VII
夢の残り香が目覚めた瞳に纏わりつきます。
朝、ひっそりとした部屋の少し冷えた空気に溶けることなく、瞼を開いた私を戸惑わせます。しばらくの間、私はぼんやりしながら考えるのです。今はいつなのか、ここはどこなのか、私は、誰、なのか。
もちろんそれが昨日の夜から続く朝の何時かで、自分の部屋で、私は私でしかないことなど、十も数えるうちに心得はするのだけれど、それでも少しは疑念が残ってしまうのです。起き抜けの肌に柔らかいシフォンの感触が残っています。妙に暖かく、ねっとりとした風がフリルの隙間に溜まり、ふわふわと揺らす残像が視野の端に映っています。目覚めているのにまだ眠りから抜け出していない、そんな時間がしばらく続くのです。
少女が抜けないのです。
少女が私を引き留めているのでしょうか。
私が少女を手放さないのでしょうか。
夢の断片どころか、夢を見ていたことすら覚えていないのに私が夢の中で少女だったことだけは体が覚えているのです。実際にはただベッドに横たわっているだけのこの体が忘れないのです。
私は確かにあの少女として振る舞っているのです。あの少女として考え、話し、歩き、走り、悲しみ、喜び、怒り、嬉しくなり、不安になり、怖くなり、笑ったり、泣いたり、焦ったり、現実の私よりも遥に豊かな感情を振りまいている。我儘で、弱虫で、なのに強気で、厭な女の子。私とはぜんぜん違う女の子。
彼女は私にとってどんな意味があるのでしょうか。私が心の奥底で望んでいるのでしょうか。願望、欲望、あるいは理想。もしかしたら、彼女の姿こそが私の真実なのかもしれません。ここでベッドから起き上がる私こそが彼女の夢、というのはどうでしょう。それはそれで面白いけれど、私の日常など少女にとってはきっとつまらない夢ですね。
私は朝の支度をします。
シャワーを浴びて寝汗を流すと纏わり付いていた夢の残り香も少女の面影も薄れてゆきます。身支度を調えれば、コットンのブラウスがシフォンのフリルを消し去ります。コーヒーを飲み、朝食を摂る頃には夢見ていたことさえ忘れてしまいます……私は私を取り戻したのでしょうか。
私、私、といいながら、それが誰を指しているのかわからなくなることがあります。どこからが私でどこまでが私なのか。物理的にも精神的にも考えれば考えるほどその境界が見えなくなって、人混みの中を歩いていても脚がすくんでしまうのです。不用意に歩き出せば脆弱な輪郭がぼろぼろ崩れて私は私を保てなくなる。気のせいだとわかっています。でも、そんなときに穿いてもいないレースのスカートが脚に絡みつくのを感じます。結んでもいない髪の三つ編みが揺れるのを感じます。
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