このままでは強制的に4回目の精神病院へ措置入院、つまり自分の意思とは関係なく、またしても自分の人生を他人によって勝手に決められてしまうことになると思い、そうならないために自分なりに考えた末、コンビニで公然わいせつ罪を犯すという行動に出ました。
もちろん普通に考えれば、それが正しい行動だったとは思っていません。しかし、そこまでしなければならないほど私は追い詰められていたのです。ところが、私を助けるどころか、待っていたのは警察と行政による対応でした。
そして結果的には、警察と行政が裏でつながっているのではないかと思わざるを得ないような対応が続き、私はまたしても強制的に4回目の精神病院へ措置入院させられることになりました。
さらにそれだけでは終わりませんでした。退院した後も自由に自分の人生を生きることは許されず、某グループホームへ有無を言わさず入所させられる事になりました。
つまり私は、自分を守ろうとして自分なりに取った行動によって、結果的には精神病院からグループホームへと追いやられ、生活そのものを他者に管理されるような状況にされたわけです。
いったい私が何をしたというのでしょうか。私の気持ちを理解しようとした人がいたのでしょうか。私がどれほど苦しみ、どれほど追い詰められていたのかを、本当に考えてくれた人がいたのでしょうか。
結局、誰も私のことなど理解してはいませんでした。私の人生を勝手に決め、私の意思を無視し、自分たちに都合のいい形へ押し込めただけです。
今振り返っても、あの時のことを思い出すたびに、怒りと悔しさが込み上げてきます。自分の人生を自分で決めることすら許されなかったこと、そして私を追い詰めた人間たちが何事もなかったかのように日常を送っていることを、私は決して忘れることができません。
あの人たちに人生を壊されたという思いは、今でも消えることがありません。どれだけ時間が経っても、私はあの時の恨みを忘れることはできないのです。
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