08 ごめんね、面倒かけて
うなされて目が醒めた。
夢を見ていたのは覚えている。
私だけがひとり仲間はずれの夢だった。
とても天気のいい日だ。
風景はぼんやりしているけれど、陽射しはきらきらしていて爽やかだ。賑やかな街中なのに蝶々がたくさん飛んでいる。
私は少し離れた場所からトーセーの後姿を眺めていた。彼の横に私の後姿があった。ふたりは寄り添いながら歩いている。どんな話しをしているのかはわからないけど、ときどき見せるトーセーの横顔が笑っていた。私の表情はわからない。なんだか、振り向かないようにしているみたいだった。
背中の方からアキちゃんの声がした。彼女は私に向かって走ってくる。
あ、アキちゃん。
手を振る私を追い越して、その先にいるトーセーと私の前で振り向いた。
すれ違うとき私と一瞬眼が合った。アキちゃんはすぐに眼を反らす。
どうして私を無視するの?
私は大きな声で叫ぼうとしたけど声を出そうとすると苦しくなる。ぜいぜい息が荒くなって上手に声が出ない。
いろんな人が私を無視して三人の所に集まってくる――高校時代の同級生、大学の友達、これまでに紹介してもらったトーセーの友達たち。お母さんもいる。お父さんもいる。みんないる。みんないるけど私のことは無視をする。視線が合ってもすぐ反らす。
どうしたの、私、ここにいる。
そこにいるのも私だけど、ここにいるのも私だよ。私、だから。私、なのに。
汗をかいていた。
体がなんだかだるかった。
少し悪寒がしていた。
意識が霞んでいるようだった。
私の傍に誰かいた。
「おっと、目が覚めたみたいね」
アキちゃんだった。頭がちょっと痛かった。アキちゃんが私の額に手を当てた。
まだ、ちょっと熱いかな……。
「どうして、いるの?」
「うん、トーセーくんと交代したから」
「えと、なに、それ……」
私は、起き上がるのも話しをするのもちょっと億劫だった。
「とりあえず、サワザキヨシエさん、ひとつだけ質問です」
「何?」
「眠る前のことは覚えてる?」
「ああ、そうか……一週間経ったんだよね。えっと、トーセーと街でご飯を食べて、それから、それから……ちょっと遅くなったけど私は帰ることにしてたから、トーセーが駅まで送ってくれた。それで、シャワーを浴びて寝た」
「ふうん。一応確認しておくけど、それは土曜日のこと?」
「うん。アキちゃんは知ってるでしょ、土曜と日曜の間に何が起こるか。だからそれは一週間前の土曜だよ。あ、そうだ。そうだよ、その次の日、アキちゃん遊びに来たはずじゃなかったっけ。そういう約束だと思ったてたけど……でも、どうしてまだいるの? 私が日にち間違えてた? 今日、次の日曜日でしょ……」
わかったわ。で、あなた大丈夫? 辛くない?
うん、大丈夫……なのかな……。
汗かいたね。着替えた方がいいわ。
アキちゃんが私のパジャマのボタンを外して着替えを手伝ってくれる。お母さんみたいだと思った。
元気になったら、ちゃんと話してあげるけど、ざっと説明するから聞いてなさい。
汗まみれになった私の体をタオルで拭きながらアキちゃんが話してくれた。
「えっとね、今日は日曜じゃないよ。この前の日曜日、私はここに遊びに来たんだ。で、一泊して月曜の朝帰った。あなたはちゃんと学校行ったわよ。そしてね、また来たのトーセーくんに呼び出されて、というか頼まれてわざわざ来たんだから。ちなみに今は金曜日の夜。今のヨシエは、日曜に私と会ったことを覚えていない方のヨシエでいいのよね」
アキちゃんが何言いたいのかよくわからないけど……私、アキちゃんと会うの、久しぶりだよ……日曜日に会ったのは私じゃない方の私、だよ……。
「うん、わかったわ……えっとね、ヨシエ。あなたは今熱を出して寝込んでいるの。もうだいぶ良くなったのよ。お医者さんの見立てはただの風邪だから、大人しく寝てなさいって言われたそうよ。今日は午後からトーセーくんがずっといたんだけど、ついさっき私と交代して帰ったわ。明日から研究室で山の方へフィールドワークに出かけるんだって。で、院生の彼が、いろいろ準備や手配をしていたりするからどうしてもすっぽかせない。だから、私に連絡してきたの。交代要員、私しかいないからって、ね」
山? 交代要員? トーセー、アキちゃんの連絡先、よくわかったわね……。
何言ってるの。あなたが彼に教えたに決まってるじゃない。ヨシエの事情知ってるの、トーセーくんと私だけでしょ。だから、私は大学が終わってその足でこっちに来たのよ。家から来るより近いしね。まあ、好都合だったわ。この間来たときに、また近々来るつもりで簡単な着替え置いていったばかりだったし。
「……ごめん、アキちゃん。自分が病気なのはわかったけど、つまり……えっと……」
「黙って、もう少し眠りなさい。たぶん、あと一眠りすれば熱は下がりそうだから」
ああ、うん……。
乾いたパジャマが気持ち良かった。
何かイレギュラーが起こったことはわかったけれど、それ以上考える気にはなれなかった。だから、アキちゃんの言うとおりに、眠ることにした……おやすみ、アキちゃん。
あ……さっきみたいな夢、見たくない……な……。
眠りの淵に吸い込まれながら思った。
でも、やっぱり見ちゃうんだ。
たぶん、続き、なんだ。
私は私とテーブルを挟んで向かい合っていた。
カフェのテラスみたいなところだ。
トーセーはあっちの私の右側に座っている。
アキちゃんや他の友達はとなりのテーブルで私たちのことを楽しそうに眺めてる。
私たちはにこやかに談笑しているけど、私の心は穏やかじゃない。どうしてトーセーはそっちにいるの?
私たちの前にはケーキと紅茶が並んでいて、さっきからずっと食べたり飲んだりしているのに一向に減る気配がない。でも、そんなことよりトーセーが私と目を合わせようとしないのが問題だ。
会話はたわいのない内容だということだけがわかる。ひとつひとつの言葉は私と私の声がグニャグニャ絡まり合ってどちらの言葉も形を崩してしまう。トーセーも時々口を挟んでいるけど、私には何も聞こえないんだ。唇がニヤニヤ動く。そして、私はしきりに時計を気にしている。
いつの間にかアキちゃんが私のとなりに座って、トーセーと何か喋っていて、私はふたりの会話ががとっても気にかかるのだけど、向こう側の私が話しかけてくる。身を乗り出して私の手を握る。
どうしたの?
仕方ないのよ。
うん。
私はたぶん状況を呑み込んでいて、もやもやした気持ちを嘔吐しそうになりながら、それを飲み下すように紅茶を何杯もすすっていた。
私はアキちゃんと手を繋いでいた。
ふたりきりだった。
知らない家の前だった。
玄関から、お帰りなさいって誰かが出てきた。
私は、ただいまと、その家に入る……。
――目覚めるとアキちゃんがベッドの横にいて、本当に手を握っていた。
昨晩、少しの間目を覚ましたのを覚えていた。アキちゃんがパジャマを着替えさせてくれたんだ。
もし、今、目の前にアキちゃんがいなかったら、あれも夢ってことになるんだけど、ちゃんと現実だったみたいだね。
手渡された体温計を脇に挟みながら、たった今見ていた夢の話しをした。
「あんまり楽しい夢ではないようね。うなされてたわよ、ヨシエ。でも、そのせいなのかもね。すっかり熱は退いたみたい。よかったわ」
体温計を見ながらアキちゃんは息をつく。
ヨシエ、気分は?
そんなに悪くないよ。
私は体を起こした。
アキちゃんがカーテンを開くと眩しいくらいに光が射す。
天気のいい朝だ……ん、朝、だよね。
うん、朝だよ。八時くらいかな。
そういえば夕べ、アキちゃんが今日は日曜じゃないとかなんとか言ってなかった?……えっと……何曜日?
今日は土曜日。何が起こったのか、わかる?
ちょっと待って……一日ズレた? あ、でも夜に目を覚ましたとき、アキちゃん今日は金曜日って言わなかったっけ。たったら二日ズレた?
頭が回転しはじめた合図のように、私のお腹がぐぅと鳴った。
あ……。
アキちゃんが嬉しそうに笑う。
「そうこなくっちゃ」
アキちゃんが台所に用意してあった器を電子レンジにかけて持ってきた。
お粥がふたり分とお新香。
「病み上がりだし、とりあえずこんなところでしょう」
「アキちゃん、作ったの?」
まさか。
レトルトよ、レトルト。
あ、でも買ってきてくれたんだね。
それも間違いね。私はそんなに気が利かないわよ。全部トーセーくんが用意してたんだよ。一昨日お見舞いに来て、薬だとか飲み物だとか食べ物だとか、いろいろ買いに行ったみたい。三つも年上の、しかもムシオタクのくせに、かいがいしいじゃない。
お粥を食べながら、アキちゃんがことのあらましを教えてくれた。
――ヨシエは一昨々日の午後から熱を出して寝込んでいたの。最初はけっこうな高熱だったそうだから、インフルエンザかもってお医者さんに診てもらったんだって。幸い普通の風邪ってことで、汗かいて寝てればそのうち熱は下がるだろうってことだったみたい。きっと疲れが溜まってたんじゃないのかな。一気に熱が噴き出したみたいね。それで三日間寝込んでたわけ。
トーセーくんは一昨日から昨日の夜までつきっきりで看病してのよ。研究室で出かける用がなければ、ずっといたかったみたいだったよ。もっとも、もうひと眠りふた眠りすればすっかり良くなるんじゃないかなって、そんなに心配はしてなかったけど。
「だったら、わざわざアキちゃんに来てももらわなくってもよかったね……」
「なに言ってるの。私が来たのはヨシエに事情を説明をするためでしょう。看病なんて、ついでだよ。つ、い、で」
……あ、そうか。
私には病気に罹った記憶がない。リョーシーだって高熱で寝込んでいたんだから、詳しい申し送りなどできるはずもなく、だからこその助っ人だったのだ。
だいたい読めてきた。
土曜日か……。
「……つまり、私、いっぱい寝ちゃったのね」
そういうことね。
「ヨシエ、七回眠ってリセット、だっけ、スキップ、だっけ?」
「そう。今のところその勘定で問題ない。だから、徹夜をしてもちゃんと寝て、回数合わせるの。別に何曜日に目が覚めたって何とかなるとは思うけど、お休みの日に目覚めた方がいろいろ準備できるじゃない。一番最初にこんなことになったのが日曜だったっていうこともあるけど、一週間を区切って考えるにはちょうどいいし。だから、徹夜したり余分に寝ちゃったときは調整する」
ふうん。
「トーセーくんから聞いた話しではね、ヨシエは自分が何回眠ったかよくわからなくなっちゃったんだって。水曜日に熱を出して寝込んで、目が覚めて、また寝てってね。それで、日付を見て、自分の記憶を確かめてね。交代したときトーセーくんが一緒にいられれば一番よかったんだけどね」
どう、事情は呑み込めた?
うん。すっきりさっぱり理解した。
電車の中で十分くらい居眠りしても影響がないのはこれまでの経験でわかっていた。でも、病気で不規則に寝たり起きたりだと、それがいくつカウントされるのかどうかわからない。熱でうなされているときに交代が起こったら、私はひどく戸惑うはずだ。爽やかな日曜の朝を迎えるはずが、なんで具合が悪いのかもわからないまま目覚めるわけで、事実、夕べの私はそうだった。だから、トーセーでもアキちゃんでもいいから私の事情を知っている人に目覚めたときの私がどっちの私なんだか確認して、もし代わっていたら経緯をつたえてあげて欲しい――私なら、そう思う。
食べたら、もう少し横になってなさい。で、お昼に外出られそうだったら散歩でもしましょう。きっと体力落ちてるから今立ち上がるとふらふらだわよ。三日間寝込んでたんだから。
「アキちゃん、ごめんね、面倒かけて」
「まさに腐れ縁って感じよね。感謝なさい。その代わり、私、今晩も泊まるからね。せっかく来て看病してあげたんだから、一晩くらいゆっくりさせなさい。どうせトーセーくん、今日は山に行っちゃってるし。ここに来るのは明日の夜になるそうだからね。ヨシエとしては全快祝いに彼氏とイチャイチャできなくって寂しいかもしれないけど。あ、なんなら、今晩は私が慰めてあげようか? 私、女の子もいける口だよ~」
「アキちゃん……目がマジっぽい」
うん、マジ。
え……わ、私はその、女の子とは……。
ふんふん、ヨシエは男の方がいいと。
そうじゃなくて……。
ああ、トーセーくん専用?
専用ってなによ……。
まあ、おふざけはこれくらいにしてもうちょっと寝てなさい。
うん。
もうあんまり眠くはなかったけれど、しばらく横になっていた。うとうとはしたけど熱もすっかり下がって、お昼頃には横になっている方が苦痛になってきた。
「もう大丈夫だよ、アキちゃん」
「そうね、顔色もすっかりよくなったみたい」
「お散歩しようか」
「ホントに大丈夫?」
「うん。じっとしてる方が辛い」
外の空気を吸うと、たちまち頭がすっきりとした。確かに最初はふらふらしていたけど、十分も歩けば調子が出てきた。またお腹が空いてきたので、駅の近くのうどん屋さんでお昼を食べた。きつねうどんをぺろり平らげる私を見てアキちゃんが笑っていた。
もうちょっと病み上がりらしくしてたら可愛らしいのにな~。
その日は一日中、アキちゃんと久しぶりにいろいろな話しをした。
学校のこと、家のこと、家族のこと、中学や高校の時の友達のこと。
食べ物のこと、ファッションのこと、本や映画や音楽のこと。
アキちゃんは、女子大生らしい話題を女子大生らしくお喋りする。アキちゃんは、とっても女の子だ。彼女とお喋りしていて、私はすっかり元気になった。
――だったら晩ご飯はヨシエがつくってね。朝は私がつくったんだから。
でも、あれ、チンしただけでしょ。
ヨシエの手料理が食べたいの!
私、病み上がりだよ、一応……。
だってヨシエの料理、美味しいんだもん。レトルトのカレーだって、ヨシエが温めたと思えばすごく美味しくなるんだよ~。
ホント?
ホントだよ。
じゃあ、レトルトのカレーで。
マジ?
マジ。
特売のレトルトカレーはあんまりなので、スーパーで売っていた一番高いのにした。
うん、これなら許す。
手料理のハードルは思いがけず低かった。
寝仕度をしてふたりでベッドに寝そべった。添い寝をさせろって言い張るアキちゃんに押し切られてしまった。何にもしないからさぁ~とぎらぎらする怪しい目が、若干信用できなかったけど。
ごろごろしながらお喋りしているうち、卒業後の進路が話題になった。まだ三年生だけど、そろそろ具体的に考えなければいけない。
「なんだかんだ偉そうで高飛車な態度を取りがちの私なんだけどね、私自身の人生はまあまあ平凡な展開で進んでゆくんだろうなって思ってるんだ。別にイヤじゃないし、平凡。凡庸な人間が世界を作ってるのよね。私はにその他大勢が居心地良さそうなんだ。たぶん、たいした就職活動しなくても、父親のコネで地元の会社とかお役所関係とかにとりあえず入っちゃうんじゃないかな。別にそれをあてにはしていないけど、ちょっと本気で相談したら、きっとどっか紹介されて、ねじ込まれちゃうよ。それで何年か勤めたら、恋愛か見合いかわかんないけど結婚しちゃうんじゃない、私」
コネ? 見合い? そうなの?
いつもポジティブでアクティブなイメージを彼女に対して持っていた私は、彼女がそんなどこか消極的な将来を思い描いていることが以外だった。
アキちゃんが、一瞬不思議そうな顔をした。
あ……え、消極的かな? ポジティブだよ、私。親のコネ、思いっきり使えてラッキ~とか、平凡タノシ~凡庸サイコ~って、ごく普通の目立たない人生を思いっきり楽しめそうなくらいに、ね。それに恋バナ私大好きだけど、燃えるような恋愛に憧れてなんていないし。だから見合い結婚でも全然オッケーなんだ。他人の恋愛事情は大好物だよ。でもそれは他人事だかこそ美味なわけ。ちなみに、私にとってヨシエのは大トロ級だからね……いや、脂ののったトロは可愛くないか……甘々だからピエール・エルメのマカロン級? まあなんでもいいや、今夜も後でじっくり聞くからね。
「確かにね、二十歳の女の子があっさり平凡を受け入れちゃうのもどうだかなってときどき思うけどさ……我ながら夢がないじゃない。だからって、それをつまらないだなんて思ってない。夢がなくたって前向きならいいんじゃない? なんて」
「でも、高校卒業するときはひとり暮らしする私をすごく羨ましがってたよね」
「うん。でも、ひとり暮らしそのものよりね、それを決断したヨシエが羨ましかったんだよ。もう二年以上前のことだから、正直、その時の自分の気持ちなんてもう忘れちゃってる。つまり、忘れちゃう程度の羨望だったてことだよ」
考えてみれば将来の夢なんてお互い話したことなかった。それぞれ勝手になりたい自分を思い描いてゆくんだろうなと思っていたけど、私だって大きな夢があるわけじゃない。それに、今は七回眠ると次の七回眠った分だけ記憶をなくすというおかしな頭になっている。これから今後の進路を具体的にしていかなければいけないっていうのに、どうしよう。将来のことなんてじっくり考えられるような状態じゃない。
事情を知っているアキちゃんにだからこそ、そんな悩みも打ち明けられた。
「じゃあ、トーセーくんと結婚しちゃえば」
「ううん。それはまた別の話なんじゃない。だいたい私だけの問題じゃないでしょ。それにね、彼と上手くいってるのは、ほどほどの距離感があるからだと思うの」
ほどほどぉ?
ほどほど、だよ。
べったり、に、見えるけど?
そうでもない、けど……。
じゃその辺を……アキちゃんの追求が始まりそうだった。また赤面するようなことを言わされる……と、体と気持ちを硬くした。防御姿勢? 衝撃に備えろ?
ところが、なかなか攻撃が始まらない。
あ、アキちゃん、どうしたの?
あ、うん。
彼女が私の顔色をじっと見た。
「あれ、もしかして、私、まだ具合が悪そうに見えるのかな。アキちゃんと一緒にいて、すごく元気になってきたんだけど」
「ううん。今朝から比べればすっかり元通りだよ。それよりね……」
え、なに? 私、なんかヘンなところある?
「ヘンっていうか……本当なんだなって」
何が?
「私、先週の日曜にここに来たじゃない。で、月曜に帰ったんだよ」
うん。それは知ってる。
「この間の夜もね、同じ話したんだ」
同じ話?
将来のこととか、あなたたちのこととか。
え、そうなの?
うん。細かいところは違ってるけど、話しの内容はほとんど同じ。
ちょっと待ってね……私はスマホでSNSを開いた。
その日は朝からアキちゃんがずっと一緒だったし、水曜から寝込んでたんじゃあ、どうせたいした申し送り事項もないだろうと思って、トーセーや何人かの友達から入ったお見舞いメッセージには返信しておいたけど、その日はまだひとりSNSをちゃんと確かめていなかった。案の定、水曜以降の書き込みはない。火曜、月曜……。
「ホントだ……」
とっても大雑把ではあったけど、日曜の夜、アキちゃんと話した内容に触れられていた。
「へえ、こんなふうに連絡取り合ってるんだ」
アキちゃんがスマホの画面を覗き込んだ。
うん。
「ちょっと試したんだよ。本当に私と話したこと覚えていないのかなって。だってさ、疑ってたわけじゃないけど簡単に信じられないじゃない、記憶が隔週だなんて」
まあ、そうだよね……。
「去年の夏の後も、私が何度か遊びに来てこの部屋に泊まったり、トーセーくんを紹介してもらったりしたわけじゃない。いつも普通だったからね。でも、夕べあなたが一度目を覚ましたとき、寝ぼけてるんじゃなければ私と会うのは久しぶりみたいだった。四日前に会ってたのにね。今回、日を置かずに続けて会いに来て、やっとどういうことが起こっているか理解できた」
アキちゃんはごろんと寝転んだ。
昨日のトーセーくんもあなたの記憶がスキップしたときのことを想定して、真面目に対処してたしね……でも、どこかで疑ってたのよね。本当にそんなことあるのかなって。で、私の意地悪な性格も手伝ってさ、同じ話をしてみたの。そしたら、とぼけている様子もないし。それにね、日曜のヨシエと全くといっていいほど同じ顔をしてたよ。私の方がタイムスリップしてるみたいだった。やっと事態が飲み込めた。こんなふうに顔を合わせてお喋りする機会なんてたまにしかないでしょ。メールや電話だとね、全然わからないんだよ。正直、気にもしてなかった。でも、ちょっとたいへんだね。
「あらためて心配かけちゃった?」
うん、目の当たりにすると大丈夫なのかな、ってね……お医者さんには診てもらっているの?
ううん、もうどこにも行ってない。だって、当てにならないし。
そう……。
アキちゃんがとっても心配そうな顔をした。
「そんな顔しないで。私もどうしていいかわからないんだけど、大学卒業するまでにはなんとかしたいなって」
「でも、きっとすごいストレスじゃないの? 今回熱出したのだって自分が気づかないところで無理してるからじゃないの?」
そうかもね。
沈黙が、少し心苦しかった。
じゃあ、病み上がりだしそろそろ寝ようか。
え?
「ああ、トーセーくんとのことはこの間たっぷり聞いたんだ。可愛かったよ、ヨシエ。顔真っ赤にして恥ずかしいこといっぱい話してた。いくらこの前の記憶がないからって同じ話、二回もさせるのは酷だしね。私だっていくら大好物でも一回でお腹いっぱいよ。さっきのには何も書いてなかったの?」
最後に一行だけ、書いてあった。
――トーセーとのこと、またいろいろ聞かれた。すごく恥ずかしかった……
それだけ?
うん。でも、短い文面から私の気持ちを推測すると、どう書こうか躊躇っているような気配はある。もし、熱を出していなければ、もう少し詳しく書き足してくれたかもしれないけど。
「さあ、それはどうかな。ヨシエにあんな生々しいこと書けないかもね。文字にしちゃったらきっと恥ずかしすぎて死んじゃいたくなるんじゃないかな」
「私、そんなに恥ずかしい話、したの?」
ふふ、教えないよ。今度、自分に聞きけばいじゃない~。
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