XV
あの子の横顔が脳裏に焼き付いて消えない。たぶん歳は同じくらい。背丈は普通? きっと僕より少し背が低い。髪はふたつに結んでる。肩に掛かるくらいの“ツインテール”というやつだ。あのブレザーはどこの学校だろう・・あんまり見かけない制服だった。
学校から帰る電車でのことだ。吊り革に掴まり、文庫本を片手に文字を追っていた。疲れたのか、言葉が頭に入ってこない。息を吐きながら目をギュッと閉じ、それから何気なく車内を見渡した。その時、少し離れた扉のところに彼女の横顔があった。窓の外を眺めていた。すごく可愛いとか、美人だとか、誰の目も引きつけるような容姿ではない。横顔からの想像でしかないけれど、目鼻立ちはきっとそれなりに整っている。でも、目立たない、どちらかと言えば地味な印象だ。僕は、その横顔から目が離せなかった。理由は……わからない。
あんまりじろじろ見るのも怪しいから、吊り革をぎゅっと握って、開いた本の頭に入らず言葉にならない文字を追いかけながら、視界の脇に彼女を捕らえ、ときどき視線を投げる。彼女はずっと同じ姿勢で外を眺めていた。
どの駅から乗ったのだろう。僕が乗った時にはもういたのかな。どこの駅で降りるのだろう。気になってたまらない。もちろん声をかける勇気などない。だいたいどんな言葉をかけたらいいんだ。必ず不審に思われる。結論の出ない思考にとらわれているうち、僕が下車する駅に着いてしまった。彼女は相変わらず、窓の外を眺めていた。
あれからあの子を見かけてはいない。
そのたった一度だけなのに、日ごとその横顔が鮮明になってゆく。
制服は、少し離れた街にある学校のものだとわかった。注意して探せば、同じ制服の女の子を見つけることが出来た。しかし、彼女は見つからない。
ずっと考えていた。僕はどうしてあの子のことが気になるのだろう。誓って言うが、別に好きとか一目惚れとか、そういう感情ではなかった。もしかしたら、彼女を見かけたのはあれが初めてではなかったのかもしれない。通学に同じ路線を使っているのなら、僕が意識しなかっただけで見かけたことはあったのかもしれない。無意識が何度も重なり、あの日の横顔でそれが発露した。サブリミナルみたいなことか。そうだとしても、同じように僕の視野に何度も映り込む人は彼女ひとりではないだろう。何が僕の気を惹いたのだろう。考えるほど堂々巡りで、苛々してしまう。せめて、もう一度だけ、彼女を見かけることが出来れば何かが掴めるのかもしれない。そう思って、しばらく駅や駅のホームで待ち伏せたりもした……僕はどうしたんだ、何してるんだ。これじゃあ、まるでストーカーじゃないか。
次に彼女を見かけたら、僕はどうするだろう。ただ眺めるだけで気が済むのだろうか。僕は彼女を追いかける。声を掛ける。そのときどんな言葉が口をつくのか。激しくなる心臓の鼓動に抗って、僕はどんな気持ちを告白するんだろう。
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