XVI
出かける直前、私はその日に限って自分自身に課したルールを守らないことにした。
勝手に決めたルールだから守るも破るも自分次第なんだけれど、こつこつ積み上げてきた積木の塔を壊してしまうようで少し勇気が必要だった。でも、勇気をふるわなければいけないことに、躊躇いと喜びの入り混じった、期待のできない希望を感じた。自ら選んだどうでもいいことに動揺する自分が新鮮だった。
休日にクラスメイトと出かけること自体が久しぶりだった。
都合が悪くない限り誘いには乗ることにしているけれど、決して付き合いがいい方ではないから誘われる機会も次第に減っていった。それくらいが丁度いい。
誰かと出かけるときには写真を撮らない。
でも、その日だけ、私は彼女の前にスマホを翳す。いつもの風景ではなく彼女をディスプレイに写し取る。
どうしてそんな気になったのか。
たぶん、彼女は厭がらないだろう。それから私の行動に対して詮索しないだろう。私にとってはちょっとした実験なのだ。惰性で続けてきた習慣に変化が生じるかも知れない。
私はクローゼットから着てゆく服を選ぶ。ブラウス、スカート、スカートとセットアップのベスト。私服をただ着るだけじゃない。学校の友達に私服を見せるのだ。緊張が増してしまう。制服を脱いだ私は誰でもない私だ。私の制服姿を知っている相手だからこそなにもかも見透かされてしまいそうな気がしてしまう。でもそれは、私が相手に向けている視線なんだとも気がついてる。私の視線が相手のまなざしに映り込み、跳ね返ってくる。
もっともそんなことを気にしているのは私だけなんだとも思う。
約束の時間の10分前、待ち合わせの場所に到着する。
学校の最寄り駅。見慣れているはずなのに休日のせいなのか、制服を着ていないせいなのかいつもより少し居心地が悪い。
彼女はまだいない。きっと彼女も改札を通ってくるはずだから、私はよく見える場所で待っている。待つことは嫌いじゃない。30分くらいなら怒らずに待つ、というアンケートを見たことがある。私はもっと待てると思う。周りには、私と同じように誰かと待ち合わせをしているらしい人たちがいる。誰もがスマホをのぞき込んでいる。そうか。それなら小一時間時間を潰すのは容易い。でも、便利になった分、時間の価値が軽くなったのじゃないかとも思う。
私は改札口に向けてスマートフォンの画面を翳す。カメラを起動する。改札を行き来する人たちが映る。彼女が出てきた瞬間を撮ってみよう、という思いつきだった。時計を見る。待ち合わせ時間の1分前。電車の到着時間を考えても、あと5分以内にはその姿を見つけることかでできるだろう……そう考えたときだった。誰かに肩を叩かれた。待ち合わせ時間丁度。彼女は私の後ろに立っていた。
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