XII
あなたはね、と、わたしは彼女をじっと見つめる。
その後、どんな言葉が続くのか、私は想像もできない。ただ、口をついて出る言葉なり声なりに従うだけなのだ。
唇を開き、舌を巻き、喉を震わせ、私は聞き覚えのない言葉を吐き出す。それは私の母語らしい。思考に逡巡することなく、流れるように喋るこの口に、私は取り残されたような寂しさを感じる。それでも会話は途切れない。
――もっと他人の言うことを聞くべきなのよ。あなた、いつも上の空でしょ。生返事だし。ねえ、聞いてる? 聞いてるわよね。ほら、こっちを見なさい。ううん、聞くだけじゃダメね。相手を理解しようとしなさい。どう? 私の言いたいこと、わかる? でもね、最初に言っておくわ。どんなに理解しようとしても他人のことなんて理解できるはずがないでしょ。それは当たり前のことなの。理解もできないのにわかったふりなんてしちゃいけないわ。矛楯? 矛楯なんてしてないわ。理解しようと努めることと、理解できないことは別の次元の問題じゃない。努めるのはあなたの問題。不可能なのはこの世の摂理。理解できるはずがないのだから、理解しようすることなんて無駄なことに思うかもしれないわね。そう、無駄なことだけど、だからこそのわたしたち、でしょ。
自分でもわかったようなわからないような、要領の得ない抽象的な台詞だとわかる。
きっとこの子はわたしに不愉快な思いをさせたのだ。約束を忘れたり、余計なことをしてしまったり。
そもそもわたしとこの子はどういう関係なんだろう。
わたしは言葉をまくし立て、彼女はそれを巧妙にすり抜けている。友達? 姉妹? プライベートな関係なのはぼんやりとわかるけれど、わたしはどうしてこんなに強気なんだろう。この子はどうしてこんなに飄々としているのだろう。
息もつかずに説教めいた台詞を吐き出した後、私は大きく溜息をつく。
彼女は少し苦々しく微笑んで、ごめんね、という。本当に悪いとは思っていない、音だけの言葉。もう、いいわ。わたしも同じように返す。
それじゃあさ、と、彼女はわたしの手を掴む。いきなり走り出す。わたしたちは人気のない灰色の街を駆けてゆく。
わたしはどこだか知らない街をよく知っていた。
見たこともない見慣れた風景。
わたしの意識は戸惑いながらも戸惑っていない。
予定された可能性の中のひとつで、わたしはわたしをこなしているのだ。
そのとき私は彼女が白いワンピースを着ていることに初めて気づく。私が黒いシャツとスカートを身につけていることに気づく。空は晴れているけど曇りのように白っぽい。彩りの乏しい世界で、わたしたちしかいないことを悟る。
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