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ファインダーを覗く

REFLECTION(第5話)

加藤那奈

腕をまっすぐ伸ばし、シャッターボタンを押す。
別の景色が画面に貼り付く。
薄っぺらい世界が、0と1で書き留められる。
待ち合わせ時間まで後2分くらい。
(2025年)

タグ: #ファンタジー #散文 #純文学

小説

20,548文字

X

 

一応だけどルールがある。

街にスマホをかざして写真を撮るのは私ひとりでいるときだけ。一人でいるときの方が多いから、こう言い換えた方がいいかな……誰かが一緒の時にはしない。何を撮ってるの?なんて聞かれるのが面倒くさい、という具体的な理由もあるけれど、誰かをそっちのけにしてするほどのことでもないし、極々個人的なことだから。

私服で出かけるときだけにする。これも、制服を着ているときにはしない、って言い換えた方が適切かも。そうじゃない、できない、といった方がしっくりくる。制服を着ていると写真が撮れない。制服で撮ってたこともあったけど何か違うと思った。私の中に覚悟みたいな者がなかった、のかな。私服の私と制服の私は別人なんじゃないかって思うことがある。中身は何も変わっていないんだけど、制服の時はオブラートに包まれているみたい。自分がさらされていないっていうか、なにげに守られているっていうか。別に制服がいやなわけじゃない。むしろ、学校に通っている間は制服で過ごしている時間の方が多いくらいで、それなりの心地良ささえ感じている。だからこそなのかもしれない。できない。私服はどこか緊張感がある。なんだか逆のようにも思うけど、私服は逃げ場がない。その時私は私でしかない。だから制服ではできないことができる。

始めた頃は適当だったけれど、今はシャッターを押すタイミングをあらかじめなんとなく決めておく。その日のテーマ、みたいなものかもしれない。それは場所だったり、時間だったり、その他いろいろ。交差点で立ち止まったら撮る、ファストフードを見つけたら撮る、コンビニを見つけたら撮る、百歩歩いたら撮る、角を曲がるときに撮る、十分毎に撮る、バスとすれ違ったら撮る、自転車に追い越されたら撮る、お爺ちゃんやお婆ちゃんを三人見かけたら撮る、などなど。誤解のないように補足しておけば、それはシャッターを押すタイミングの条件で、イコール撮影の対象、ではない。お爺ちゃんを見かけたからといってお爺ちゃんを採るわけではない。最初に決めた条件がイマイチなとき……タイミングが多く来すぎてなんだか慌ただしく感じてしまうときとか、逆に思ってたほどタイミングがやって来ないとか……は、適当に変更する。このへんは決めておかないと、シャッターを押す力が出ない。

撮影するのは前方だけ。私が見ている景色にスマホをかざす。腕をまっすぐ伸ばし、ディスプレーに風景を切り取ってシャッターを切る。立ち止まるときもあれば、歩きながらのこともある。シャッターボタンを押すのは、一回のタイミングに対して一回だけ。ぶれたから、とか、構図が悪いから、とかどうでもいい。だから撮り直したりは絶対しない。そして、撮った写真は絶対消さない――続けるうちにだんだんルールが定まっていった。ほどほどの緊張感を保ちながら自然に身体を動かすことができるような決めごとだ。ルールを決めてしまえば、あとは自動的、になる。でも、これは、シャッターを押す言い訳のようなもので、さほど重要なことではない。重要じゃないことが重要。

© 2025 加藤那奈 ( 2025年4月11日公開

作品集『REFLECTION』第5話 (全6話)

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