XVIII
僕は彼女を待ち伏せる。
夕方、駅の柱の陰で誰かを待つふりをして彼女を待ち伏せる。まるでストーカーみたいだ。いや、ストーカーそのもの、だ。
彼女と同じ制服を着た女子生徒が何人か小さな笑い声で喋りながら改札を入ってゆく。僕はその背中に罪悪感の入り交じった視線を少しだけ投げかけて、彼女はどんな笑顔をするのだろうと想像する。考えてみれば僕は彼女の笑顔を見たことがない。
僕は彼女のことをほとんど知らない。
毎朝の通学電車では、いつも同じ車両の同じつり革に掴まっている。混み合う車内で文庫本に目を落としていることもあれば、何もせず、窓の外をぼんやりの眺めていることもあった。だが、周りの多くの乗客のように、自分の携帯端末に目を落としている姿は見かけたことがなかった。それが僕の知っている彼女のほとんどだ。あと、もうひとつだけ付け加えるなら、偶然夕方の電車で見かけたとき、一緒にいたクラスメイトらしき女の子が彼女を“ルゥ”と呼んでいた。これで全て。
制服から彼女の下車する駅はわかっていた。だからといって、彼女の下校を待ち伏せるなど、どうしてそんな考えに及んだのか、自分のことながらさっぱりわからない。これでは、僕が彼女に特別な感情を抱いているようではないか。
言い訳めいた言葉を頭の中で掻き回しながら、ああ、と、腑に落ちた。
確かに僕は彼女に対する特別な感情を抱いているのだろう。
ただ、それをありふれた恋愛感情などと結びつけるべきではないのだ。
僕は、彼女のことをもっと知りたいと思っている。だからといって、彼女と親しくなりたいということではない。僕は親しげに彼女と会話する自分自身の姿を妄想にすら描けない。それはあまりにも現実感がない。
では、僕の彼女に対する興味はどこから湧いて出たものなのだろう。
それは、どこか未知なものに触れた時の関心に少しばかり近い気がする。理解できないものを目の当たりにすれば、もっと知りたいと思うのは不自然なことではないだろう。彼女のことをただ知らない、という程度の道ではない。なにかしら彼女の存在そのものに違和感に似た不調和を感じるのだ。チューニングのちょっとズレたギターのコードを聞いているような居心地の悪さに似ている。こんなことを本人に言ったら、とても不愉快に思うだろう。だが、それは僕にとって厭な気分ではないのだ。
待ち伏せていても、彼女がこの時間にやってくる保証はどこにもない。やはり、この行動自体が自分自身に対する言い訳なのだろう。あと十分、あと十分と、伸ばし伸ばしにしている時間もだんだん辛くなってくる。諦めることに少し安心する。些かの心残りに歩き出しながら振り返ると、改札に向かう彼女がいた。動揺しながら彼女の顔をじっと見てしまった。すると、視線に気が付いたのか、あるいは偶然なのか、彼女の瞳が僕が映す。
"私を着る"へのコメント 0件