第一章 《黒耀の火打石》
1.沼族
沼族。沼地族。沼人族。
また異森族。草臭族。泥ガエルども。等々。
近隣諸族の言語において彼らはそのように呼ばれる。
彼ら自身の固有の文字も使用していたが、それは必要な時のみ泥湿地に木の枝などで書かれるもので、雨が降れば消えた。
皮紙や石板等に文書をのこさず、日常の連絡には小石や枝や蔦など自然物の組み合わせによる符牒を用い、歌詞や一族の史記などの継承はもっぱら口伝に頼った。
頻繁に氾濫する大河の支流沿いの密林に隠れるように点在する高温多湿の沼沢畔のわずかばかりに開けた平地という過酷な棲息環境下において、
書籍を長期にわたり保存する術が無かったゆえだと言われる。
すでに絶滅した彼らの起源神話は、他族の記録によれば。
「我々は遥か南のかなた滅びし大地より流れ来た。
海の彼方より ≪ 大いなるイモリ ≫ の背に載せられて来た。
≪ 大いなるイモリ ≫ は海渡りのなかば飢え乾き力尽きて死した。
そのイモリの背の皮肉をはぎ喰らい、腐り血をすすり祖は生きのびた。
新たな大地にようやく漂着した時、 ≪ 大いなるイモリ ≫ は骨しか残らなかった。
その骨を祖らは柱に組み腱で縛り髯を屋根を葺き上げてこの地の暑熱を生き延びた。
この後 ≪ 大いなるイモリ ≫ の犠牲を悼み、我ら二度と命を屠らず血肉を口にせぬと誓った。」
この伝承定型詩の六行目までは、広く ≪ イモリ族 ≫ と総称される近縁族に共通するものであるが、
結行の誓いを揺るがぬ実際の掟として固持し続けた支族は、後代には彼ら《沼族》だけとなっていた。
祖の行いを悔い今後一切の肉食殺生を禁ずべしと唱えた開祖デンデウレイの教えは初期には滞りなく語り伝えられ一族皆に定着するかに見えた。
しかし数代の後。
男を殺し女を犯し、自ら孕ませた子を、産み月の母胎を裂いて奪い、むさぼり喰う、
餓狼悪鬼のごとき ≪ 神騎馬帝国軍 ≫ の襲撃に遭い、
"『 堕 天 落 』 … DATEN – RAKU … "へのコメント 0件