XVII
クローゼットの隅に制服が掛かっている。
高校生の頃来ていた制服だ。卒業してもう何年も経つのに処分することが出来ずにひっそりとかけてある。ときおり、袖を通したいという誘惑に駆られる。そのたび思いとどまり、クローゼットを閉じる。
なぜ躊躇うのだろう。
体型はほとんど変わっていない。今着ている服のサイズもあの頃と同じだから着ることはできる。デザインだってそれほど特徴があるわけではない。ありふれたグレーのテーラードジャケットとプリーツスカート。白いブラウスにはネクタイかリボン。ジャケットやスカートだけなら、それが高校の制服だと気づく人はあまりいないだろう。
実は一度だけ、着てみたことがある。
卒業して1年位した頃だったと思う。あまりよく覚えていないけれど、たぶん友達と中学や高校の制服が話題になったせいだ。自分の部屋でひとりきりになって、しまってあった制服を着てみた。あの頃と同じようにリボンを結び、白いソックスを穿く。髪型は変わっていたけれど、鏡の中には高校生の私がいた。
急に恥ずかしくなった。
見てはいけないものを見てしまったような気がした。
過去の自分に見つめられている気がした。
その姿で街を歩こうとか、誰かに見せようというのではないのだし、だとしても別に悪いことをしているわけではないのだけれど、羞恥と罪悪感とが混ざり合って、心臓の鼓動が早くなるのを感じた。
5分と経たないうちに、ジャケットのボタンを外し、リボンを解いた。スカートとブラウスを脱いだ。逃げ出すように、脱いだ。全力で走った後のように息が乱れていた。私は確かに逃げ出したのだ。
私は何から逃げ出したのだろう。
以来、一度も袖を通していない。
躊躇いは、今の自分にその制服を着る資格がないからだと思っているけれど、それは言い訳だ。街に出て高校生を騙るわけではない。自室での悪戯に資格なんていらない。
きっと自分を見失ってしまうような気がするのだ。鏡をのぞき込んだ時、向こう側には高校生の私がいた。たった1年なのに、それはとても遠く感じた。同時に引きずり込まれてしまうような気がした。あれからさらに数年が経っている。鏡に映った制服姿は、きっともっと遠くに感じるだろう。その距離に比例して、私を引きずり込もうとする力は強くなっているに違いないのだ。そして、私はその力に抗うことができない。きっとできない。私は制服に呑まれてしまう。
だからどうなる、ということでもないのだけれど。
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