那奈 ( 2025年4月11日公開

作品集『REFLECTION』第5話 (全6話)

読み終えたらレビューしてください

みんなの評価

0.0点(0件の評価)

ログインすると、星の数によって冷酷な評価を突きつけることができます。

  0
  0
  0
  0
  0
ログインするとレビュー感想をつけられるようになります。 ログインする

著者

この作者の他の作品

「ファインダーを覗く」をリストに追加

リスト機能とは、気になる作品をまとめておける機能です。公開と非公開が選べますので、 あなたのアンソロジーとして共有したり、お気に入りのリストとしてこっそり楽しむこともできます。


リスト機能を利用するにはログインする必要があります。

"ファインダーを覗く"へのコメント 0

コメントがありません。 寂しいので、ぜひコメントを残してください。

コメントを残してください

コメントをするにはユーザー登録をした上で ログインする必要があります。

作品に戻る