XVI
ねえ、どこへ行くの?
小走りで私の手を引く女の子に尋ねます。
私と同じくらいの年頃で、ショートカットの黒い髪。ちょっとだけ振り向いた横顔がニコッとして、唇が動きました。でも、その声は聞こえません。
風景は灰色でした。建物も、空も、斑な灰色でした。
人混みを感じるのに、とても静かです。でも、それを不自然に思うことはなく、私はただ女の子の後ろ姿ばかりを見つめるのです。ばさばさと揺れる髪の色と同じくらいに深い黒のワンピース。フレンチスリーブから伸びる腕はとても細くて白くて頼りないのに、私の手を握る力は痛いほどです。
大きな通りの横断歩道を駆け抜けます。歩行者用の信号が点滅しています。灰色の景色の中で静かに停まった自動車の鼻先を掠め、彼女の脚は早くなる。私は躓きそうになりながら、引きずられるように牽かれてゆくのです。建物の角を幾つも曲がり、狭い路地と広い通りを何度も横切り、私には、街の中を無闇に走っているようにしか思えません。
ねえ、どこへ行くの?
私は何度も尋ねるけれど、彼女の声は私の耳の手前で砕けてしまう。
聞こえるのは私の吐息とふたりの足音だけ、です。
色のない風景は変わることなく続きました。どれくらい走ったのでしょうか。ずいぶん時間が経ったように思います。走り続けているせいで、少し息が苦しくなってきました。意識もぼんやりしてきます。ずっとずっと走っていたら、私たちも街の斑になってしまうのかな、体が溶けて、残像だけが街を漂う染みのような影のような、そんな姿になってしまうんじゃないかな・・私の瞳はときおり焦点を外し、彼女の背中を見ていました。ワンピースの裾が、スローモーションで波を打ちます。
蹴り上げられる脚。跳ね上がるスカート。時間差で耳に届く足音。
こんなことがいつかあったのでしょうか。それとも息苦しさからの譫妄でしょうか。私はふと彼女の後ろ姿に郷愁を感じ、胸の奥を熱くしました。寂しさと、悲しさと、ほんの少しの幸福感を混ぜたような複雑な感情が、煮こごりのように固まってゆくのです。根拠の不明なその感情に私は苛立ちを覚えるのでした。
もうすぐだよ。いや、まだまだかな。
耳元で女の子の声がしました。
そして、体が動かなくなる。まだ走っているはずなのに、ゼイゼイ息をきらしているはずなのに、体が重くて膝が持ち上がらない。でも、彼女はお構いなしです。私があなたのことをどう思っているか、彼女はきっと知っているはずなのに、すべてを反故にして走るのです。そして、最後まで本当の私を無視するのです。そして、それもまた、仕方のないことなのだ、と、ものわかりのいい私がいたのです。
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