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少女は儚く消えてゆく

REFLECTION(第4話)

加藤那奈

夢の中の私はいつも少女なのです。
・・
ああ、そうだ。この子いったい誰だろう。
わたしは、あまりに素朴な疑問を忘れていたことに苦笑する。
(2025年)

タグ: #ファンタジー #散文 #純文学

小説

19,755文字

IV

 

ベッドに潜り込みます。目を閉じて深呼吸します。吸って、吐いて、吸って、吐いて……何度か繰り返しているうち、身体が勝手に動き出します。呼吸に合わせて筋肉が収縮と弛緩を繰り返すみたいに。最初は微かです。全身に注意を向けていなければ気づかないほどです。呼吸に同期してた身体の動きが、少しずつズレてゆく。深呼吸を止めても勝手に伸びたり縮んだり。身体が宙に浮かびます。ほんの少しの時もあれば、すうっと舞い上がり、天井も抜けて街を見下ろすほどに高くまで昇ってゆくことも。

目を閉じているのに景色が見える。

街の風景だったり、知らない部屋の様子だったり。あるいは宇宙のように光の煌めく空間だったり。
私はまだ眠りに落ちてはいません。そして、目を閉じ浮かんだ身体で見ている景色が瞼に映る幻覚のようなものだと理解しています。どんなに浮かび上がったように感じていても、私はベッドでただ横たわっているだけです。上下や左右の感覚がなくなっていても、私の背中はベッドに浅く沈んでいるだけ。

私という存在が中途半端になって行きます。この中途半端が気持ちいいのです。

目覚めたまま眠っている、あるいは眠りながら覚醒している。どっちつかずで宙吊りにされた“私”という存在が無責任でとても心地いい。

街の上空や、記憶にない自分の部屋や、名状しがたい抽象的な空間を私はふわりふわり漂いながら、ある場所へと向かっていることが予感されます。それが私自身の意志が欲するものなのか、ただ流れに任せているだけなのかもよくわかりません。だけど不思議と不安もなく驚きもありません。むしろ期待に胸をときめかせている。

そこは現実と夢の世界が混ざり合っている場所なのです。相容れない、現実と夢のエマルジョン。私は浮遊しながら、その水と油を掻き回している。

意識もふわふわしてゆくなかで、私は私であることを脱ぎ捨ててゆきます。美しく例えるならば、蛹から羽化する蝶のように、姿を変え、衣装を替え、仕草や作法も変えて、別の世界に降りてゆく。あるいは堕ちてゆく。

たいていの場合、その道程で私は眠りに落ちてしまうのです。

あるいは、覚醒してしまう。

だから、行き着く先を知りません。でも、わかるのです。だぶん、そこは夢への入口なのです。そこで世界が裏返り、現実と夢が入れ替わる。現実と夢の境界を越える瞬間はどんな気持ちになるのでしょう。それは絶対に知ることができないのでしょう。いいえ、本当は知っているのかもしれません。ただ、現実でも夢でもないその場所は、記憶の狭間に隠されていて、きっと絶対に見つけることができないのです。

私は今夜も眠るのです。そして、夢の中で少女になるのです。

私は少女になるために、きっと、眠るのです。

© 2025 加藤那奈 ( 2025年2月27日公開

作品集『REFLECTION』第4話 (全6話)

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