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少女の肖像 (1/3)

少女の肖像(第1話)

加藤那奈

ギャラリーは白い。
壁も床も天井も白く、白々しい光に溢れている。
・・
壁には巨大な少女の肖像が六点、展示されていた。
あなたは、何かに促されるように部屋の中央に立ち、彼女たちを見渡した。
そして、拘束された。
(2018年)

タグ: #ファンタジー #散文 #純文学

小説

16,026文字

03

 

私は女の子だよ。

少女、だよ。

少女っていう響き、どう?

子供じゃないし、大人でもない、大人になりかけた子供?

子供がまだまだ抜けていない大人?

ちょうど脚の生えたオタマジャクシくらいのポジションなのかな?

後肢が生えて、前肢が生えて、尻尾がだんだん短くなって、そしてついになくなって、やっと成熟した大人になるの。私は今、どあたりなのかな。自分的にはまだ前肢は生えてないって思うんだけど。でも、女の子にとっての前肢とか後肢ってドコなんだろ。

もう、子供じゃないのかなって意識しちゃうのは、やっぱり初潮を迎えたときじゃない。その前から胸が膨らみはじめたり、あそこに毛が生えてきちゃったりってあるけど、それって見た目の変化で、気持ち的には戸惑ったりもするけれど、だからって何かが大きく変わるわけじゃないでしょ。でも生理が始まるとさ、子供、つくれるんだよ。なんかそれって凄いことじゃない。ずっと自分は子供だって思っていたのに、急に、あなた、もう子供つくることができちゃうよって。子供の作り方だって、よくわかってないのに、君はもう子供産めちゃう身体になったんだから気をつけなさい、って、何を気をつけるのよ。その気になればお母さんにだってなれちゃうんだぞって、正直、全然意味がわかんない。なんだか凄く順番が違う気がした。もっと前もって知らなきゃいけないことがいっぱいあるように思うんだけど。

例えば、セイコウイ、とか。

男女がセイコウイをすると子供ができるって、一応学校の授業でも教えられたけど十歳くらいじゃなんだかピンとこないじゃない。

セイコウ?

セイコウイ?

えっと、つまりそれって、具体的にはどんなコウイなの?

先生がお手本見せてくれるわけじゃないし(笑……見せられないよね笑笑)、それでヒニンとか言われても、ふぅん、そうなんだって、まあ、なんとなく分かったような気分になるだけなんだよね。大事なことは結局オブラートに包まれたままなんだけど、でもね、自分のカラダが変わっちゃったことだけは身をもってわかるんだよね。概ね月一のリズムで女の子は女の子であることを意識せざるをえないんだもん。

男の子ってどうなのかな?

男の子にもセイツウっていうのがあるって聞いたけど、それってどんな感じのなの?

やっぱりカラダが変わったって感じたりする瞬間があるのかな?

まあ、いいや。

異性のことはよくわからないよね。

とにかくね、カラダばっかりは勝手に成長しちゃうじゃない、って話。

それじゃあさ、気持ちのほうはどうなんだろう。

女の子の気持ち、女の子らしい考え方……そんなのが小さな頃から知らず知らずのうち、周りの大人たちに言い含められてきた。私は――幸いなことに?――何の疑問も持たないで受け入れていた。フリフリしたスカートを穿いて、可愛いキャラクターのプリントされたTシャツを着て、可愛い、嬉しいと思っていられた。男の子と一緒に遊んでいても、イヤなことや体力をつかうことは「だって私、女の子だもん!」と男の子に押しつけていたような気がする。友達の中には、女の子だろ、とか女の子のくせにって言われるのがすっごくイヤって子もいるけどね。結局私たちって、自分の好むと好まざるとに関わらず女の子であることを意識させられていたんだよ。

子供の頃の男子と女子なんて、それはたぷん劇の配役みたいなもので――もちろん、カラダのつくりがちょっと違うっていうのは、いつの間にか知ってたけど――髪を長くするのもワンピースを着るのも女の子を上手に演じるためのちょっとした衣裳なんだ。最初は小さな女の子の役で、大きくなるとお姉さんとか、お母さんの役が回ってくる。で、最後はお婆さんね。あんまり深く考えたことはなかったけれど、たぶん、その程度に思ってたんだよ、私ったら。だから、胸がママみたいに膨らむのも、それなりに歳をとったら特殊メイク的な何かをするのかなってね。でもさ、胸って本当に膨らむんだ……もっとも私はまだあんまり膨らんでないけど、まだまだ成長期だしね、個人差もあるしね。とにかく、よくわからないうちにカラダの外側も内側も変わってたんだよ。

でも、気持ちの方は子供のまんま置いてきぼりなの。

カラダと気持ちがすぐには上手く噛み合わない……って感じかな。

気持ちなんてさ、ホントは小っちゃな頃から全然変わってないんじゃないかな。嬉しいことは嬉しいし、悲しいことは悲しいんだよ。でも、幼いことは恥ずかしいこと、なんて価値観もなんとなく刷り込まれていて、みんなお姉さんぶってるだけなんだ。いろんな知識を覚えて少しずつ難しいことを考えて、我慢することや他人に合わせることを教えられて、子供っぽい気持ちには、ちょっとずつ蓋をして、何だかお姉さんになってゆく気がしていたけれど、それは結局誤魔化しなんだ。だって、悲しいことが悲しくなくなるわけじゃないし、厭なことが厭じゃなくなるわけじゃない。

ペテンみたいなリセーとは無関係のタイムラインで、カラダの変化は勝手に進んでいくんだ。私のリセーは理解が追いつかないで大慌てだよ。幼いままの私の気持ちはどっちからも置いてきぼりね。向こうの方でぽかんと口をあけて間抜けな顔してる。そんな感じ?
男の子に対する気持ちもなんだかよくわからないっていうか、なし崩しっていうか。

つまり、恋とか愛とか、そんなやつね。

小っちゃな頃は女の子も男の子も、普通に遊んでいたのに、大人たちからお前は女の子だって吹き込まれてるうちに、女の子とは違う種類らしい男の子のことを意識するようになっちゃったんじゃないのかな。女の子が将来ママ役をもらえるのと同じように、男の子にはパパ役が待っていて、お互い気の合った好きな相手を選んで結婚するんだ。つまりは好きな男の子って結婚相手の候補なんだよ。だから、女の子の友達に対する好きと、男の子に対する好きは違うものだって、男の子に対する好きはどうも恋っていうものらしいなんて、誰に教えられたわけでもないけど、小さな頃からテレビとか漫画とかからなんとなくそういうものだって仄めかされいた。それが理解なのか誤解なのかもよくわかんないけど、恋って、どうも特別なことらしいじゃない。とにかく意識しちゃうよね。だから、男の子を好きだって思ったり、カッコいいって感じたりするのは、恋かもしれないからちょっと慎重にならなくっちゃって――そんなことを真剣に考えはじめていた頃を思い出すと、とっても幼くって、可愛いんだけど――本気でそんなこと思ってたんだよね、たぶん。だから、バレンタインじゃあ義理だとか本命だとかで舞い上がっちゃったりして。

そんな曖昧な異性に対する意識をインフラにして、カラダに変化が起きるでしょ。自分が女の子だって現実を身をもって受け入れざるを得なくなって、オブラートにぐるぐる巻きにしたような性知識を与えられると、男子を必要以上に意識しちゃってすごく混乱するんだよね。前みたいに気軽に声さえかけられなくなる。時間が経てば初々しい思い出なんだけどね。

あれ……ちょっと待って。

私ってさ……。

私って誰?

私って、そもそもいくつなの?

自分勝手に十二歳だと決めつけてたけど、十四歳や、十六歳のような気もしてきた。

十八……なんてことはないと思うけど、ちょっと否定できないよ。

そうだよね、だいたい、なんとなく少女っていう設定しか与えられていない気がする。

まあ、いいや。十二歳かもしれないし、十八歳かもしれないし、どっちでもいい。

いわゆる第二次性徴期っていうのが思春期、つまり少女期のはじまりだとして、少女じゃなくなるのはいつなんだろう。大人になっちゃうのはいつなのかな。女の子にとってオタマジャクシの尻尾が消えちゃう瞬間ってどういう時なのかな。

ヒトって、このヘンがややこしいよね。

イヌとかネコだったら、発情期(繁殖期っていうのが本当みたい。そうよね、発「情」なんて、感情的だし)があって、交尾して妊娠したらもう親だもんね。カエルやトカゲだって交配する時期が決まってるらしいじゃない。ところがヒトときたら年がら年中発情期だし、生殖機能が整う以前から、恋とか愛とか考えちゃったりもしている――異性をなんとなく意識しちゃった時から精神的に発情期に突入、なんて考えると、とんでもない動物よね、ヒトって。こんなふうにメンタルな部分まで考えちゃうとわけがわかんなくなっちゃうから、ちょっとそこは置いておく。

イヌとかネコとか、その他いろんな動物みたいに交尾して妊娠したらもう大人って、考えるでしょ。ここでまたひとつ問題がでてくるわけ。たいていの動物たちと比べると、ヒトって妊娠率が低いらしいのよね(私、なんだか、タガがはずれちゃったみたい。ぜんぜん十二歳の台詞じゃないよね、これって……十四歳から十六歳くらいに設定変更、かな……もう、なんでもいいや)。その上、ヒニンまでするし。セイコウイをしたら必ず赤ちゃんが出来るわけじゃないんだよね。交尾を繰り返しても妊娠しなかったら、どうなのかな? それにさ、ちゃんと結婚している立派な大人の女の人でも不妊に悩んでいる人がいっぱいいるみたいだし。

結局振り出しに戻っちゃうけど、少女じゃなくなる境界線ってどこにあるのかな。妊娠だとか出産だとかは、確かにもう大人の証拠みたいにみえるけど、そこに至るまでの曖昧な期間が長そうだよね。だったらセイコウイしちゃったら、少女ではなくなっちゃうのかな。これは全然腑に落ちない。だって、中学生で初体験済ませちゃう子もいるよ。ミドルティーンで子供産んじゃう子だってたまにいる。でも、それで大人になるわけじゃない。逆に歳を取るまでセイコウイをしなかったら、いくつになっても少女のままなのかな。これもやっぱり腑に落ちない。

結局、少女っていうのは見かけとか、主観の問題なんだよって、そんな投げ遣りな声が聞こえてきそうだけれど、それは断固違うと否定するわ。見かけも大事という考え方はわからないでもないけど、見かけは絶対的じゃない。見かけだけじゃ完璧な少女にはなれない。それに主観だとしたらもっと「少女」のイメージに幅があっていいと思うの。でもね、人によってとらえ方の違うかもしれないけれど、なんとなくあると思うんだ、みんなに共通した少女像みたいなのが。きっとね、年齢とか外見とか、カラダの成長具合だとか、性体験の有無だとか、妊娠や出産の経験や異性に対する意識だとかを係数化して、それを計算する方程式をちょこちょこっと組んで、答えがいくつ以上いくつ以下なら少女だねって、あるいは少女度数いくつだよ、とか、そんなふうに割り出せるはずなんだ。たぶん。

えっと、まとめてみるよ。

少女であることの条件、一つめ……思春期を迎えていること。

二つめ……自分自身が女性であることを自覚していること。それが自分にとって好ましくても、そうではなくても、とにかく。あるいは、異性としての男性を意識すること、かな。

三つめ……妊娠、出産していないこと。ただし、必要条件かは保留。ここは、セイコウイに対して未経験であること、と、言い換えていいかもしれないんだけど、やっぱり必要条件かどうかは保留ね。

この三つの条件を満たしているから少女、なんて断定は全然できないんだけれど、少女はこれらをクリアしてるんじゃないかな。
なんだ。

もしかしたらさ、処女性の問題なのかしら。

安っぽいわね、それって。

とっても陳腐だわ。

でも、きっとそこに何かしらのこだわりがあるんでしょ、あの人には。

© 2025 加藤那奈 ( 2025年2月3日公開

作品集『少女の肖像』第1話 (全3話)

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