3月某日、斧田は東京都は千代田区神保町にいた。桜の開花宣言が出たばかりの肌寒い夕方であった。
目的地は竹尾 TAKEO見本帖本店、紙専門のショールームである。

「あの~今度本を出すんですが表紙カバーとか表紙の紙を選びたくて……」
「出版社の方ですか?」
「いえ、著者です」

「著者が紙を選ぶ」と聞かされた時の主な反応

斧田は著者である。毎日椅子に座り、文字に苦しんでいる。原稿はPCで書き、推敲と校正はiPadでゲラに赤を入れ、可能な限り電子書籍を購入する。自宅にある印刷用紙は五年前に買ったコピー用紙ハイホワイト500枚のみ(最後にハヤカワコンテストに投稿した時の残り)。そんな斧田に指令が下された。

「表紙と表紙カバーとあそびと帯の紙を選んでください」

斧田は意味を理解できなかった。紙ってなんだ。ダンボールと印刷用紙くらいしかわからないぞ。
だいたい表紙と表紙カバーは違うのか?帯はかろうじて理解できるが、あそびとはなにか?
謎を解明すべく、斧田は神保町へと向かった。

竹尾見本帖本店は店舗というよりは商談のためのショールームなので、紙がたくさんおいてあるのはもちろん、「写真集を出すんですが」とか「~を印刷したいんですが」と来客が店員さんに相談しているところをよく見かける。

まずは一階で大人しく紙を見てみよう。

こんなふうに紙がたくさんおいてある。

テンションは上がるし、あの本の表紙の次のページに使われてる紙だとかいうことはわかるのだが、果たして本に適切な紙はどれなのか?
うーん、わからん。相談してみよう。
そして冒頭に戻るわけである。

このような見本から選ぶ。白だけで見本が十数冊ある

ちょうど声をかけた店員さんが以前に出版社に勤務されていた方だったので、丁寧に教えてもらえた。色付きの印刷をする場合は基本的に白い紙にするとか、一般的に表紙カバーではどの紙を使うかとか、発色の違いとか、紙によって特徴があるらしい。表紙カバーとしてよく使われるのはヴァンヌーボやMr.B、ミセス.Bなど。斧田的に質感が好みのジャガードやタッセルは表紙に使用するケースが多いが、帯にも使用できること。黒の紙だけは色の付け方が違うのでニスを塗っても色移りをしやすいので表紙に使わない方がいいこと。ハードカバは上製、ソフトカバーは並製と呼ぶ、などなど。午後の仕事をサボって早退して来た甲斐があった。

必要なぶんだけ見本を買った

よし、これで紙を選ぶことはできそうだ。

新刊「ギークに銃はいらない」を出版すると決まる前から、こういう本にしたいな~と斧田が勝手に思っていた本がある。
今をときめく中華SFの中でも特に中国史に着目したSFアンソロジー「中国史SF短篇集-移動迷宮」である。

別丁扉がめちゃくちゃかっこいい

こうして方針は決まった。
帯をジャガードからタッセルにして、別丁扉をこだわる。あとは値段次第で。

なお、紙を決めると印刷所から束見本というものをもらえる。なにも印刷されていないが、選んだ紙を使うとこんな感じの本になりますよ、というものである。

ここにイラストや文字が載る

なかなか良い感じではないかと思う。手触りやこだわりの別丁扉については、実際にお手にとって確かめていただきたい。