リタリンを完全に切ってから、あたしの脳内は死んだような虚無感に襲われた。
そして幻聴は止まることさえなく、あたしの鼓膜を刺激する。
もうすぐ冬がこのネオン街を埋め尽くすんだろう。
訪れようとしている冬の香りに、あたしはむせ返るような嫌悪感を覚えていた。
いつものように仕事が終わり、送迎車を待機しているときに、スタッフと話をしていたドライバーの男が恥ずかしそうにあたしに微笑みかけた。
男の名前は、ジュン。
あたしが知っているのは、名前だけだ。
それでもあたしは、この男に感情が揺さぶられている。
店には来ない。
身体の関係もない。
金も絡まない。
ただ、一緒の空間にいられるだけでイイ。
まるで初恋だ。
「今日もお疲れさま。ゆっくり休んでね。おやすみなさい」
帰宅したあたしの携帯に突然のメール。
あたしは送迎車でふたりきりになったときにアドレスを教えていたんだ。
虚無感を埋めるためではないと言ったら嘘になる。
けれど、あたしの心はジュンの一挙一動に左右されている。
届いたメールを宝物のように携帯に保存して眠りにつく。
幸せでたまらない。
どうして、すぐに手に入らないモノはこんなにも満ち足りて甘くて切なくて幸せな気分にさせてくれるのだろう。
12月31日。
あたしは大晦日だというのに仕事を入れ、いつもと同じように男の性器を咥えていた。
ダラダラと涎を垂らし、まるでこの世で一番愛おしいモノみたいに。
あたしはジュンに「ふたりで会いたい」と誘っていた。
今夜、ジュンの仕事が終わったら、あたしは心から愛おしいモノを口にする。
最後に付いた客を見送り、あたしの仕事が終わった。
既に新年を迎えていたことなど気付かずに。
送迎車を待っている間、待機室で向かいに座っていたジュンからメールが入った。
「あけましておめでとう。今年もよろしくね。今夜は誘ってくれて嬉しいよ。ありがとう」
幸せで死にそう。
さっきまで不味い精液を搾り取っていたことなど、一発で吹っ飛んだ。
こんなに近くにいるのに。
すぐに触れられないなんて、触れて貰えないなんて。
ズルイ。
「ごめん!急に仕事が入って今夜は会えそうもないよ。本当にごめんね」
夜明けに携帯に届いた、ジュンからのメール。
「大丈夫だよ。お仕事頑張ってね」
全然大丈夫なんかじゃない。
精一杯、大人でイイ女を演じても所詮あたしは薬でイカレたバカな風俗嬢。
すべてを許して受け入れることなんて到底出来るわけがない。
黒いレースのガーターに網タイツ、ピンクの勝負下着のあたしは惨敗だった。
あたしは気持ちを消化出来ずに、ジュンの優しい声や美しい指を頭の中いっぱいに想像して自慰行為をした。
イッた後の虚しさがあたしを支配して、呼吸が苦しくなったあたしは向不安剤をシートから取り出し、思い切り噛み砕いた。
苦い。
ジュンとふたりきりで会えなくても、店に行けば送迎で会える。
自宅に着くまでほんの少しの時間、ジュンはあたしだけのモノ。
その気持ちと期待で、あたしの足は店へと向かう。
あたしが本当に欲しているモノ。
薬、モノ、金、そんなモノじゃない。
あたしが欲しくてたまらないモノは人間の心だ。
あたしだけを愛してくれる、そんな純粋で綺麗な心。
あたしは身体も心も散々傷を付けた。
たったひとりの男のために。
それに与えた称号は自業自得。
その男に愛されたいと願うばかりで、与えるばかりで、あたしはなんにも手にしていない。
バカのひとつ覚えみたいに、覚えたのは金の稼ぎ方。
少しくらい、揺れてもイイでしょ?
他の男に、揺らがされてもイイでしょ?
いいの。
罰はもうとっくに喰らってる。
そうでしょ?
ねえ。
そうでしょ?
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