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昼間、街を歩いていると、既視感とともにふとあの少女の姿が目に浮かびます。
それは、つまり、私らしき少女のことです。
よく似た風景を私ではない彼女の眼差しで見たような、どこか違和感のようなものを伴う既視感です。そして、とても厭な気持ちになるのです。私自身の経験を、とっくに誰かが盗んでいたような厭な気持ち。遣いの目的も忘れて脚を止めてしまう。今ここが、夢の最中のような錯覚に陥りながら、耳をそばだて街の音を聞きます。喧噪の隙間を音楽が流れていました。聞き覚えのある旋律に私は意識を奪われます。
どこで聞いたかな。
目を閉じ、無機質で灰色めいた街の雑音に絡みつく仄かな彩りの音を拾います。木管楽器のようなオルガンのような、空気を丁寧に震わせる細い音。なめらかに駆け上がり、躊躇うように飛跳ね、円舞のように繰り返されるフレーズに、心地よさと気持ち悪さを掻き混ぜられて、私は落ち着かない気分になるのです。
私は思い浮かべた少女の姿を街にそっと置いてみる。
少女は街の音に耳を傾けます。
そして、細い音色をたぐるように歩き出す。
私は彼女のあとをそっとつけてみる。
少しウェーブのかかった明るい色の長い髪が揺れている。
姿形はまるで違うけれど、それはきっといつかの私の姿なのです。
少女の背中が人混みに紛れます。車線が何筋もある広い通りの信号に歩みを止めて、小柄な彼女は横断を待つ人々の中に隠れてしまう。それでも私は見失うことなく彼女の背中を追うことができる。彼女はあの曲を知っているのだろう、彼女も聞き覚えがあるのだろうか、などと、意味があるのかないのかよくわからないことを考えてしまうのです。横断歩道を渡り、賑やかな街の歩道を歩く彼女が私の作り出した幻でしかないことなどわかっています。彼女には何も聞こえていない。自分がどこにいるのかも知らない。ただ、私の行く手をただ先んじているだけなのです。しかし、私は私の意志をどこかに置き忘れ、言い訳のように彼女の背中を追うのです。少女はあたかも意志があるかのように、ときどき歩みを止め、路面のショーウィンドウを眺め、ガラスに自分の姿を確かめ、早くも遅くもない足取りで街を歩いて行くのです。
ときどき身を翻して、空を仰ぎます。耳をそばだてます。そして、私を見つめる。
私は何食わぬ顔で目を反らします。
彼女の耳は、そして、私の耳も彼方のロンドを拾い続けます。それはいつまでも彼方のままで、決して手の届かない青空のような音楽なのです。
たぐることはできても近づくことのできないバンドの演奏は、決して途切れることはなく、私の言い訳を保証するのです。
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