III
ここはどこなのかな。
見知らぬ世界。見知らぬ人々。そして、聞いたこともないコトバ。
それが誰の夢かは知らないけれど、でも、私の夢じゃないことは間違いない。
わたしはぼんやりしていた。昼なのか夜なのかよくわからないけれど気にはならない。街のざわめきを感じていた。その隙間に音楽が聞こえていた。
あなた、聞いてる?
わたしの知らないコトバで誰かが囁く。
え、あ、うん。聞いてるよ。
わたしは知っているコトバで返事をする。
わたしの前には見覚えのない誰かがいた。わたしたちはカフェのテラスでテーブルを挟んで座っていた。テーブルには紅茶と食べかけのケーキ。わたしはショートケーキ。彼女はシフォンケーキ。ティーカップの花柄は、赤だったか青だったか。
で、どう思う?
通りの向こう側に人だかりがある。音楽はその向こうから聞こえている。わたしはその様子に気を取られながら、彼女の問いに答えなければと少し焦っていた。変な緊張感だ。手に汗が滲む。彼女の瞳がわたしを睨み付けてる。メドゥーサに見つめられた気分になりながら苦し紛れにお茶を啜り、耳は音楽の欠片を拾い集めていた。ピアノの音色、フルートだかそんな感じのたぶん管楽器の音。クラシックみたいだけれど、さっきから同じフレーズを何度も何度も繰り返しているような気がする。
何か言ってよ。
彼女の表情が緩んで少し悲しそうな顔になる。
あ、ごめん。でも、よく考えないと。だってあなたが悪いわけではないでしょう。もう決まっていたことなんだし、誰にもどうしようもないじゃない。悔しかったり、腹立たしかったり、諦めきれなかったり、そういう気持ちはわからないでもないけど、後戻りはできない。
わたしは自分が何を話しているのかわからない。
わたしがあなたの立場なら、どうするんだろうって考えていたんだよ。泣いたりわめいたり、感情的になるのは意味がないものね。あにょぃらさんにはもちろん相談したんでしょ――あにょぃらさん? わたしは彼の顔を思い浮かべていた。それはわたしの知っている人なのかな。
相談した。困ってた。
わたしの知らない言葉の響きはけっこう心地いい。
この子の気分を晴れやかにするために、わたしはいくつかのお話しを考えていたの。ざわめきに挟まれて繰り返される音楽の音色がコトバのように鼓膜を震わせたの。
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