あたしはハタチ。
職業、風俗嬢。
背中には宝物の大きな刺青。
ミミズが這ったような傷痕で埋め尽くされた両手、両足。
あたしの誇りは与えられたナンバーワンの称号。
風俗、ギラギラした闇の世界。
そこに身を置くあたしは、いつの間にか残酷でズルイ生き方を身に付けた。
一度沈んだら、苦しむだけで、這い上がろうとすればするほどに足元をすくわれる。
きっとこの先ずっと、ネトネトしたローションのようにあたしの人生や記憶にへばりついていくんだろう。
どんなに剥がそうとしても取れることも消えることもない。
裸になって別人格を形成して演じて、それに見合わない報酬を貰う。
あたしの心は少しずつなだらかに、壊れていった。
時間が押し流すように、静かに。
夜と朝の境目。
あたしの部屋の開け放した窓から、温く夏の匂いを閉じ込めた風が流れ込む。
星はまだ、朝に殺されることもなく、暗闇の中でとても美しく逞しく瞬いている。
「結婚しよう」
今、あたしはレンちゃんからプロポーズをされている。
あたしの稼いだ金に寄生していたヒモみたいな男と結婚なんて笑っちゃうよね。
「はい」
あたしの口は感情とは別の生き物のように動いた。
レンちゃんはギャンブルから足を洗い、仕事に就き、金の無心もなくなった。
この現実すべてを信じられる。
そんなことは誰だって到底出来るはずがない。
あたしは、きっとまた激しく打ちのめされるんだろう。
地獄のような人生から抜け出せないことなんてわかりきってる。
ひとりでは身体を売るしか生き方もわからない。
あたしが心から愛した男には、簡単に欺かれ捨てられる。
いつまでも変われないあたし。
相変わらず15歳の子どもの頭のまま。
その頭で一生懸命考えた術で金を稼ぐことしか残っていない。
風俗を辞めて変わりたいと思っても、どう生きていけばイイのかわからない。
そう、わからないの。
この現実は、この社会は、とても残酷で、生きづらい。
「早く殺せ」
「お前は容疑者になるんだ」
「早くこの男を殺せ」
鼓膜の奥で聞こえている絶えることのない誰かの声。
婚姻届を前にしてあたしはレンちゃんにとっておきのプレゼントを贈る決意をした。
あたしを憎むもうひとりのあたしが命令を下している。
むくむくと首をもたげたこの憎しみが止まることは決してなく、スピードを上げていく。
レンちゃんに身体を売って金を稼いでいたこと、その金をレンちゃんに渡し続けていたことをすべて話したんだ。
最高なプレゼントでしょう?
「ごめん。ごめん」
今さら遅いよ。
泣いて謝られてもあたしはなんとも思わない。
そんな心を作ったのはあんただよ。
これから結婚して妻になるあたしがナンバーワンの風俗嬢。
テクニックがあってよかったね。
性欲処理には困らないね。
あたしは破滅を望んでいる。
これ以上に壊れたらイイ。
壊れて壊れて壊れて、この男を苦しめてやろうと思う。
「あたし、ナンバーワンは誰にも譲らないから」
風俗業界から足を洗い去ることなんて考えていない。
ナンバーワンの座も、あたしは誰にも渡さない。
あたしは女としての死を迎えるまで、永遠にナンバーワンを守り続ける。
泣いて謝り続けているレンちゃんはとても滑稽で、あたしは小さく嘲笑った。
もうすぐ、カウントダウンの始まりだよ。
3・2・1
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