二の六
どうにも
文春*のオール讀物*が賞を休して了った*から江古田*に代えることにした。折角好い史小説の賞を見つけたと思ったのだが仕方あるまい。しかし逃したのはだいぶ痛いものである。他を当たろうにもどうにも原稿が圧倒的に足りない(希に足りすぎる)から江古田で勝負することにした。部が二つ在る*から一方には小説で、一方には歌と詩にする心算である。こうして筆を執って四年余であるが、未だ一作も満足して筆を擱いてないことに憂いている(時折没作の辺を見てみるのだがまあ酷い有様である)。どうにも最近は筆が進まん。詩集*なら終わった。一月前に書き終えた旅順は修正しているし、ろんどん塔はどうにも晉まぬ。詩集に関しては世に出せないのが至極悲しい。
企
夜行列車というものを試みている。車内の人々の談話という下らん小説である。しかし何も書かないまま日々を喰うのは好ましくない。気分も甚だ兇い。それよりかは拙作を書いて解毒した方が幾分かマシである。文筆家として大成する意思は薄い。己の得意とする範囲が時代に合っていないのが難儀である。これに関してはどうにもならん。趣味として書くことに意味がない訣じゃないから、筆を執ることに本気になったとて己が職を文筆家として本気になることはないだろう。それでも上梓*できればよしである。尠くとも同じ思考の者に巡り合う迄は、己はただ文系職を楽しんでいることだろう。──抑々中学生の時点*で斯様なことを考えているのであるが。
文籍
最近読んだ本と云えば、ようやく夏目漱石の「それから*」を読了したことくらいだ。夏頃から読み始めて七か月。己は到底代助*のような男にはならんと思うが、この先の人生の中で一人くらいはこのような男と逢うやもしれぬ。兄弟がなるのだけはご免である。誠吾*の気持ちを味わいたくはない。得*の立場にもなりたくない。誠太郎*なら級友におもしろ可笑しく話すことができるやもしれぬ。しかし己は今、己の人生を案じている。と云うのも、実は正月に神社に参詣して神籖を引いたのだが、そのときの恋愛欄に、「他人の中傷を受けるも成就します」とご丁寧に書かれていたのである。中傷を受けて恋が成就するとなればそれはそれは代助のようであるから、己は今二〇二六年という年紀が堪らなく怖ろしい。
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