『ギークに銃はいらない』は斧田小夜初の単著にして、SF短編集である。全四篇が収録されている。本稿では、『新しい世界を生きるための14のSF』幻のあとがき(文・伴名練)にならい、斧田小夜の簡単な来歴と、商業誌・オンラインなどでアクセス可能な作品を紹介したい。

斧田小夜の経歴

斧田小夜は千葉県生まれ。高校卒業後、東京大学に進学し、同大学院情報理工学系研究科修了。修士号を取得したのち、日本で開発エンジニアとしてキャリアを開始。米国シリコンバレーのスタートアップなどをはじめ、イギリス、中国など数カ国でソフトウェアエンジニアとして勤務した。2022年現在も、某スタートアップ企業でSETエンジニアとして勤務している、ゴリゴリのテックガールである。

古参はてなユーザーでもあり、ブログ「あたし、めりーさん。今、あなたが心の中にいるわ。」をはてなブログで運営するほか、増田(はてな匿名ダイアリー)にも投稿しており、いくつかのヒット作が存在する。斧田本人は増田への投稿を特に隠しておらず、作家としての原点の一つであると破滅派での対談「【特別対談】新人女性作家お悩み相談会@上野公園 斧田小夜×大木芙沙子」で明言している。「インターネット出身の書き手である」との自認もある。

趣味は写真。Flickrに多くの写真を上げているので、ぜひ見てほしい。写真についてのブログエントリーははてなブックマークが1,000を超えるものもある(例・写真をほんの少し上手く見せる50のテクニック)。カメラレビュー(例・Nikon Z7)や紀行文などが多く筆まめである。

『ギークに銃はいらない』ではデザイン・装丁もこなすなど、多彩な一面を持つ。書籍のデザインは初体験だったが、その出来栄えは好評である。竹尾の紙見本を見に行くなど貴重なレポート「著者の異常な愛情 または如何にして私はTAKEOに走り、紙を選ぶに至ったか」も残している。購入特典のポストカードの写真も著者がブータンで撮影したものだ。家もリノベーション物件なので、きっと倉庫や書店などもデザインできるだろう。

上記のように、斧田小夜は「情報工学を専攻したバリバリのソフトウェアエンジニア」というSF的に頼もしいバックボーンだけでない、多様な側面を持っていることを覚えておいてほしい。

斧田小夜の作品

斧田小夜は2016年に破滅派に参加。本書掲載作の原型となる『春を負う』を電子書籍で発表。また、同年には第4回ハヤカワSFコンテストで最終候補に残っている。

写真を巡る親子三代タイームリープ小説『瞑目トウキョウ』(2016)、若いカップルの出産を題材にした短編SF『陰影のトポロジー』(2017)を電子書籍で発表。

2018年から大森望ゲンロンSF創作講座に参加し、翌2019年「バックファイア」で第3回ゲンロンSF新人賞を受賞。このとき選考委員であった飛浩隆による選評は『SFにさよならをいう方法 飛浩隆評論随筆集』に収録されている。講座での提出作「これからの祈りについて」はラップランドを舞台にしたロボットSFで、電子書籍にて発刊されている。

同年、「飲鴆止渇」で第10回創元SF短編賞優秀賞を受賞。伝説の怪鳥「鴆」によって起こされた大虐殺を生き延びた青年二人の友情についての、ファンタジー風味溢れるSF短編である。同作は『ミステリーズ!』収録ののち、電子書籍として出版された。

ゲンロンSF創作講座有志が中心となって毎年発行している「Sci-Fire 2019」にも短編「鳥は東へ行った」を寄稿している。個人でもSF団体を主催しており、トウキョウ下町SF作家の会は「東京の下町エリアを拠点とする女性プロ作家」という珍しい参加条件を課している。

2021年には『NOVA 2021年夏号』に短編「おまえの知らなかった頃」を寄稿。天才プログラマだった母と遊牧民の語り部である父の間に生まれた「おまえ」に対して母の逸話が語り聞かせられるという一風変わったナラティブの短編。チベット自治区を舞台に、元天才プログラマだった母は工場長の不正をあばくため一計を案じる。同書解説で大森望が「日本SF第七世代の牽引者となることを望みたい」とコメントしている。

斧田の作品を概観すると、「海外を舞台にしていることが多い」「ファンタジー的な要素を持つ作品が多い」ということに気づくだろう。ここから「破滅派のル=グウィン」というキャッチコピーが爆誕した。今後も、優れたスペキュレイティヴ・フィクションの書き手として、活躍していってくれることだろう。

 

なお、2022年6月30日21:00より、twitter spaceにて、「小説家と編集者とGitHub 『ギークに銃はいらない』の制作過程」を行う。GitHubというソースコード管理ツールでデータを管理しながら作成されたSF短編集の誕生秘話をぜひご視聴いただきたい。