XIV
僕自身がカメラなんだよ。だから、こんな機械に親近感を抱くんだ。
彼は古い機械式の一眼レフカメラのファインダーを覗き込む。
勘違いしてほしくないんだけど、カメラに親近感があるからといって写真が好きな訳じゃない。そうだね……写真は嫌いだ。カメラが写し込んだ情景を掠め取ったのが写真だと思わないかい。感光フィルムや感光素子は光を掠め取るんだ。レンズが集めた光の濃淡を奪う。カメラは写真を撮るための道具だけど、写真そのものはカメラが作るんじゃない。どうだい、僕と同じじゃないかな。
ファインダーを覗くのは、眼球に眼球を重ねるのと同じだね。
彼は笑いながらカメラを構え、ぼくにピントを合わせる。
僕はこの馬鹿正直な眼球の紛い物が好きなんだ。
彼の指がシャッターを切る。
これはこの機械の瞬き、みたいなものかな。大丈夫。フィルムなんて入ってないよ。この機械を手に入れてからフィルムなんて入れたことがない。フィルムはカメラにとって異物だからね。異物を身体の中に入れるなんて虐待じゃないか。
彼は愉快そうに声を漏らして笑う。
わかるだろう。僕はこんな機械に感情移入できてしまうんだ。僕の分身みたいなものだからね。
ところで――ファインダー越しに見る君の顔と肉眼で見る君の顔は別物なんだよ。
僕らの肉眼は常に何かをごまかしている。適当に無視したり、都合よく辻褄をあわせたり。見やすく勝手に補正したりね。眼球は何もしてない。網膜から信号を受け取った脳みそが処理してくれてる。必要な情報を選び、時に強調し、時に不連続な繋がりに連続性を与える。必要なのは真実ではなく、現実的にそれらしく見えることなんだ。
だけどね、ファインダーが見せるのは君の写像だ。すでにスケールダウンされているし、三次元から二次元に落とし込まれている。何より矩形の画面に納められてしまう。肉眼では見えないものが見える。同時に肉眼で見える物が見えなくなる。それをさらに人の目で見ているわけだから、僕らが思っている以上にフィルターがかかってしまう。それは君の顔のようだけど、大切な本質が抜け落ちる。
そういえば、写真が普及し始めた頃、写真が人の魂を吸い取るなんていう迷信が広まったそうだね。あながち間違いじゃないかもしれないよ。オリジナルの魂が抜けるわけじゃないけれど、印画紙に焼き付けられた姿にはその人の一面しか映らない。それは写像から魂が抜け落ちた結果ではないのかな。抜け殻とまでは言わないけれど、ね。
僕は写真が好きではない。昔からだ。だから、スナップ写真のアルバムなんて一冊だって持っていない。撮られるのはかまわないけど、それを欲しいとは思わないんだ。日常を写真に納める意味が僕にはよくわからない。
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